二百四十三話 今はおとなしく鈴をつけられておいてやるか……
さすがに王都と呼ばれるだけあって、その街並みは地球の有名テーマパークさながらだ。
これが娯楽商業施設ではなく、実生活が伴う生活空間だというのだからな。
地球人の俺目線で一番すごいと感じるのは、ここの社会が電気やガス・通信などの日本には当たり前に存在するインフラなしで成立している点だ。
この世界の文明の根幹を支えているのは魔力と魔法という未知の力。
きっと地球ではその存在を観測も立証も出来ない不思議パワーだ。
この魔力や魔法を地球に持ち込むことが出来れば、地球の価値がひっくり返るのは確実……。
何しろ、核に匹敵するエネルギー効率を実現できる可能性がある。
それでいて、自然環境を汚染せず、核廃棄物も出さず、事象操作さえやってのけると来た。
俺達の世界にとって魔法は理想の究極エネルギー足り得るポテンシャルがある。
それでも…… 俺は魔法というものを絶対地球に持ち込むべきではないと思っている。
地球人類にとってこの力はあってはならない完全な異物でしかない。
観測さえできないこれらが、地球世界にどんな影響を与えるのかは全く分からないのだから……。
今、俺にわかっている魔法のデメリットは大きく二つだ。
一つは魔法の副産物である穢れというもの……。
だが、地球人は穢れの影響を一切受けない。
それは、俺自身が身をもって立証済みだ。
人類は平気でも、他はどうなんだ? 地球そのものは平気なのか?
俺如き凡人には知る由もない。
そしてもう一つのデメリット ……俺がラライエに来てすぐに気付いたもの。
魔法が質量保存の法則を無視しているためにこの惑星に及ぼしている状況がそれだ……。
これと同じ事象が起こって、じわじわと長い時間を掛けて地球を滅亡させるかもしれない。
それ以前に、地球人類の価値基準を根底から蝕んで、世界経済構造を崩壊させるに違いない。
魔法があれば貴金属やレアメタル ……ガソリンに至るまで物質の組成さえわかれば、無から無限に組成できてしまう。
これがどうヤバいかはもう考えるまでもない。
他にも何か悪影響があって、それが顕在化したときには、手遅れでどうしようもなくなっている可能性は十分にありうる。
だからこそ、俺は地球に戻ることは出来ない。
俺自身は心の奥底で、再び日本の土を踏むことを渇望していることを自覚してしまっている。
それでもだ……。
絶対に地球に戻ってはいけない。
もし地球に戻ってしまうと、俺自身が異世界と魔法の存在を立証する証人になってしまうからだ。
もっとも、戻る手段は今のところ手がかりすら見つかっていないわけだが……。
王都の街並みをそんなとりとめのない考えを巡らせながら眺めている俺の隣を、別の感情に目を輝かせて歩いている奴がいる。
「王都! 王都だよ! ハルト! やっぱりエーレとは全然違うわよね」
「え? あ、まぁそうだな……」
いつの間にか騎士服から着替えているアルの足取りは軽い。
初めて見る服なので、多分この日のために厳選した服でめかし込んでいるのだろう。
日頃から、アルはファッショントレンドの情報収集に余念がない。
確かにアルからは田舎臭さを感じないし、こうしてみれば清楚で上品な印象を受ける。
道行く人々の目を引く美少女なのだが…… 問題が一つありそうだ。
今、俺達が歩いている大通りはまぁまぁ華やかな目抜き通りではある。
だがそれはあくまでも、一般的な国民たちの生活の場としての話だ。
だが、アルの服装が立派過ぎてハッキリ言って浮いている。
この小娘…… ちょっと張り切り過ぎだ。
どう見てもどこかの貴族籍のお嬢様にしか見えない。
まぁ、アルは一国の王族に並びかねない二つ名持ち勇者の孫娘だ。
だから、その認識はあながち間違いというわけでもないのだが……。
「今、その服装で道を歩くのはどうかと思うぞ。誘拐とかされないようにしてくれよ」
「平気よ! それよりも見てよ! やっぱりエーレとは全然違うわよね!」
