二百四十七話 わかるか! 〇ケが!
「あの、ちょっとおっしゃっている意味がよく分からないのですが?」
この長髪野郎…… まともな思考回路持ってないのか?
いやいや…… 冷静になろう。
こいつはちょっと口下手なだけで、俺がこの男の言いたいことを曲解しているだけかもしれない。
もう少し凡人の俺にも分かるようにわかりやすく説明してもらおう。
「えっとですね…… お話がいきなりすぎて」
「おっと、すまなかったね。君だってこれを手に入れるのにはそれなりに苦労したんだろ?」
俺の話と一方的に遮ってまくし立ててくる。
ぐっ、我慢我慢我慢ガマン……。
とりあえず、何か言おうとしている。
この男が次に発する言葉を聞くまでは判断を保留にしよう。
「君の光の精霊をもらい受けるかわりに、こいつを君に進呈しようじゃないか! 水の上級精霊だ。君はこれと契約すればいい。さぁ、すぐにこの精霊の契約を僕に委譲したまえ」
だめだコイツ…… 早く何とかしないと……。
さて、どうしたものかな。
「ちょっと、あなた一体何なの? いきなり現れてピリカを寄こせですって? 馬鹿も休み休み言いなさいよ?」
アルが横から話に割って入って、俺の言いたいこと代弁してくれた。
「あのさ…… そもそもだね。君たちのような木っ端冒険者は僕に意見できるような立場じゃないんだよ。黙って言われたとおりに従いたまえよ」
男はやれやれ…… と、言わんばかりの表情で俺達を見下してくる。
「木っ端 ……ね」
アルが自分の日輪級のギルド証を黒ロン毛に見せる。
男の目が少しだけ鋭くなったが、すぐにさっきまでの上から目線に戻った。
「なるほど…… 日輪級ね。しかし、僕は君の顔に見覚えが無い。 ……と、いうことはだ。君は勇者ではない。ただの勇者の取り巻きということだ。 ……もし、勇者だったとしても序列が相当下位の名ばかり勇者ということ、数年のうちに依頼に失敗して魔獣の餌が関の山だろう」
こいつ…… アルが日輪級だと知って尚、この態度か。
問答無用でピリカを寄こせと言われて、俺の心中は今にもブチ切れそうになっているが、それでもこの男への警戒レベルを引き上げる程度には冷静さが戻ってきた。
「な、何ですって? 貴方、誰を相手にそんな無茶なことを言っているのか分かっているの?」
「分かっていないのは君たちの方だよ。僕の言葉は変わらない。僕が優しく言っているうちにその光の精霊を僕の精霊と交換したまえ……」
俺の隣に座っているピリカはさっきから無言を貫いているが、その目はすでに据わっていて、目のハイライトが消えている。
これはピリカさんも爆発寸前だ。
俺の立場が悪くならないように、ぐっとこらえているのがものすごく伝わってくる。
「ちょっと、あなた! いい加減にっ!」
アルが男の不遜な態度に耐えかねて食ってかかろうとした。
それを左手で制して、懐から自分のギルド証を取り出して奇妙なポーズを取る。
やはり…… こいつも日輪級か。
そして、これはアレだ…… 日本の人気漫画である、奇妙な冒険浪漫立ちかな?
「序列48番! 世界最強の精霊術師にして、精霊魔法の始祖、ヴァイセドムの直系にして、フィブレ伯爵家当主!【螺旋水陣】ホリプス・ヴァイ・フィブレとは僕の事さ!」
なるほど…… 二つ名持ち勇者だったか……。
確か序列50以上からが二つ名持ち勇者だったな。
と、いうことは二つ名持ち勇者の中ではほぼ一番下っ端か……。
「ネ、二つ名持ち勇者だからなんだっていうのよ! それがピリカを引き渡す理由になんて……」
「僕の固有特性は【循環観測】 ……他者の体を巡る魔力を感覚的に認識できるというものなんだよ。つまりね…… 魔力の巡りから相手の強さや力量を測ることが出来るのさ」
お前のスキルなんて誰も聞いてねえよ。
とことん人の話を聞かないヤツだな。
「それがどうしたのよ……」
「ふむ…… 君の強さは相当なものだ。日輪級を持つに相応しいぐらいにね。しかし ……だ。こっちの少年はだめだね。僕でさえ魔力の巡りが認識できない程の弱者だよ。スラムを徘徊している野良猫の方がまだ強いかもしれないぐらいだ」
それはそうだろう。
どうやら、こいつの固有特性はハッタリではなさそうだ。
俺は地球人だからな。
魔力が存在しない世界の住人だ。
強さの物差しを魔力で測ればそうなるだろうさ。
野良猫どころか、その辺を飛び回っているハエやカトンボ以下かもしれないぞ。
ホリプスと名乗ったこの男の言葉を聞いて、アルの目からもハイライトが消えた。
俺の事を小ばかにされて、こいつまでもブチ切れカウントダウンになってしまった。
女子二人して俺の事でここまで怒ってくれるのは悪い気がしないでもない。
……が、今はそれどころではない。
ホリプスはお構いなしに自分の持論を展開している。
「……隠し立てせずに言えばね。 ……僕のコレよりも君の光の精霊の方が強力だ。代々、フィブレ家が継承してきた契約精霊よりも強力な精霊なんてね…… 本当に驚きだ。しかし精霊魔法は契約主の魔力次第で契約精霊を活かしも殺しもする」
そういえば精霊術師というのは本来、そういうものだって言っていた気がする。
「精霊が力を行使するための魔力は術師が精霊に与えるものだからね。魔法のコストと精霊への報酬となる魔力、それらをまとめて精霊に渡さなければならない。精霊魔法が魔力効率が悪いと言われる所以だ」
何となく、ホリプスが言おうとしていることがわかってきたかもしれない。
「つまりだ。君のような弱者がこれ程の精霊と契約していてもこの精霊の力を引き出すことなんて絶対にできないというわけだ。僕のような圧倒的な魔力を保有している勇者が契約してこそ、真の力を発揮できるわけだ。君は勇者のために大人しくその精霊の契約を僕に委譲する義務がある。わかったね?」
わかるか! ボケが!
