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二百三十二話 ソコを突かれると結構つらい

 10月5日


 セントールの屋敷が俺達の拠点になってから二週間と少しが経過した。

最初からわかっていたことだが、こんな場所で生活をしていると直面する問題が大きく三つ、そろそろ顕在化する頃合いだ。


 まず、一つ目の問題だ。

連盟からの干渉を受けない反面、連盟が拠点(ホーム)の維持管理をしてくれなくなったので、屋敷の管理は俺たち自身の手で行わなければいけない。

まぁ、四人いれば労力的な面は今のところは何とかなる。

だが、ここまでクソデカい屋敷と敷地になると、維持管理にはこの先、専門的な知識やノウハウが必要になってくると思われる。

緑の泥にある俺の家みたいに、超結界の状態保存効果に頼ってしまうという選択肢もあるにはあるのだが……。


 二つ目、掃除・洗濯・食事の支度などの日常の雑用に加えて屋敷の環境作り等……。

やることは意外と多い。


こんな場所だ…… 当然、社会との接点は全然ない。

家事・鍛錬・部屋や倉庫のカスタマイズ……。

これら日常的な用事との戦いだけで日々の時間が無為に過ぎていく。


 そんな状況でも、俺とピリカは少々理想とは違う形ではあるものの、長らく待ち望んでいた異世界引きオタライフをそこそこ楽しめている。


 だが他の三人はそういうわけにもいかない。

二週間もすればさすがに暇を持て余してくる。

逆に俺とピリカは何物にも邪魔されないこの時間こそが、求めて止まないヒキオタライフに必要なわけだ。

脳内PCでゲームしたり、未視聴のアニメを見たり……。


  ……。


   ……。


 パタパタパタ……


 俺とピリカが使っている部屋のすぐ外の廊下から、無警戒な足音が聞こえてくる。

これはアルだな。

勢いよく部屋のドアが開け放たれて、予想通りアルが部屋に入ってきた。

人の部屋にいきなり入ってくるのにノックも無しだ。


 こいつ、俺達がノックなしにアルの部屋に入ろうものならもうね……。

なのに、自分が他人の部屋に入る時はこの調子ときた。

もちろん、【人の部屋に入る時はノックぐらいしろ】……と、最初は言った。

しかし、こいつは俺がいくら言っても聞く耳なしだ。

結局わずか三日でこちらが根負けして諦めた。

……近いうちにドアにカギをつけることにしよう。


「ハルト! もう食料の備蓄が無いから一度エーレに行くってヴィノンさんが言ってるわよ」


 そう、これが三つ目。

生活に必要な物資や備蓄の問題だ。


「そっか…… そろそろだと思ってたよ。ヴィノン達にいてら~って言っといて」


「え? 何よ…… ハルトは行かないの?」


「ああ…… 俺は留守番してるよ。やりたいことが山積みなんでな」


「……ホントにぃ? ハルトってば、鍛錬と家事の時以外はずっとピリカと部屋に引きこもっているじゃない」


 アルは懐疑に満ちた目でこちらを見ている。

まぁ、アル達から見れば、何をするでもなくピリカと二人でベッドに腰かけてじっとしているだけに見えるだろうからな。

ピリカはマジで見たまんまなんだが…… 本人はそれで満足らしい。

俺は脳内PCであれやこれやとやっているわけで、まさに至高の時間を過ごしているわけだ。


「まぁ、あれだ。俺達の事は気にしなくていい。アルもこの機会に一度エーレに戻って羽を伸ばしてくるといい」


「……ちょっと ……二人共、平気なの? 私がこんなこと言うのもなんだけど、ここって何にもないじゃない。その…… 退屈だったり…… しないの?」


「ああ、ヒマそうに見えるかもしれないけどな。実はこれでも結構充実している。心配無用だ」


「でもね、いつも部屋に引きこもっていると本当に【残念なヒト】になっちゃうわよ。身体も動かさないと、太っちゃうんだからね」


 うっ、ソコを突かれると結構つらい。

日本でも、大学卒業した頃から急に不要な脂肪が付き始めたからな……。

苦い経験がある以上、そこは気を付けておきたい。


