12
翌朝。
「まだ捥いじゃ駄目だって、何度言えば分かるんだい!」
道沿いの柑橘から、小さな手が引っ込んだ。子供たちは笑いながら逃げていった。兵士が、それを見て笑った。
「行っちゃいましたね、あの二人」
「ああ」
兵長は街道へ続く道を眺めていた。
「旅の僧に、村が救われたとは…不思議な奴らだった。いつか村のおとぎ話になるかもな」
昨夜は、村人たちが二人を囲んで離さなかった。
誰かがパンを持ってきた。別の誰かが煮込みの鍋を持ってきた。大鍋には豆と蕪が煮えていた。塩漬け肉が惜しまず入っていた。
果実酒が出ると、人が更に増えた。礼を言いに来た者がそのまま座り、座れない者は立って飲んだ。子供が果実の皮を剥いていた。
ザーレの前には、食べ物が積まれていた。
「注ぎますよザーレ様」
「いや、いい。まだ入っている」
「こっちも食ってくれ。鶏の肉だ」
「それは頂こう」
ハルキンはその傍らに浮き、椀を差し出されるたびに断っていた。ものを食べないのだろうか。
「あなた方がいらっしゃらなければ、今頃どうなっていたか……」
「ルチオ司祭」
ハルキンが言った。
「神は、必ず応えてくれる。ボクらがここへ来たのも、神による定めだからね」
ルチオは顔を上げた。
騒ぐ人々の向こうで、火が揺れていた。灰白色の丸い顔は、いつもの笑みを浮かべている。
「貴方は、一体……」
「ジャヴァ様の御使いかぁ!?」
横から声が飛んだ。酔った男が、ザーレを指していた。
「それとも聖ギデオンの化身か!?俺には分かるぞ、ただの剣士じゃねえ」
「私は修行僧だ」
「聞いたか、修行僧だぞっ」
「さっきから言ってるじゃないか」
「俺は末代まで語り継がせるぞぉ。孫にも、その孫にもだっ」
「お前はまず嫁を貰えよ」
誰かが怒鳴り、笑い声が上がった。
男は構わずに椀を掲げた。
「サンドランを救った、二人の旅人に」
歓声が上がった。
ザーレは少し驚いた顔で周りを見た。それから自分も椀を持ち上げた。
…夜の事を思い出して、兵長も、口元を緩めた。
「朝飯くらい食べていけばよかったものを」
「引き止められる前に出る、と言っていましたよ」
「まあ、賢明だな。今頃また誰かが酒を持ってきたかもしれん。旅の荷物が増えてしまう」
二人はしばらく、人気のない道を見ていた。遠くで鶏が鳴いた。
兵長が腕を組んだ。
「……何か、忘れている気がするんだが」
「何をです」
蹄の音が近づいてきた。
街道へ続く道から、馬が二頭姿を現した。先頭の兵士は二人を見つけると、胸を張った。
「兵長、ただいま戻りましたっ」
その後ろには、青い衣を纏った男がいた。ブロンドの髪を肩の辺りまで伸ばした、精悍な顔の壮年だ。腰の紐ベルトに皮革のバッグを掛けていた。
なんだなんだと集まってくる村人たち。
「魔術師の方をお連れしました。夜明け前から急いでくださって」
「あ」
兵長の眉が上がった。口を開いたまま、隣の兵士を見た。兵士も、ようやく思い出したという顔で彼を見返していた。
魔術師が馬を下りた。
「子供が三人、代わりに異形のものが残されたと聞いた。私はまだ、何も見ていないので断言はできんが――」
言いながら、革鞄の留め金を外す。
「『取り換え』であれば、手遅れになる前に動かねばならない。案内を頼む」
兵長は咳払いをした。
「……その件ですが、ま、まず朝食など如何でしょうか、先生」
(完)




