6:消える
散々遊び尽くしてデパートを出る頃には、空にだいぶ赤味がさしていた。屋上でアイスクリームを買った時にもらった黄色い風船を手に、タロウは実に満足そうだ。それにどこか安堵しながら、バスに乗り込んで家へと向かう。隣で眠たげに目元を擦るタロウと自分の腕時計とを交互に見ながら、俺は冷や冷やしていた。「一日」というのが二十四時間という意味ならばあと少し時間がある。まだ、消えない。一緒に家に帰るくらいの猶予はある。もしかしたら神が気まぐれをおこして、このままタロウを生かしておいてくれるかもしれない。そんな都合のいいことを考えて、俺は小さく息をついた。
最寄のバス停で降りて、家路を急ぐ。空が藍色へと染まるにつれ、俺の不安も高まってゆく。あの公園を通りかかり、しばし足を止めた。俺は早く帰りたかったのだが、タロウが足を止めたのだから仕方ない。
少年はジッと公園を見つめていたが、不意に俺を見上げて微笑んだ。昼間、子供達と遊んだことを思い出したのだろうか。タロウの視線に合わせて屈む。
「友達と遊んで、楽しかったか?」
タロウは微笑んだままだ。
「俺の家で一緒に過ごしたり、デパートで遊んだりして、楽しかったか?」
子犬はじっと俺の顔を見つめ、抱きついてきた。眠くなって歩くのが嫌になったのだろうか。幼い子には、体力的に厳しいスケジュールだったのかもしれない。しっかりと抱き支えて立ち上がった拍子に、遠くでキラリと輝いて流れるものが見えた。
「タロウ、流れ星だぞ!」
その方向を指し示すと、頬が触れ合うほど近くにあるタロウの顔が綻んだ。
可愛らしい笑顔に俺は油断したのだろう。再び視線を夜空に戻した。
その瞬間、ふわりと風船が舞い上がった。
風船を握っていたはずのタロウがいない。最初、タロウがうっかりして手を離したのだろうと思った。だが、そのタロウが俺の腕から消えている。……消えた?
俺は慌てて手を宙に伸ばした。しかし、黄色い風船はまるで月のように、遠くの空へと行ってしまった。それを見送りながら、呆然と膝をつく。
一日って言ったじゃないか。まだ二十四時間も経っていない。サヨナラも言っていないし、まだ確かめていない。アイツが幸せだと思えたのか、確認していないのに。
俺は立ち上がり、全速力で自宅へ向かった。タロウは、ふざけているだけかもしれない。俺を驚かせようと、先に帰ってしまっただけかもしれない。そうだ、きっとそうに違いない。勢い良く玄関に飛び込んで、荒い息をつく。奥から出てきた母親が笑顔で首をかしげた。
「おかえりなさい。あら、太郎くんは一緒じゃないの?」
おっとりと放たれる残酷な言葉。俺は玄関にへたりこんだ。母親が不審そうに尋ねてくる。
「楓、どうしたの。太郎くんは?」
「……かえったよ」
「そう。残念ね、一緒にご飯食べようと思っていたのに。また遊びに来てくれるといいわね」
「来ないよ」
「えぇ?」
「ずっと、もう……二度と来ない!」
タロウの魂は天国に還ったのだから。続けられなかったその言葉を胸の中で噛み締め、零れた涙を見られまいと自室のある二階へと駆け上がった。