「はぁ、わかったよ……。アルド達はギルドで仕事受けてくるんだろ? 次の仕事は俺も一緒に行って手伝うからさ、そう伝えておいてくれ」


 アルの顔が少しだけ明るくなった。


「絶対よ! それじゃ、なるべく早く戻って来るから! 誰もいないからって一日中引きこもっていたらだめだからね!」


 言いたいことをまくし立てて、アルは再びパタパタと足音を響かせながら出発の準備のために自分の部屋に戻っていった。

早く戻って来るとは言っても、天候や道のコンディション次第だがここからエーレまではボル車で5~6日かかる。

往復で最短10日、エーレに3日滞在したとしても最低でも13日は俺とピリカの二人だけの時間が確保できる計算だ。

結構ギリギリだがこのタイミングで勝負するか。



  ……。


    ……。



「それじゃ、僕達だけで行ってくるけど、ハルトきゅんは本当に留守番でいいのかい?」


「ああ、問題ない。これでも緑の泥で6年以上、ピリカと二人だけで生活していたんだ。俺達には社会との距離感はこのくらいが丁度いい」


「そうかい? ハルトきゅんがそれでいいなら別にいいんだけどね。僕はもう退屈でそろそろ限界だよ」


 だろうな。

推定コミュ力お化けのヴィノンがこんな僻地で俺達以外の誰にも会うことなく二週間以上も…… よく保った方かもしれない。


「それじゃ、行ってくる。……留守番は頼んだぞ」


 アルドは御者席から俺とピリカにそう声を掛けるとボルロスを軽くペシッと叩いてボル車を出発させる。


「いてら~」


 取ってつけたような声を掛けて三人を見送る。


「いてら~!」


 俺のマネをして隣でゆるふわスマイルで手を振っているピリカの破壊力がえげつない。

やっていることは同じだというのに……。

やはりオタクの格言【かわいいは正義】は真理だ。


「行ったな…… はじめるか」


「はーい」


 ボル車が視界から見えなくなったのを確認して、俺とピリカはすぐに行動を開始するために倉庫に向かう。


 倉庫の床板を外し、備え付けの梯子(はしご)で地下室に降りる。

勇者セントールがここで暮らしていた頃は貯蔵庫として使われていたのだろうが、今はがらんどうの石造りの部屋だ。


 本来は一切光が差し込まない闇の空間のはずだが、ピリカさんがいるおかげで明るさは十分すぎる。

地下室の中でポーチから事前に準備しておいた【ピリカストレージ】の術式を二枚発動させた。


 術式が発動されて召喚されてきたのはブルーシートの上にきれいに並べられた道具一式 ……つるはしや型枠用の板や無収縮モルタル(セメント)の工事セット等だ。

もう一つはミスリル板(大)が25枚。


 アル達が出かけている間に倉庫の地下室に【ポータル】を仕込んでしまおうという寸法だ。

慎重に採寸して墨出しを施して、石が敷き詰められた床面につるはしを振り下ろす。

もちろん、【ブレイクスルー】で身体強化済みだ。

(はつ)った床面に型枠の板を組んで、無収縮モルタルをこねて一気に流し込む。

今日やれることはここまでだな。


 こいつが固まるまで約二日間…… その間に別の事を進めておこう。



  10月7日


 さてと、そろそろポータル用の土台が固まった頃合いだ。

再びピリカと二人で倉庫の地下室に降りる。


 モルタルの隅っこの辺りをそっと触れてみた。

うん、いい感じで固まっているな。

この作業も二回目ということもあり、土木工事は専門外なんだが存外、うまくいってるようだ。

中央のくぼみにミスリル板を順番に嵌め込んでいく。

ほぼぴったりに収まってくれた。

自宅のアスファルトに嵌め込んだ時と同じように、ミスリル板がずれないように屋外タイル接着用セメントを隙間に流し込んでミスリル板を完全にぴったりと固定してしまう。

水平器を置いて、25枚のミスリル板が水平に保たれていることを確認した。

脳内PCの測定結果もミスリル板のずれは許容範囲内で問題ない。


「よし、大丈夫そうだな。ピリカ、どうだ?」


 ピリカも慎重にミスリル板の具合を見極める。


「うん、これなら大丈夫」


 ピリカがニカっと微笑む。

はい、可愛い。


「それじゃ頼む。二つ目の【ポータル】をここに……」


