強さ
15:15
松原と赤阪は準備運動を終えて訓練を始める。松原は今日も《アリーナ》で訓練をしていて、赤阪は松原に拉致られての参加である。
【アリーナ】
学園でA組のみが使える訓練施設。実戦に近い形で戦闘訓練が可能である。A組のクラスメイトは別名《地獄のコロシアム》と名付けている。発祥は池田飛鳥である。
「今日は休みたかったのに」
「1人だと訓練にならんだろうが」
「明日から嫌ってほど訓練するじゃん。いつも強引だから僕の身がもたないよ」
「なんだかんだ付き合ってくれてるんだ。俺は感謝しているぜ」
赤阪千早は中性的な顔つきで、ミディアムウルフショートヘア、髪色はゴールデンイエローのサラサラストレートで、松原とは対極な細身である。
松原の性格と口調は敵を作りやすいが、そんな松原と行動を共にしているのが赤阪である。
「竜馬はあの日から、ずっとアリーナ訓練してたね」
「嫌なことを思い出させやがって」
「君の自業自得だよ」
1年前にA組がアリーナで初訓練が実施された日、松原竜馬は狭山先生と柏原先生に決闘を申し込んだ。結果、松原は手も足も出ない赤子のようにボロ負けであった。その日から毎日のようにアリーナに通い、日々鍛錬を積む。
「屈辱だったぜ。絶対的に強いと思ってた俺が簡単に倒されたんだからな」
「さらに強くなる決心がついたからそれで良かったんじゃない?魔族はもっと強いんだし、先生たちより強くならないといけないことが分かったんだし」
「おかけで1年前より力がついてきたぜ。狭山と柏原は俺がぶっ倒す」
「先に魔族を倒してほしいかな」
松原は拳を強く握る。松原の武器は己の拳。岩やコンクリートを粉砕するパンチ力を持っている。
「千早。また頼むわ」
「はいはい。今日は何がお好みで?」
「雷属性だな。さっき池田に喰らわしたかったぜ」
「女の子を殴ったら僕は怒るよ?」
「冗談だ」
松原は魔法が不得意である。自分から攻撃魔法は出来ないので、別の人間が松原の身体に属性付与の魔法を与える。その属性が付いた拳で敵を攻撃することが可能である。通常攻撃でも強力だが、属性が無いと勝てない敵もいる。そうなるといくらなんでも松原の勝算は低くなる。赤阪のように属性付与が使える人間がいないと松原の拳は生きない。松原のリクエストは雷属性であった。
「はぁ……だるい。終わったらマジックパウダーを頂戴。竜馬の魔力なら、そんなに必要ないでしょ」
「嫌味なことを言いやがるな」
「君の訓練に付き合うと、魔力の消費が半端ないんだよ」
赤阪が得意とする魔法は付与と吸収。付与の魔法で松原の身体に雷属性を付与する。赤阪の高い魔力と松原の高い物理攻撃力がプラスされることによって、強力な攻撃力になる。弱点属性を喰らった魔獣はひとたまりもない。松原と訓練に参加することは多量の魔力を消費する。
松原は疑似魔獣を次々と破壊する。模擬魔獣の弱点は雷属性ではなかったのだが、松原の強力な攻撃力によりあっという間に倒される。
「俺は1番でないと気がすまない。だけどな、A組の中でもまだ1番になれない」
「ふ~ん。竜馬より強い人がいるんだ。竜馬は誰が強いと感じるんだい?」
「あの2人だな」
「2人って誰?」
「病弱の小娘と、その彼氏」
「それ……本気で言ってる?」
「俺の勘が外れたことがあったか?」
「ないけど」
脳筋の松原は戦いを好む本能なのであろう、野生の勘はよく当たるのである。狭山先生と柏原先生に立ち向かった時は、人を見下す尊大な気持ちがあり、油断していて気付けなかった。それ以降戦い方を変えることになった。敵を知り分析し、自分の能力と計算して勝率を上げて今に至る。
「何か感じるんだよ。あいつらの瞳の奥に眠る強さが」
「交野さんを侮辱した発言に矛盾があるよ?」
「池田と狭山弟の反応を見たかったのさ。池田は小娘のポテンシャルに気づいてなさそうだったぜ。狭山弟はポーカーフェイスで分かんねぇ」
「へぇ~」
赤阪は毎度感心する。尊大な性格のくせして、しっかりと周囲を見ている。ただの脳筋ではないことだ。赤阪と松原は会話をしながらでも襲いかかってくる模擬魔獣をダメージを受けることなく破壊する。次々と現れる模擬魔獣は竜馬の拳と赤阪の魔法で殲滅される。
「千早、レベルが上がったんじゃねぇか?」
「そうかな。竜馬のパワーが上がったんじゃない?」
「俺のパワーはいつもどおりだ。お前の補助魔法の効果が大きいんだろ」
「僕にも役に立てることがあるんだ」
「いっぱいあるだろ。模擬魔獣のレベルを上げねぇか?」
「そうだね」
模擬魔獣のレベルを上げた2人が模擬魔獣と戦ってみたが、攻撃は当たらなく、被ダメージが増えてしまう。
「ちっ!今のレベルは!?」
「25だね……」
「25だと!?先公に全然届いてねえ」
先程の余裕はなくなり、防戦一方で攻撃を受けるのみになった。弱点属性で攻撃しても、敵のレベルが高くて与えるダメージが弱い。逆に被ダメージが大きく、回復も追いつかない。2人の体力はなくなっていき敗戦となった。力尽き、地面で仰向けになる。2人はまだまだだと痛感する。
「はぁはぁ……このままじゃ勝てねぇ」
「うん……」
「先公強すぎだろ。あいつらはレベル40でも息切らしてなかったぜ……」
「魔族はそれ以上だね……狭山先生の言う通り、このままだと死んじゃうね……」
「狭山の言うことは正しかったってことか……ちくしょう」
何分経ったのだろうか。しばらく2人の呼吸音だけが聞こえる。先に言葉を発したのは――
「竜馬」
「何だよ」
「明日からのお願いなんだけど、今日みたいに池田さんを怒らせることはやめてほしいかな」
「無茶言うなよ」
「まぁすぐに変われるとは思ってないけどさ。けど――」
「何が言いたいんだ?」
「僕たちは今まで周りの人間を信用してなかった。けど、A組は信じていいと思うんだ」
「ふん……どうだかな」
「その反応はいい方向だね。明日から宜しくね」
「ちっ!勝手にしやがれ」
「ふふ。そうする」
お互いのことを知っている2人
2人は上半身だけ起き上がり、赤阪は松原の眼を見てこう言った。
「僕は……アイツを許さない」
「急に奴のことを言うんじゃねぇよ」
「ごめん。僕は知りたいんだよね。何を考えてたか」
「俺も気になるがな。魔族を倒しまくったら、向こうからやってくるんじゃねぇか」
「魔族を倒しまくる……か。」
「俺達はアイツに何があったか聞きたいんだろ。勝つしかねぇんだ。そのためなら周りを利用してでも――」
「周りを利用する考えをやめてほしいんだけどな」
「そうだったな。悪いな。アイツに拳をぶつけるのは俺だ。それは絶対に絶対だ」
「うん。僕たちに謝罪してもらうこと。それも絶対に絶対だ」
「アイツを人間側に戻す。俺達の目的だな」
「そうだね」
ゆっくりと立ち上がり、2人はアリーナを後にする。