二百三十五話 最強の精霊王を目の前で正座させた初の人類だと思うぞ
「ハルト…… ちょっとここに座りなさい」
そう言ってアルが自分の正面…… 足元の地面を指さす。
散々泣いたせいで、まだ少し目が晴れているが、とりあえず会話ができる程度には落ち着いてきたみたいだ。
「はい……」
素直に返事をしてアルの前に正座した。
ここはおとなしく従っておくことにする。
とりあえず、アルの気が済むようにしておくか。
全く、こんなシチュエーションは新人の頃、完成したばかりの新社屋ビルの壁面にハンドル操作を誤って、社用車をぶつけて総務部長に絞られた時以来だ。
「何してんの? ピリカもよ」
「ん? そうなの?」
アルにそう言われて、ピリカさんも俺の隣に正座した。
いや、お前…… 自分が説教される側であることとか、どういう立場なのかあんまりわかってないだろ?
ピリカもこういった情景は家の漫画やアニメなんかで、たまに見かけていたと思うのだけどな。
きっと精霊の判断基準の前では、取るに足らない些末な事なのだろうということはなんとなくわかる気がする。
ピリカの表情は1ミリも動じておらず、いつも通りの平常運転だから……。
『ちょっとしばらく余計なことは言うなよ』
念のため、ピリカに日本語で釘を刺しておく。
なんとか、ここを誤魔化して乗り切りたい。
これでピリカがぽろっと爆弾発言してしまうリスクも少なくなったはず。
「そこっ! 堂々と内緒話してんじゃないわよ!」
アルがすぐに反応してくる。
まぁ、さすがに何か言い含めたのはわかっちゃうよな。
それよりもだ。
多分アルは有史以来、最強の精霊王を目の前で正座させた初の人類だと思うぞ。
過去、数百人の勇者たちをブチ〇してきたらしい精霊王を正座させて説教食らわせるとか……。
きっと真実を知ったらみんな驚いてひっくり返るんじゃないかな。
「……で、ハルトは今の今までピリカとどこに行っていたのかしら?」
早速、ストレートに一番知りたいところを突っ込んできたか。
「ホントそれだよ。ハルトきゅんはどこにいたんだい?」
いつの間にかヴィノンも戻って来て、屋敷の壁にもたれかかって腕を組んでいる。
誰も突っ込まない所をみると、ヴィノンの気配に気づけなかったのは俺一人だけのようだ。
やはり、純粋な能力では俺がパーティーで一番ポテンシャルが低いことが露呈してしまったわけだ。
「別にどこにも行ってやしない。さっきアルドには説明したけど、ずっと倉庫の地下室に籠っていただけだ」
「そんなはずっ、だって屋敷の周りや倉庫にも全然気配は無かったわよ。たとえ地下室にいたとしても、ヴィノンさんにも気づかれないなんてこと……」
「まぁちょっと待ちなよアル…… ハルトきゅんの言い分をいきなり全否定してしまったら、そこで会話が終了してしまうよ」
「でもっ!」
流石ヴィノン…… なのか?
一応、今回の件の落としどころをつけてくれるつもりでいるみたいだな。
ここはヴィノンの話に乗った方が穏便に済ませることが出来そうな気がする。
「ハルトきゅん、それで倉庫の地下室で丸一日近くの間、何をしていたのかは教えてもらえるのかい?」
「色々と研究だな」
「それは何の研究だい?」
「悪いな。門外不出、一族の秘伝に関わるからな ……それは秘密で頼む。倉庫は俺のためだけに使っても良いという約束だったはずだろ?」
「……それで僕達を納得させるのはちょっと苦しくないかい?」
まぁ、そうだよな。
だが、できる事なら【ポータル】 ……というか、俺達が自由に自宅に戻れることは秘匿しておきたい。
「……わかった。ならもう少し時間をくれないか? 研究の成果が上がったらそれを見せる」
実はこんな時のために考えていた作戦がある。
うまく行けば、ある程度の収入を得る手段に使えるかもしれない。
「……約束だよ。地下室にいるはずのハルトきゅんの気配が全くなかった理由とか、色々とツッコミたいところはあるんだけどね」
「ちょっ、ヴィノンさん! そんな勝手に決めてっ!」
「アル、誰にだって踏み込んでほしくない秘密はあるんだよ。ハルトきゅんが僕らに話す気になるまではこれで納得するしかないよ。君がハルトきゅん達と良好な関係でパーティーを続けていたいのなら尚更ね」
「うっ、わ、わかったわよ。もう何も言わずにいなくなったら承知しないからね」
「ああ、すまなかった。これからは気を付ける」
そこに関しては俺のミスでもあるからな。
こんなに早く戻って来るとは、完全に予想外だった。
「ところで、俺は皆が戻るまであと二日は掛かると思っていたんだけど…… 何でこんなに早く戻ってきたんだ?」
「ああ、その理由はこっちだよ」
長い時間、正座していたので少し足がしびれてしまった。
少しばかり足をプルプルさせながら立ち上がる。
ヴィノンに促されて厩にやってきた。
ここにはいつも使っているボル車があるはず……。
「おい、これは……」
「うん、奮発して買ったんだよ。ここを拠点にするんだったら、必要だろうからね」
厩のボル車が以前よりも少しだけ大きいものになっている。
そしてボルロスが二匹? 二頭? いる。
二頭立てのボル車に交換したのか。
なるほどな……。
大きいとはいえ、このサイズならボル車だとまだ一頭立てのサイズだ。
それをあえて二頭立てで曳かせることで、ボルロスの負荷を軽減させて少し無理が効くようにしたわけか。
「三日の予定の滞在日数を三人で手分けして用事を済ませて二日に…… そして、このボル車で移動日数を一日短縮して二日の短縮というわけさ」
「なるほど…… そういうことか。それにしても買ったって……」
ボル車はエーレの牧場で借り受けていたはずだ。
立地的には恒常的に足が必要なので、ボル車を買ってしまう選択をしたのは分からないでもない。
しかし、これを買ったということは、こいつの維持管理やボルロス達の世話もずっと全部自分たちでしないといけなくなる。
その辺はどうするつもりなんだ?