そもそも俺とピリカの間に契約なんてものは存在していない。
あるのはお互いを思い合う絆と親愛の情…… それだけだっての!
「代わりに君に契約委譲する僕の精霊だって最強の上位精霊だ。始祖フィブレの代からずっと歴代の党首と在り続けた由緒ある精霊なのだぞ。君には過ぎた逸品だろうさ。どうせ君の有るのか無いのか分からないような魔力では、コレが大人しく言うことを聞くのかさえ怪しいが……。 さぁ、早く契約委譲の呪文を……」
これは、マジで駄目だな。
「あんたの言いたいことはわかったよ。俺の予想通りだったし、俺とは会話が成立しないタイプの残念野郎だということも理解できた。それを踏まえて俺の返答は決まっている ……【だが断るっ!】だ」
くぅーっ!
一回言ってみたかった。
まさか異世界でこの台詞を口にするチャンスが来るとはな。
目のハイライトが消えているアルとピリカがシンクロしてうんうんと頷いている。
「あれ? おかしいな…… 今日は僕の耳の調子が悪いみたいだね。もう一度、言うから分かりやすく、聞き間違えないようにハッキリと返事したまえよ? その精霊の契約を僕に委譲したまえ」
「あれ? おかしいな…… これ以上ない程にわかりやすくハッキリ言ったはずなんだが…… もう一回言ってやるから、聞き間違えないようにしっかり聞けよ? だがこ……」
俺がもう一度、例の名言を食らわせてやろうとしたのに、ホリプスが遮ってきた。
コイツ…… どうあっても俺にノーと言わせない気か……。
「あーっ、全くもう…… 君も中々のやり手だね。仕方が無いなぁ……」
そう言ってホリプスが懐から紙切れを取り出して呪文を唱える。
「ソハメモイョサワジガシノルウリクヤゼタテナュヲジョッニクダンュマリ」
ホリプスの指先が淡く光る。
その指で紙にサラサラと何か書き始めた。
書くものが手元に無い時に使うボールペンの生活魔法的なものだろうか?
「魔力証文ね」
アルがホリプスの行動を見て言った。
「それは何だ?」
「自らの魔力で書面を作成することで絶対に複製・偽造が出来ない書類を作る魔法ね。貴族や勇者が書いた魔力証文は絶対的な信用力を持つの」
なるほど、公文書や契約書的なものを作成する魔法ってところか。
「君の言い分はこういうことだろ? 自分の精霊の方が強力なのに単純な精霊交換では、条件が対等ではないから断る…… そういうことだね。二つ名持ち勇者相手に商売っ気を出すなんてね」
そう言うと、書面の文面を俺達の方に向けて見せる。
そこに書かれている文面は要約するとこうだ。
序列48番、勇者ホリプスは光の精霊の契約委譲の対価として、水の精霊の契約委譲に加えて、金貨二千枚をその契約主に支払うものとする。
「君の希望通り、精霊の力の差分は金銭で補填しようじゃないか。君が一章遊んで暮らしてもおつりが来る金額だろ? これで文句はないはずだ。向こうに仲間を待たせていてね…… 僕もヒマじゃないんだ。これで了承して精霊の契約を委譲したまえ」
あ、こいつはマジで駄目だ……。
言葉が通じているだけで、意思の疎通が全然成立しない。
もっとも、俺は地球の人間でこいつはラライエの人間……。
生物学的に同じ種ではない可能性はゼロではないわけだが……。
しかし、こいつと同じラライエの人間であるアルもヴィノンもアルドも ……皆、良いやつだ。
明確に異種族のピリカとだって愛情を繋ぐことだってできるというのに。
結局のところ、どうやっても分かり合えない奴というのは地球でも異世界でも同じように一定数いるということだろう。
俺がピリカを他者に渡す?
あるわけないだろうが!
大体、自分の契約精霊を完全にモノ扱いしてやがる。
その時点でコイツの事は気に入らん。
金貨二千枚付けるから、自分の精霊とピリカを交換しろだぁ?
ふざけんな! ラライエの全てと交換でも釣り合わんわ!
どうしてもピリカを連れて行きたかったら俺を殺して連れていけって話だ!
まぁ、肝心のピリカがそれを許さんけどな……。
はぁ、もういいや……。
もう少し、異世界のヒキオタライフを満喫したかったな。
アルド達に心の中で詫びながら最終決断を下すことにした。
「ピリカ…… もういい。よく我慢してくれたな。このクズをぶちころ……」
「ちょおぉぉと、まったあぁーーーっ!」
すんでの所で、通りの向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
物凄い猛ダッシュでヴィノンが走ってきた。
今日はちょっとヤル気が出てきたので頑張って一話投稿しました。
明日から仕事がハードになりそうな気配がしています。
投稿頻度下がったらごめんなさいです。
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嬉しいです。
反響あったら、モニターの前で某、種機動兵器アニメの盟主王みたいに
「やったあぁぁ!」って喜んでいます。
出来る限り投稿しようとは思いますので、引き続きよろしくお願いします。