ちょっと興味を引く露店などが目に止まるたびにアルの足が遅くなるせいで、並んで進むボル車の歩みも遅れがちになる。
今はまだ大丈夫だがこのまま王都の中心に近づいて行けば、俺達のせいで交通渋滞になってしまいかねないな。
「二人共、すまないけどボル車に乗ってくれないかな。こんなペースじゃ、連盟本部に着く前に日が暮れてしまいそうだよ」
御者席のアルドの隣に座っているヴィノンがそう声を掛けてくる。
それはそうだろう。
ここはこの国の王都だ。
ゲームなんかだとこの手の大都市を一回りするのに一時間かからない程度にデフォルメされていて、配置されているNPCだって多くても50人を超えるゲームってあまりない。
しかし、リアルに一国家の首都ともなればそうはいかない。
実際には十万、百万といった人間が生活していて、全ての人間と言葉を交わすなんてとこは、年単位の時間がかけても不可能だ。
日本の首都、東京だって23区あって品川から池袋まで単純な直線距離だけでも約12kmもあるわけで……。
東京に存在するすべての商店を見て回るなんて一生かけても無理だと思われる。
「アル、そういうのは今日じゃなくても出来るだろ。まずはここに来た目的を済ませてしまおう」
そう声を掛けて、先にボル車に乗り込む。
頬を膨らませて一瞬、不満そうな表情を見せたアルも、一応納得したようで俺に続いてボル車に乗り込んできた。
ピリカさんは俺の背から離れて、ふわりと指定席のボルロスの背に飛び移った。
俺から離れた事で、周囲からは見えるようになってしまったが、無事に王都に入ってしまえばまぁ、問題は無いだろう。
街の人達は一瞬、驚いた様子でピリカに視線を向けはするが、アルドとヴィノンが気にしている素振りを見せていないので、危険はないと判断して気にしなくなるような感じに見える。
……。
……。
王都に入って二時間程ボル車で王都を進む。
ヴィノンとシアさんに王都の土地勘があるので、道に迷うことなく、まっすぐに連盟本部に向かっている。
少し前から周囲の景色が少し変わってきて、建造物が少し豪華なものになってきた。
一般市民から、セレブな富裕層の人が多く住む居住区画になってきた感じがする。
異世界を日本にあてはめるのもどうかとは思うが、東京で言うところの南麻布とか白金ってところだろうか。
道を歩く人の服装も何となく上品な感じで、この辺りなら今のアルの服装でも違和感がなさそうだ。
俺達の進路の先に、ひと際大きく立派な建造物が見えてきた。
屋敷というよりはもはや城だな。
「あれは…… この国の王城か?」
「私に聞かないでよ。ハルトと同じで私も初めて王都に来るんだから……」
「アルエット様、あれが勇者連盟の本部ですよ」
何となくそんな気はしていた。
ミエント大陸のモンテスの連盟支部ですら結構な大きさだった。
その総本部ともなれば推して知るべしだ。
世界中の人々の信頼と尊敬、そして富・権力が一極集中している集団…… 勇者連盟。
出来れば関わり合いになりたくなかったんだけどな……。
すでに俺とアルドが勇者セラスとその仲間を手に掛けた事も把握しているだろう。
それでも尚、それを黙殺してアルドを新たな勇者として認めようとしている。
どう考えても、額面通りの清廉潔白な組織ではないのは確実だ。
絶対に今回の勇者任命を機に俺達の首に鈴をつける気満々だろうな……。
正直なところ、ピリカと二人でずらかることも出来たのだろうが、ここにいる皆を見捨てていく選択肢が俺の心には最早無かった。
もう、ここにいる連中の事をそのぐらいには気に入ってしまっている。
仕方がない…… 今はおとなしく鈴をつけられておいてやるか……。
別に俺は連盟や勇者達にケンカを売るつもりは無い。
……連盟が俺達に何か仕掛けてこない限りは…… だけどな。
平日にこの時間で投稿できるのは中々異例ですね。
今週一杯、会社がお休みなりましたので、この機会にできる限り
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