多分、俺たちが交代でやることになる ……と、思われ……。
俺、家畜の世話なんてやった事無いぞ。
大学生の頃、うちでイッヌを飼っていたことはあったけど、それ以来動物を飼育したことは無い。
アルド達に教わりながらやるしかなさそうだな。
「あとは、森側を通る行商には街道を抜けるついでに、ここにも寄るように話をつけてきたよ。これで僕たちが買い出しにでかける回数をかなり減らすことが出来るはずだよ」
まじかぁ……。
そういうところだぞ。
このチャラ男、ちょいちょいこうやって有能ムーブをかましてくるよな。
たまにでもここに直接、行商が来てくれるのなら物資の調達だけでなく、俺のヒキオタライフの充実にも一役買ってもらえそうだ。
「さて、話はついたか? 明日からギルドで受けてきた仕事に行くぞ。街道の魔物の間引きだ。この辺りで活動する冒険者の義務というやつだな」
アルドがそう言って話を締め括った。
まぁ、約束だからな。
暫くは少し不足気味の運動もかねて、皆と冒険者の仕事に励むとするか。
……。
……。
11月7日
一週間ほど依頼で魔物の間引きに森に出て、その後は2週間程、まったりとヒキオタライフを満喫して過ごした。
森の調査時にも分かってはいたが、この森で出現する魔物相手の依頼だと、俺たちには実質ただのやっつけ仕事だな。
先に相手を補足して機先を制することが出来れば、俺達の戦力と連携で後れを取ることは無い。
ヴィノンは専門ではないと言いつつも、斥候としても優秀のようだし、何よりピリカさんの索敵能力が超越しているからな。
死と隣り合わせの冒険者稼業だ。
真面目に油断せず、真剣に向かい合わないと思わぬところで命を落とすことになる。
こういうややもすればルーティンワークになりがちなものこそ、漫然なものにならないようになんか考える必要がある。
そこは地球の仕事でも異世界の冒険者稼業でも同じ事だ。
舐めプは本当に予想外の所で足元掬われるからな……。
それはそうとしてだ。
この二週間でヴィノン達と約束していた【研究の成果】というやつがかなり形になってきた。
実の所、こんな時のためにこの研究は粗方、完成までの道筋はつけてあった物だったりする。
俺的にはそれっぽくお茶を濁す程度のものなんだが、ラライエではきっと【なんじゃこりゃぁ!?】って展開になる気がする。
それどころか、しばらくの間はこれで生計を立てる事が出来る可能性さえある。
あとは…… これが強すぎず、弱すぎずラライエの枠組みから大きく逸脱しないように ……だな。
「ん?」
ベッドに寝転がって携帯ゲーム機で遊んでいたピリカが起き上がる。
もう、自由に(研究で倉庫に籠るという名目でこっそりと ……だけど)自宅との行き来が出来るからな。
アル達に見つからなければ別にゲーム機の一台や二台、持ち込んでも問題はないだろう。
それに、スマホやドローンの充電の問題も解決したしな。
「どうした? 何かあったのか?」
「誰かこっちに来るよ」
ピリカの索敵範囲内に誰か引っかかったようだ。
「え? わざわざこんな所にか? 誰だ?」
「しらな~い。 あ、一人だけ知ってるのがいる」
一人だけ?
……と、いうことはこっちに向かっているのは複数か。
「ピリカさんや、それで知っている一人は誰なんだ?」
「この気配はアルのメイドだね」
「アルのメイド…… そうか、オルタンシアさんか……」
まぁ、彼女ならここに訪れたとしても不思議はない。
しかし、もうここは連盟の管理下には無いはず。
今になって、一体何のためにここに来たんだろうな。
俺は三人にオルタンシアさんがこっちに向かって来ていることを伝えて玄関先で、彼女たちが来るのを出迎えることにした。
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