 ピリカは頷いて、床に膝をつき慎重に術式を刻み始めた。

確か自宅前の【ポータル】が出来るまで10日ぐらいかかっていた。

最悪、アル達が戻るまでにギリギリ間に合わないかもしれない。

出来る事なら【ポータル】の存在は他の連中には秘匿しておきたいところだ。

適当に誤魔化す言い訳を考えておいた方がいいかもしれないな。


「それじゃ、あとは頼むよ」


 ピリカの邪魔にならないように後ろからそっと声を掛けて、静かに梯子(はしご)を登って地下室を後にする。


  10月14日


 ピリカが【ポータル】の術式を刻み始めて地球時間で一週間が過ぎた。

その間、俺がやっていたのは魔石と魔道具の仕組みの検証だ。

さすがにピリカだけを働かせてボーっとしているわけではない。

ピリカはずっと地下室で作業をしている。

魔石を(いじ)るにはちょうどいいタイミングなわけだ。

魔道具が魔石の魔力(マナ)を使って動作すると(けが)れが漏出する。

俺には全くの無害だが、精霊のピリカにはひどい悪臭のような不快な感覚をもたらすからな。


 まぁ、一週間やそこら魔石や魔道具を(いじ)ったぐらいでは、なんとなく魔道具の動作プロセスがわかりかけてきたぐらいの成果しか得られなかった。

これ以上は魔石の組成や術式のよくわからない部分について、ピリカに教えてもらいながらでないと進みそうにない。

ひとまず、検証の手を止めて一息入れることにしようか。

机の上の魔道具を片付けて椅子から立ち上がって軽く伸びをする。

その時、不意に扉が開いてピリカが部屋に入ってきた。


「お待たせ~! 終ったよ!」


 ピリカはぴゅーんと滑空してそのまま俺に抱きついてくる。


「あれ? 早かったな。この前は十日掛かってたろ?」


「これも、二回目だからね。前よりはうまくやれるよ」


「そうか、ありがとう。早速試してみても?」


「もちろん! あ、これが対の術式だよ」


 ピリカから術式の刻まれたミスリル板(小)を受け取る。

術式の基本部分は緑の泥にある自宅に飛ぶ【ポータル】とほとんど同じだが、よく見ると細部が微妙に違う。

これは不用意に使うと転移先を間違えてしまいそうだ。

ふたつのミスリル板を区別するためにひとまず、それぞれのミスリル板の裏面に油性サインペンで【自宅】【中央大陸】と日本語で書き込んでおいた。


「早速試してみても?」


「もちろん!」


 俺は抱きついているピリカを降ろして手を繋ぐ。

【ポータル】の効果範囲は術者の俺を中心に2m。

ミスリル板が仕込んである場所と術者がいる場所の空間がごっそり入れ替わることで転移を実現させる。

そのため、一緒に転移させようとする者が中途半端に体半分だけ【ポータル】の効果範囲からはみ出していたりすると、想像したくないような大惨事が発生してしまうことになる。

複数人数で安全に【ポータル】の術式を使うには、できる限り密集してもらった方が良いわけだ。

俺はピリカがすぐ隣で俺の手を握っていることを確認すると、術式を発動させる。


 一瞬で【ポータル】が効果を発動して、俺の視界に写る景色が自室から倉庫の地下の殺風景な石壁に変わった。


「さすがだな。これで中央大陸に一つ【ポータル】を仕込むことが出来たよ。いつでもここに戻ってこられるというわけだ」


「よかったね。ハルトの役に立ててピリカも嬉しいよ」


 いつものゆるふわスマイルを俺に向けてくる。


「さて、これで緑の泥の家とここが自由に行き来できるようになったな。すぐに飛んでも平気か?」


「もちろん平気だよ」


 ピリカは即答で答えを返してくれる。

ピリカの答えを聞いて、俺は緑の泥にある自宅前へと飛ぶ【ポータル】を発動させた。

ふたたび視界が一瞬で変わって、目に入ってきたのは見慣れた日本製の俺の家だ。

 すいません。

お休みが全然取れなくて、更新を滞らせてしまいました。

二月もいい感じで土日に社員研修が入っていたりで……。

少々更新頻度低いかもですが、これからも

何卒宜しくお願い致します。


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