二百五十一話 これはちょっと引くわね
各々、図書館の長机について思い思いの書物に目を通している。
早速アルから手渡された【ラライエ創成記】なる本を開いてみることにする。
1ページ目を開き5秒ほど書かれている内容を見てページをめくる。
また5秒ほど書かれている内容を見てページをめくる。
ただひたすらに、ペラペラとページをめくるだけの作業を繰り返していく。
こんな感じでこの本の三分の一位進めたところで、アルが横から声を掛けてきた。
「ちょっと、ハルト…… あなた、さっきからページをペラペラとめくっているだけで、全然読んでないでしょ?」
「ん? いや……」
アルから声を掛けられて本から視線を上げると皆、こちらを見ている。
どうやら、本を読みもせずにただいたずらにページをめくって本を読んでいるふりをしているだけのように思われたみたいだ。
実際、今は本の内容を一切読んでいない。
後でじっくり腰を据えて読めばいいかと思っていたからな。
「いや…… そんなことは全然ないぞ。もちろんちゃんと読んでるさ」
半分は嘘だがとりあえず、そう言っておく。
今日は皆、俺に付き合って図書館に来てくれているわけだし、ふざけていると思わせるのも良くない。
「本当かい? 僕の目から見てもハルトきゅんが本を読んでいるようにはちょっと見えなかったんだけどな…… 別に読んでいなくてもいいんだけどさ。僕としてはハルトきゅんのやっていることに興味はあるかな」
「仕方が無いな」
俺は【ラライエ創成記】の冒頭に近いページを無作為に開いてヴィノンに手渡した。
「ヴィノン…… それ、今開いているのは何ページ目だ?」
「えっと、23ページだね」
「…… はるかな過去、ラライエに一人の男が生を受ける。その名をディランという。ディランの魔力は、生来より他者を圧倒するほどに強かった。人の領域を超えるほどに……」
俺は23ページの冒頭から書かれている内容を諳んじて見せた。
「えっ? うそでしょ?」
ヴィノンの後ろから開かれた【ラライエ創成記】のページを覗き込んでいたアルが言葉を失った。
「まだ、前半部分しか読んでないからな。前半のページを指定してみてくれ」
アルが横からヴィノンが手にしている【ラライエ創成記】を奪い取って、無作為にページを選ぶ。
「じゃ、じゃぁ…… 176ページ」
「帝国が倒れてから、ラライエに平和が訪れて数十世代分の時代が過ぎた。安寧の日々は前触れもなく破られる。魔族たちの領域である魔界より、強大な魔物たちを従え、たった一人の魔族が人の領域に進攻を始めたのである。その者は魔王を名乗りただひたすらに殺戮と破壊のみを求める。ラライエに生きる命に再び滅亡の危機が訪れる」
種明かしすれば、脳内PCを使っているだけなんだけどな。
目で見た本のページをそのまま画像データに変換して保存しているに過ぎない。
俺は言われたページのデータを引っ張り出してきて、読み上げているだけだ。
「何よこれ……。ハルト、あなたもしかして今ので本に書かれている事、全部覚えちゃっているって事?」
「まぁ、そうだな」
「なんか、言っちゃなんだけど…… これはちょっと引くわね。非常識すぎるわ」
「もしかして、これもハルトきゅんの固有特性なのかい?」
そもそも俺の脳内PCは一部のラライエ人類が持つ固有特性とは全くの別物なのだが、そういうことにしておいた方が納得してもらえる部分が多い。
ここはヴィノンの問いに肯定しておくことにするか。
「その応用だな。前にも言ったが俺の固有特性は意識して同時に二つの事を思考できる。二つの思考をこの本を読むことだけに集中する役と暗記することだけに集中する役に分担できるってわけだ。つまり、普通の人間が二人掛かりで読んでいるのと同じってわけ」
「いやいや…… 普通は二人掛かりで一つの本を読んでも、こんな一瞬で書物を丸暗記なんて芸当はできないでしょ」
「本当に二人掛かりだとそうだな。俺の場合は思考が二つでも肉体も頭脳も一つだ。しかも一方は一切感情を持たず、リソースの全てをひたすら暗記だけに使っているからな」
「改めて、君の恐ろしさを目の当たりにしたよ。ハルトきゅんなら、この図書館の蔵書全部丸暗記とかできるんじゃないのかい?」
ヴィノンがいつものチャラいい表情ではなく少し真顔でそんなことを聞いてくる。
