二百四十八話 大アリだよ〇鹿野郎が……
「ぜぇっ、ぜぇっ…… ハルトきゅん…… 君さ…… はぁはぁ…… 精霊ちゃんに何させようとしてんのさ…… さすがにダメでしょ……」
森の中で長時間先行偵察しても全く呼吸を乱さないヴィノンの息が上がるとは…… どれだけ全力疾走してきてんだよ。
それによく俺達がここにいるって分かったな。
ヴィノンが止めに入ってきたので、一旦ホリプスの抹殺は保留だな。
ピリカに手で合図して攻撃を中止させる。
ピリカさんは【美利河 碑璃飛離拳】でホリプスを輪切りにするつもりだったようで、その両手が金色に光っていた。
ヴィノンの乱入で俺が攻撃中止させるのを察していたのか、ピリカはすぐに術式を解除した。
ピリカの手から殺気を纏う光が失われたのを確認して、ヴィノンは少しだけ安堵の表情を見せる。
「ちっ…… また、面倒な奴が現れたものだよ。ヴィノン、邪魔しないでくれないかい? 僕は大事な交渉事の最中だったんだが?」
やっぱり、このチャラ男はホリプスとも面識ありか……。
「相変わらず人の話を聞かない御仁だね。僕が到着するのがあと二秒遅かったら、君は細切れになってこの大通りに散らばっていたんだけどね」
「いつも君の冗談はつまらないけど、今日のはいつにも増してつまらないね」
ホリプスはやれやれといったポーズを取る。
「さてと…… 何でこんなことになっているのか説明してくれないかな?」
「僕はこの少年と交渉を……」
「ああ、ホリプスには聞いてないよ…… 君と僕の間にまともな会話が成立するとは思ってないんでね」
そう言って、ヴィノンは俺の方に向き直った。
俺はホリプスがいきなり現れてから今までの経緯をかいつまんでヴィノンに聞かせた。
「……全く、ばかなことを…… ハルトきゅんが精霊ちゃんを引き渡すわけないでしょ…… 何でそんな身勝手な要求がまかり通ると思っちゃったんだろうね」
「ヴィノンには関係ないだろ、僕の邪魔をしないでくれな……」
ホリプスの身勝手な口上を遮ってヴィノンがホリプスの胸倉を掴み、そのまま片手で持ち上げた。
強化魔法を使っている気配はない。
つまり、これはヴィノンの純然たる地力ということだ。
こいつ…… 実は相当に鍛えてるよな。
本気ではなかったとはいえ、シュルクの衝撃波喰らってもダメージ少なかったし……。
「関係ない? 大アリだよ馬鹿野郎が…… 僕の大事なパーティーメンバーに何を火の粉かけてやがるんだ? 頭の悪いお前にも分かるようにハッキリと言ってやる。僕が優しく言ってるうちにさっさと消えろ!」
ヴィノンはそう言い放ってホリプスを放り投げる。
満足に受け身も取れずに、ホリプスは大通りの石畳にみっともなく尻もちをつく。
隣に立っている水の精霊は、全く助けに入る気配も見せない。
この精霊はなんていうか…… クールだな。
全然、この男を助ける気がなさそうだ。
「いたた…… ヴィノンのパーティーメンバーだって? なら、そっちの日輪級の娘は……」
「気付いたかい? 【裂空剛拳】ガルバノの孫娘だよ」
「ふんっ! ガルバノはもう居なくなって、序列22は空席だ。この娘が今期勇者になったとしても僕の序列の方が上だ! やはり正当性は僕にあるっ!」
情けない格好でなおも食い下がるホリプスをヴィノンがキッと睨みつける。
こわっ……。
普段が飄々とした雰囲気なだけに、このギャップが余計に鋭い視線の迫力を引き上げている気がする。
「全く…… とんだ宝の持ち腐れだよ! このことは勇者ホリプスの名で連盟を通して正式に抗議させてもらうからね! 覚悟してくれたまえよ!」
そんな捨て台詞を残してホリプスは大通りの反対側で待っている仲間の方に戻っていった。
「ハルトきゅん、大丈夫かい? 君はなんていうか…… ある意味持ってるよね?」
ヴィノンの言ってることはある意味正しい気がする。
今、俺は地球で一番波乱に満ちた人生を送っている自信がある。
もっとも、このことを地球の誰に伝えることも出来ないんだけどな。
「ヴィノンさん、大丈夫なの? あのホリプスって二つ名持ち勇者の精霊術師、連盟に……」
「ああ、平気平気! 後でグランツにチクっておくよ。またホリプスがバカな事やらかしたからあとよろしく! ……てね。さすがに、もう粉掛けてこないでしょ」
そう言って、ヴィノンはからからと笑った。
「あれでも、伝統ある勇者の家系だし…… しかも、貴族家当主でもある…… それであのバカっぷりだからね。あいつは本当に始末に悪いんだよ」
「しかし、よく俺達がここにいるってわかったな」
「ギルドでモリスンを見かけてね。あ、モリスンってのはホリプスのパーティーメンバーの一人でさ。そのモリスンがさ、今日はパーティー全員で連盟に顔を出すようなことを言ってんだよ」
えっと…… それがなんで今の状況に繋がるんだ?
