ジャイアント・ビーとの戦い
日が暮れる前に夕食を済ませた私達は、デメテリアさんの納屋が見える位置で集まっていた。
傭兵達六人と私の合計七人が、月明りだけを頼りに納屋を観察している。
しばらく待ってみたが、蜂の出入りがない所を見るに、蜂は全て巣に戻っているのだろう。
私とファルナさんの二人だけで、そっと納屋に近付き、〈蜘蛛の巣〉の魔法を屋根と壁の隙間を覆うように使う。
二人とも呪文の詠唱をせず、納屋の全周を網で覆うと、最後に出入り口のドアを網で覆った。
私が小袋の中に手を突っ込んだまま、口を仲間に向けて一瞬だけ〈灯り〉の魔法を使うと、それぞれ槍を手にして傭兵達が納屋を囲み始めた。
ファルナさんが左右を確認して、〈蜘蛛の巣〉の向こうに大きな声で魔法を放った。
「〈開閉〉……!」
〈開閉〉はドアを開けたり閉めたりするというだけの生活魔法だ。手を触れずにドアの開け閉めが出来る。ドア以外にも窓や箱の蓋を開けたりするのにも使う事があるけれど、実際に使う機会はあまりない。手で開けた方が早いので。
しかし今回は〈蜘蛛の巣〉に触れずにドアを開ける事で、飛び出した蜂を文字通り一網打尽にする作戦だった。
よく〈開閉〉の魔法を思い出した私。褒めて貰いたい。
声に反応したジャイアント・ビーが四方から出ようとして〈蜘蛛の巣〉に次々と捕らえられ、みんなが次々とそれを槍で突いてゆく。
少し遅れてドアの方の〈蜘蛛の巣〉にも勢いよく蜂が突っ込んで来るようになった。
私も短い槍で力いっぱい網にかかった蜂を突く。
長いような短い時間、私達が蜂を駆除していると、正面ドアの〈蜘蛛の巣〉がだんだん膨らんできた。
大量の蜂の重さで変形しているのだ。
ヴィクトリアさんが難しい顔で聞いてきた。
「シロクロちゃん、これ大丈夫なの? かなりパンパンになってんだけど?!」
「網自体は魔法なので、規定の時間保ちますが、たまに網を抜けて来る事があります」
すると、仲間の死体で網を押しのけるようにして、数匹のジャイアント・ビーが飛び出してきた!
「わあ、あいたっ!」
「ひゃあっ!」
大きな羽音を立てながら、蜂が私とヴィクトリアさんに突っ込んできて、私は体当たりによってひっくり返ってしまった。
今のちょっと意外な悲鳴はヴィクトリアさん?
「きっきもっ、気持ち悪いーっ!」
あぁ。デカい虫って本能的な恐怖がありますよね。
私は慎重に起き上がると、急いでドアのところに〈蜘蛛の巣〉を掛け直した。
これでまたしばらく大丈夫。
近い部分を担当していたラズロウさんとマルクスさんが、ヴィクトリアさんと一緒に飛び回る蜂を攻撃する。
しかし、高速で飛び回る蜂に攻撃を当てるのは難しいようで、ヴィクトリアさんとマルクスさんが蜂に刺されてしまった。
蜂はガッチリと相手に組み付いてから、お尻の毒針を突き刺すので、ヴィクトリアさんがすごい悲鳴を上げる。多分痛いとかじゃない奴だコレ。
虫苦手じゃなくても、あんなデカい虫にたかられたらそうなるよね。
ラズロウさんは運良く攻撃を躱していたので、槍を捨てて剣に持ち替えている。
私は近いヴィクトリアさんに〈治癒〉を掛け、その上腕に止まった蜂を平手で思い切り払い飛ばした。
するとヴィクトリアさんから払い除けられた蜂は、彼女の腕に針を残し、糸のようなもので繋がったまま地面に落ちた。
太さ二ミリくらいの針の根元には袋のようなものが付いていて、動いている。
前世で蜂に刺された時の事を思い出す。
あれは毒嚢だ。早く抜かないと!