「この図書館の推定蔵書数と俺の記憶速度から計算してやれるやれないを考えれば ……まぁ、やれるだろ。その場合、俺は残った人生全てを本の暗記に費やす必要がある。だから、そんなことをするつもりは無い。実行するのはあまり現実的じゃぁないな」
「そうなんだ。少し安心したよ。ハルトきゅんの固有特性にも限界はあるということだね。」
受け取り方によっては地味に失礼かもしれない言葉を言って、ヴィノンはいつものチャラい表情に戻った。
「アルエット様…… ハルトさんのお話が気になるのも分かりますが、そこの計算が間違っております」
「え? そんなはずないわよ。だって……」
「ほら、先ほどここの勘定項目を参照なさいましたでしょう? ここではまだ、税率が加わっておりませんので……」
アルはいつの間にか隣に座っているシアさんに勉強させられているようだ。
どうやら地球でいう所の簿記に類似したこの国の表計算のようだ。
ガル爺がいなくなり、これからのアルには【セントールの系譜】として貴族階級以上の教養も求められる。
……そういうことなんだろうな。
ここぞとばかりに、アルに教養を詰め込もうとしているシアさんの真剣な表情を見て、なんとなくそう察した。
そして【どうしてこうなった?? ……解せぬ】
……そう顔に書いていそうなあまりにも分かりやすいアルの表情を見る限りでは、明日から俺と一緒に図書館に来ることは無いな。
そう確信するのはあまりにも容易である。
明日からの数日はピリカと二人、まったりと図書館で過ごすことになりそうだ。
……。
……。
1月30日
俺が図書館に通い始めて7日が経過した。
予想通り、翌日から図書館に通うのは俺とピリカだけになってしまったが、そこは問題なしだ。
むしろ、余計な雑音無く情報収集に没頭できるのでむしろ歓迎するべき状況だ。
連盟やギルドの対応などに奔走したりしている他の皆を尻目にのうのうと自分勝手に図書館に入り浸っている状況に気まずさを感じないでもない。
……が、俺の本来の目的はヒキオタライフなのでそこは敢えて自分勝手にふるまわせてもらうことにする。
もちろん、必要とあらば仲間へ協力を惜しみはしない。
今のこの状況がまさにそうだ。
今日の俺は図書館にはいない。
今、俺達がいるのは連盟本部だ。
今期、この大陸で新たに勇者となる者とそのパーティーメンバーが揃ったとのことで、勇者の任命式典が執り行われることになった。
ピリカは魂の影に入る術式を発動させて、肩車状態で俺にくっついている。
ピリカがこの状態でいる限り、俺以外の者にはピリカの存在は認識できていない。
この魂の【影に隠れる】という概念は俺には全く理解できないが、いつまでも【影に入る術式】という呼び名はどうかと思うので、便宜上、この術式を【ソウルヒドゥン】と呼称することにしよう。
そんなわけで、アルとシアさんにあれこれと着せ替えられながらあてがわれた、どっかの歌劇団員のようなこの国の礼服を着て連盟本部の広間にいる。
すでにかなりの人数が集まっており、身なりからも貴族や他の勇者パーティーなどの特権階級の連中なのだろう。
残念ながら、俺にはこの中の誰が勇者で誰が貴族なのかはさっぱりわからん。
変なヤツに絡んだり絡まれたりしないように、アルやヴィノンの後ろに隠れておとなしくしておくのが最善手とみた。
「やぁ、ハルト君じゃないか!」
そう思って小さく縮こまっていたつもりだったのに、背後から急に声を掛けられた。
この声には聞き覚えがある。
しかも悪い意味で……。
気分的にはガン無視したいところだが、多分そういうわけにはいかないだろう。
意を決して声の方に視線を向ける。
マジかぁ……。
いや、声を聴いた時点でわかってはいたんだけどな。
声の主は精霊術師の二つ名持ち勇者、【螺旋水陣】ホリプス・ヴァイ・フィブレだった。
あまり更新できてないのに、ブックマーク頂けてとても嬉しいです。
付けてくださった方ありがとうございます。
年度内いっぱいで今の部署から別の事業所に異動になります。
場所が遠くなるので通勤時間が片道30分増えますが、
もう少し、社畜度の低い部署だといいなぁ……。
時間がかかっても投稿続けますので、
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引き続きよろしくお願いいたします。