ヴィノンのロジックが見えんな。
「で、それを聞いてこれはヤバいって思って、大急ぎでハルトきゅん達を探しに来たってわけさ。きっと大通り沿いにいると思ったよ。まさに間一髪だったね」
「ごめん、ヴィノンさん…… 私、全然話が繋がらないんだけど」
「俺もだ……」
「あれでもホリプスは本当に最強の精霊術師だからね。伊達に希少な上級精霊と契約している二つ名持ち勇者じゃないって事さ。でもねぇ……」
そこまで言ってヴィノンが俺の隣に座っているピリカを見る。
「ハルトきゅんの精霊ちゃんはどんなに低く見積もってもそんなホリプスの契約精霊よりも強力だからね……」
なるほど、ヴィノンの考えがおおよそ理解できた。
「あの男は、無駄に気位だけは高いからさ。万一、ホリプスがハルトきゅん達と遭遇したら絶対やらかすと思ってね。あいつが自分より強力な精霊を連れている精霊術師を認めるなんて思えなくってさ ……できればあいつより先にハルトきゅんと合流して、遭遇自体を阻止したかったわけ」
「ヴィノンさんはその万一の可能性のために……」
「アル、俺の故郷ではこういうのは【フラグ】って呼ぶんだ。こんな場合の万一はほぼ確定事象だ」
「面白い考え方だね。でも、そうだね…… ハルトきゅんは明らかに持ってるから……。確かにこういう予感の時は確定と思った方が良いかも。僕の勘も捨てたものじゃないじゃん。おかげで最悪の事態は回避できたんだし」
「アルドさん、いました! あそこに……」
通りの向こうに、アルドとシアさんが見えた。
ヴィノンも二人に気付いて手を振って合図する。
「一応、シアさん達と手分けして探していたんだよ」
なるほど、土地勘のないアルドはシアさんの護衛も兼ねて一緒だったか。
「お二人ともご無事でしたか…… さっき、ホリプス様のパーティーとすれ違ったので、いやな予感がしたのですが……」
「いやぁ…… 間に合ったというか何というか……」
ヴィノンが歯切れの悪い返答をして、二人に敬意を説明する。
「……ロテリアの護り手である【セントールの系譜】のアルエット様に対して何という物言いを…… いっその事、ピリカさんに輪切りにしてもらった方が……」
「おいおい…… 物騒な事を口走らないでくれ…… そんなことになったら、グランツでも庇えなくなるよ……」
この人もなんかアレだな。
アルの事になると変なところで見境なくなるところがあるんだよな。
「とりあえず、僕はこれからグランツにこのことを話してくる。さすがにこれ以上噛みついてこないと思うけど、念のため二人はハルトきゅん達に付いてあげてね」
「かしこまりました。お任せください」
シアさんが了承したのを確認すると、ヴィノンは連盟本部の方に去って行く。
「すまんな、俺達のために…… 二人の予定を狂わせてしまった」
「問題ない。俺も王都をぶらつく位しかやることないしな」
「私も問題ございません。ギルドの手続きは済ませてきましたので…… ご一緒させていただきます」
こうしてアルドとシアさんが合流して、五人で王都の市場を見て回ることになった。
ホントは3連休に投稿したかったのですが……。
遅くなってすいません。
ブックマーク・評価ポイント・いいねなど反響
いただければこの上ない励みになります。
引き続きよろしくお願いいたします。