「ヴィクトリアさん、ごめんなさい!」
皮膚から三センチくらい飛び出ている針には、逆棘が付いているはずなので相当痛いと思うが、毒がどういった症状を引き起こすかわからない。
私は謝りながら針を思い切り引き抜き、改めて〈治癒〉をかけた。
マルクスさんは大丈夫だろうかと目を向けると、何故かジャイアント・ビーを素手で鷲摑みにしている。
「ほほぅ……こういう風に針が飛び出すんですねぇ。逆棘もついていて、とても痛そうです」
何言ってんだろう、この人。
マルクスさんも刺されたと思ったけど、針が残ったりしてないんだろうか。
「マルクスさん、刺されてませんでしたか?!」
私がそう聞くと「刺されたのは革鎧の部分だけですね。僕の鎧に張り付いていたので、つい掴み取ってしまいました」と笑いながら、他の蜂の突進を小さな丸盾で避けていた。
ラズロウさんがここで初めて、飛んでいる蜂を撃墜した。
「ヴィクトリア大丈夫か? こいつら、素早いが小回りは利かないから、飛んでくる位置を予測して叩き落せ!」
おぉ。偏差攻撃。ラズロウさんすごい。
そしてそれを聞いたヴィクトリアさんも槍を捨てて腰から剣を抜いた。いつもの包丁みたいな巨大剣ではなく、普通の剣だ。
私に〈治癒〉のお礼だけ言って、残り僅かな蜂をじっくりと叩き落していった。
私は正面ドアの〈蜘蛛の巣〉の様子を見ながら、槍で蜂を突く作業に戻った。
納屋の向こう側でもファルナさんが〈蜘蛛の巣〉を掛け直している声が聞こえたが、ぶぶぶ、という羽音は納屋の中からしか聞こえないようだった。
静かになる頃には、どのくらいの時間が経っていただろう。
少しずつ〈蜘蛛の巣〉を解除すると、死んだジャイアント・ビーがたくさん落ちてきた。
少し動く個体もあったが、いくらデカいと言っても三十センチほどの生き物なので、槍で突かれたら致命傷なのは間違いない。
バスキアさんが薪でぶっ叩いてとどめを刺して安全を確保した。
ラズロウさんがそっと中を覗くと、じりじりと下がってきた。
どうしたんだろう。
「中はびっしり蜂の巣が作られてて、蜂蜜が垂れて水溜まりみたいになってる。何匹か蜂が固まってて、一部は色合いの違うのがいるな。どうする?」
「蜂蜜あったんですか?!」
「ええい喜ぶのが早えよ、蜂がまだいるっつってんだろが! あの金属みたいなキラキラした蜂はなんだか知ってるかシロクロ」
「金属? 大きさや形は違いますか? 一匹だけでした? それとも数匹?」
「大きさは変わらねえが、何匹かいたな。綺麗な模様みたいだったぜ」
「多分オス蜂じゃないですかね。オスは針も無いですし攻撃性は低いはずですよ。普通の蜂だとそんなに色が違う事はないんですけど、ジャイアント・ビーは雄が雌にアピールするために、そういう色なのかも知れないですね」
私がそう言うとみんなが私を見た。
そうなの? という顔だ。
詳しく語り過ぎた……。八歳女児にしては、さすがに不自然だよなぁ。
……今更か。
「ちっちゃい蜂の針は卵を産むための部分が針に変化したものなので、ジャイアント・ビーもそうなのかなって」
私が説明すると、バスキアさんが「そうなのか。よく知っていて偉いな」と褒めてくれた。
私達がドアを潜って巣に近付くと、蜂の一部が飛び立ち、攻撃してきた。
わたしとヴィクトリアさんが「ひぇ」と悲鳴を上げる間に、バスキアさんとベルナールさんが速度が乗る前に打ち落としてくれた。
ヴィクトリアさんが若干釈然としない顔で、ファルナさんに尋ねると、ファルナさんは笑った。
「あたし、こんだけ大きいとさすがに怖いんだけど、ファルナは怖くないの……?」
「うちは田舎育ちだから、大きい虫は見慣れてるしねー」
このサイズの虫を見慣れるって、どんな田舎なんですか……。
そんなやりとりの間に前衛の人達は女王蜂を含めた全ての蜂を処理し終えた。数匹外に飛んで行ってしまったけど、問題ないだろう。
バスキアさんとラズロウさんが振り返って私を見ている。
マルクスさんはハチの巣に興味津々の様子だ。
「んで? こんなべったべたな蜂の巣をどうやって持ち帰るんだ? 巣の中でまだ芋虫が動いてるぞ」
「ひとまず幼虫を処理したら、〈鑑定〉して決めようかと」
「雑すぎだろ。危険な真似してんだから、しっかりしろ。芋虫は刺してこねえか?」
「幼虫は珍味だそうですよ。どう食べるのか知りませんけど」
「冗談も大概にしてくれ」
そこにマルクスさんが「これを……食べるんですか」と反応して、幼虫を六角形の巣から取り出した。
太くて大きな白っぽい芋虫が、マルクスさんの手の中でうねうねもがく。
きもちわるいです。
「今回は取り敢えず全滅させましょう! ね!」
槍で幼虫と蛹を処理して、〈鑑定〉で生き残っている蜂がいない事を確認すると、私はみんなに「それじゃあいったん私の魔法の鞄に入れて持ち帰って良いですか?」と聞くことにした。
思ってたよりもみんながギョッとした顔をするのでどうしたのかと思ったら、ファルナさんに窘められてしまった。
「シロクロちゃん。迂闊に魔法の鞄を持ってるとか言ったらダメよ? 盗まれちゃうからね? ……布製の魔法の鞄っていうのはうちも初めて見るなぁ」
あれ、魔法の鞄自体は確かに珍しいもののはずだけど、布製って更に珍しいのかな?
っていうかそりゃ高価な品を持ってますって宣言するのは、ダメだよね。
「皆さんの事は信用してますから! ってことで、とりあえず入れちゃいますね?」
とりあえずそう言って笑ってみせると、みんながちょっと微妙な表情になった。
まさか魔法の鞄というのが嘘とは言えないから、勢いと笑顔で乗り切っちゃおう。
魔法の鞄に入れるふりをしながら【亜空間収納】に、蜂の巣も蜂蜜も、ジャイアント・ビーの死骸も全て収めた。
私が手をかざすとこれらのものが一瞬で消え、埃だらけの床には蜂蜜が垂れていた痕跡一つ残さなかった。




