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二百三十八話 本気ですか?

「これを買い取れますか?」


 箱を開いて中身をロイに見せた。


「……すいません。これは一体何でしょう? 紙切れに見えますが……」


「これは呪紋…… まぁ、巻物(スクロール)です」


「え? これがですか?」


「実際に見てもらった方が良いと思うので…… ここで使うのはマズいので少し表に来てもらっても?」


「わかりました」


 全員で屋敷から外に出て、実演することにする。


「では、あの岩を標的に……」


 実はあの岩はこの時のために数日前、ピリカに生成しておいてもらった。


「では、いきます。念のため少しだけ離れてください」


 箱から一枚だけ術式を取りだした。

術式が消失して魔法が発動する。

俺の前にソフトボール大の火球が出現して岩に向かって真っすぐに飛んで行く。

次の瞬間、火球が岩に命中して炸裂。

熱風を周囲にまき散らせた。


 これを見て俺とピリカ以外の全員がフリーズした。


「これは…… 【ファイアーボール】なのですか?」


 ロイが再起動してなんかぎこちなく言葉を繰り出した。


「ええ、その理解でよろしいかと……」


 実は少しは驚かれるのは想定していたが、ここまでの反応はちょっと想定以上だった。

ペポゥ討伐時に冒険者が実戦で【ファイアーボール】を使っていたのをこの目で見た。

そのおかげでラライエにおけるこの魔法の標準的な性能を確認することが出来たわけだ。


 それを基準に性能面を少しだけ向上させたものが、俺の手元にある【ファイアーボール】の術式だ。

時速100km程度の射出速度を120kmに…… あとは命中時の炸裂効果を10%程度高くしてある。

性能が全く同じでは無詠唱で発動できるという点しかメリットが無い。

その程度なら、わざわざ金払ってまで買う奴はあまりいないと踏んだわけだ。


「あの、その巻物は誰が使ってもハルトさんが使った場合と同じ効果が得られますか?」


「もちろんです。発動に必要な魔力(マナ)が術者にあれば……」


「一つ、私共の護衛に使わせていただいてもよろしいですか?」


「どうぞ」


 術式を一枚取り出して、ロイの護衛に手渡した。

それを受け取った冒険者は俺が狙ったものと同じ岩に向けて術式を発動させた。

術式が記された紙片が光の粒子になって消失するのと同時に、火球が岩に向かって飛んで行って炸裂した。

その効果は俺が使ったものと全く同じに見える。


「どうですか?」


 ロイが術式を使った冒険者に尋ねる。


「これはすごいですね。俺が詠唱して使う【ファイアーボール】より強力です。しかも、消費する魔力(マナ)も三割ぐらい少ない」


 マジかぁ……。

消費魔力(マナ)の効率が良いのは俺も知らなかった。

なんせ俺は魔力(マナ)が認識できないからな。

それは想定外だった。


 実はこの術式の設定には思惑が二つある。

あくまでも参考にしたのはペポゥ討伐時に見た【ファイアーボール】だ。

あの時、この魔法を使う冒険者が泥ミミズ(マッドワーム)を倒すには二発打ち込む必要があった。

これを一発で倒せる…… たとえ倒せなくても無力化に至るダメージを与えられる威力を想定した場合、このラインになった。

これで攻撃力の面で詠唱発動させる【ファイアーボール】よりも強力である点をアピールできるはず。


 もう一つ……。

この術式が流通すれば模写される可能性がある。

もしも将来、大量に流通した場合、敵対する人間によってこの魔法が俺に向けられるかもしれない。

自分がばらまいた魔法で殺されるのは勘弁してほしいからな。

この魔法は確実に【プチピリカシールド】が反応できて、防ぐことが出来る威力設定にしてある。


「この箱に入っている術式は何枚ですか?」


「150枚 ……ですが今、2枚使ったので148枚ですね」


「これを全部、私どもに売っていただけると?」


「もちろん」


「それで…… 値段はいかほどで?」


「金貨1枚と小金貨5枚で……」


「……すいません。この威力と巻物(スクロール)の大きさは魅力ですが【ファイアーボール】一発でこの値段はさすがに……」


「えっと、何か勘違いしていませんか? これは一枚の値段ではなく一箱の値段です」


「……あの、本気ですか?」


「もちろん。冒険者がコストの掛かる呪紋を使う場面って想定外の事態ですよね? 術式が高いからって理由で使うのを躊躇(ためら)って死ぬなんて馬鹿らしくないですか? 使うべき時に迷わずガンガン使える事って大事だと思いますよ? 正直、儲けは全然無いですが、こちらの狙いはそこじゃないんで……」


「……わかりました。この巻物はハルトさんの言い値で買い取らせていただきます」


 ではこれを……。


 金貨1枚と小金貨5枚と引き換えに術式148枚が収まった木箱をロイに手渡した。


「ああ、一つ大事な事を言い忘れました。その紙とインク、水濡れに弱いので濡れてしまうと簡単に破れたり(にじ)んだりします。管理と携帯は注意してくださいね」


「それでこんな木箱で保管しているのですか。わかりました」


 なんせ、その紙は格安ディスカウントショップで買った安物のコピー用紙だからな。

さらに、術式は自宅のインクジェットプリンタで印刷したものだ。

術式の精度さえ維持できれば別に手書きである必要はない。

プリンタで印刷してしまえばこの程度の術式150枚程度なら、ものの数分で出来てしまう。

紙とインクが有限なのが問題だが、俺自身の労力と手間は実の所ほぼかかっていない。


 これで俺の用事は終了だ。

ひとまず俺は地下室でこの革新的な? 【ファイアーボール】を開発していたという成果を見せることができた。

ひとまず皆には地下室の秘密の誤魔化しが出来たはずだ。

俺が緑の泥とここを自由に行き来している事実は、可能な限り秘匿しておきたい。

ラライエでは転移魔法はかなりヤバい代物のようだからな。


 ヴィノンやシアさん達はロイの隊商からここでの生活に必要な食料を始めとする資材を購入する必要があるのでまだ商談は続きそうだ。

これ以上ここに俺がいてもあまり意味がなさそうなので、一足先に部屋に戻らせてもらうことにした。



  ……


    ……



 1月5日


 平穏な半月が過ぎて脳内PCのカレンダーの年が明けた。

アルドとヴィノン、シアさんは数日前からエーレに出ている。

ギルドや連盟への報告のためだ。

俺とピリカ、アル、レガロ夫妻が屋敷に残っている。


 シアさんやレガロ夫妻が屋敷の事をやってくれるおかげで、俺たちの拠点(ホーム)の維持管理に掛かる負担は大幅に軽減された。

屋敷にいる時は上げ膳据え膳で、まともな食事にありつけるし、掃除や洗濯の手間も以前の三分の一以下になった。


 本当にありがたい。


 おかげで俺の研究やヒキオタライフも今まで以上に捗っている。

アルは相変わらず用も無いのに俺の部屋にやってくる。

家族を失ったせいで、一人でいることがまだ辛いんだろうか?

こればかりは、時間がかかっても自力で克服してもらうしかない。

俺は心理カウンセラーじゃないから適切な対処法が分からないし、当分はアルの好きにさせるしかなさそうだ。

今はピリカと二人で俺が中高生の時に結構やり込んでいたカードゲームに興じている。

近年、地球のヲタク同志たちの間で流行しているカードゲームのようなルールブックをしっかり読み込まないと理解できないようなものではない。

その起源に近い年代のもっとルールのシンプルな奴だ。


「甘いわね。このままお宝GETできると思ったら大間違いだから。それっ、ここでミノタウロスよ!」


 これはダンジョンに潜って宝物を先に持ち帰った方が勝つカードゲームだ。

交互に一枚ずつ場にカードを出してダンジョンを進んだり、魔物をけしかけて相手の行動を妨害したりしながらゲームを進める。

 このままだとあと一手でピリカがダンジョン深部に到達して宝物を手に入れてしまう。

アルが宝物まで到達するには最短であと2ターンは掛かる。

ここで魔物をぶつけて足止めをかけるのはまぁセオリーだ。

しかもミノタウロスは結構強力な魔物だ。

これに単体で勝てる戦士カードは多くない。

相手の足止めが出来て手札も削れる。

中々いい手じゃないのか?

相手がピリカさんじゃなければな……。


 俺は横目で二人の様子を見ながら、そんなことを思いながら脳内PCが術式のシミュレーション結果の出力を待っている。

ピリカは手札から【回り道カード】を場に出してミノタウロスとの戦闘をやり過ごす。


「あっ! なんでそんなの持ってるのよ!」


 ……ですよね。

何となくそんな気がした。

この手のゲームでピリカから安定して勝ちをもぎ取るのは俺でも至難だ。

何せピリカさんの思考水準はスパコンのAIにだって引けを取らない。

チェスや将棋・オセロなどのゲームなら人間がピリカに勝つのはほぼ不可能だと俺は知っている。


 だがこのゲームはカードの引き次第でかなり運の要素が強い部類だ。

それにピリカには当然、心と感情がある。

ピリカなりの癖やこだわりのようなものから、機械ならしないような選択をすることもある。

AIと違ってそういった部分の隙を突くことが出来る事がある。

なので、この性質のゲームなら、カードの引き次第ではピリカに勝つことも決して不可能ではない。

とはいえ、基本は相手の戦法に対して、ピリカは手元のカード・次に山札から引くカードの確率等を想定して常に最善手を模索している。

残念ながら勝率は決して高いものにはならない。

アルは強力な魔物カードであるミノタウロスを切らされた上に、足止めも失敗した。

ピリカとのターン差は3に拡がって、アルの勝ち目はほぼなくなった。


 ほぼ大勢が決したので俺は術式のシミュレーションに意識を戻そうとしたその時……。

シアさんが部屋に入ってきた。

どうやらエーレから戻ってきたようだ。


「やっぱりここにいましたか」


「あ、シアさんお帰りなさい。戻って来るなりどうしたの?」


「おめでとうございます。アルエット様とアルドさんの勇者任命が正式に決まったそうです。明日からで構いませんので準備をお願いします。王都で就任式となります」

 長らく更新できなくてすいませんでした。

4月から配属になった新しい部署(仕事)が自分にあまりにも

向いてなさすぎて、ちょっと参っていました。

 まぁ、今でも毎日仕事が嫌でいやでイヤでどうしようもないのですが……。

ハルトみたいに何もかも投げ出してヒキオタニートになりたい気分です。


 とにかく気力を振り絞って一話分だけでも投稿します。


ブックマーク・評価ポイント・いいねなど、反響いただければ

モチベーションアップにつながります。


引き続きよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] なので、今後しっかりとストーリーに絡んでくるのかなとか思ったり。勇者叙任あたりからはありそう?
[一言] 大変な中での更新お疲れ様です。 ファイアボールの威力設定はなるほどなあと思いました。おそらく相当な格安で流したと思われますが、本命の理由がなんなのか予想付きませんね。 連盟関連はあまり作…
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