二百三十一話 ひょっとしてそのクチなのか?
部屋に荷物を降ろしてピリカと二人で屋敷を出る。
これからここで生活することになると決まったからには、必ず最初にやっておかないといけないことがある。
もちろんこの場所の安全確保だ。
そのためにはまず、屋敷を中心に100m圏内に魔物がいるようならすべて排除する必要がある。
当然だが俺の索敵能力は毛程も当てにならないので、索敵は全てピリカ任せになる。
多分、魔物がいる場合は即【ピリカビーム】の餌食だろうから、魔物と戦闘になっても俺の出番は無いだろうけどな。
つまり、俺はただピリカについて森を散歩するだけになると思われる。
「あれ? ハルトどこ行くの?」
出かけようとする俺達の気配を察したアルが自分の部屋から顔を覗かせる。
そして部屋着のまま、廊下をペタペタと無防備な足音を立てて走ってきた。
「ああ、ちょっと屋敷周りに魔物が来ていないか見回ってくる。拠点の安全を確保しておきたい」
「あ、この前ここに来た時に使った結界ね?」
お、察しが良いな。
アルの言う通りだ。
屋敷の安全確保に使う手段はもちろん緑の泥にある俺の家と同じやり方だ。
とはいえ、密林の自宅の結界は空間と地面に直径50mの術式を展開しているせいで大掛かりなものになっている。
屋敷とその周囲をピリカの結界で覆ってしまうという点では同じだが、あれと同じ手は使えない。
必要以上に悪目立ちしてしまう。
そんなわけで、前回と同じ拡張術式を使ってできるだけ目立たないように結界を展開することになる。
その時に最初から結界内部に魔物が居たら意味が無い。
そのため結界を展開する前に屋敷周辺の魔物は排除する必要がある。
「俺達だけで大丈夫だからアルはゆっくり休んでいていいぞ」
「何言ってるのよ。私も行くわ。仲間でしょ? みんなでやれば早く終わるじゃない。アルドさん達にも声かけてくるから!」
アルは嬉しそうにアルド達を呼びに行ってしまった。
まぁ、確かに頭数はあった方が時間短縮にはなるか……。
……。
……。
「それじゃ、俺はヴィノンと北側を回ってくる」
「すまんな。なら俺達は南側だな。」
アルドとヴィノンが屋敷の北側を見回って来てくれると言うので任せることにする。
俺とピリカ、アルの三人で南側の確認と魔物がいた場合はその排除だ。
俺達のパーティーで索敵能力に優れているのはピリカとヴィノンの二人だ。
なのでパーティーを二手に分ける時は、どうしてもこの組み合わせになることが多くなってしまう。
……。
……。
屋敷から南に向かって、ピリカの索敵に付いてゆっくりと見て回る。
緑の泥なら家から100m圏内の探索でさえそれなりの危険が伴ったりするのだが、この森の危険度はそれに比べれば可愛いものだ。
俺の真上をふわふわと漂っているピリカさんは上機嫌でなんか鼻歌を口ずさんでいる。
この分だと索敵範囲内に魔物はいないのは聞かなくても分かる。
隣を歩くアルは俺とピリカの様子を見て少し警戒を緩めることにしたようだ。
「ね、そんなに無警戒で平気なの?」
「ピリカが平気そうだからな。索敵範囲に魔物はいないと思うぞ。だろ?」
「そうだね。この分だと一回も魔物に遭遇しないと思うよ」
「ならいいけど…… それでハルトは、これからどうするつもりなの?」
「ん? 別に何も…… ピリカとここで静かに引きこもって暮らす。それだけだ」
アルの表情が一瞬ヒクついた。
「え? ホントに何もしないで世捨て人みたいになるって事?」
「ああ、その通りだ」
「…………」
アルは何も言わなくなったが、表情がコイツ何言ってんの?
って雄弁に語っている。
まぁ、そうだよな。
ニートは普通にひくだろうさ。
異世界も地球もそこは同じというわけだ。
「ハルト、確かこの国の冒険者として国籍取得したんだよね? 引きこもって税金とかどうする気なの?」
「そこは追々考えるさ。それまでは必要最低限の稼ぎの分はたまにアルド達を手伝ったりして何とかするよ」
「そんな適当な…… ここは緑の泥の魔境とは違うんだからね。森で狩猟してれば生きていけるってわけじゃ……」
そんなことは、分かっているよ。
だからこそ俺は密林を出てここまで来たんだからな。
それに、ここよりもっと進んだ地球の経済社会で生きてきた経験者でもあるわけだし……。
「ピリカも嫌でしょ? 大好きなハルトがこんな所で働きもしないでのんべんだらりと生活するなんて……」
「なんで? ピリカはハルトが一緒だったらそれで幸せ。ハルトは好きなようにすればいいと思うよ」
ピリカはピリカでコイツ何言ってんの?
って顔に書いてあるような表情で即答した。
「……精霊に人間の価値観で質問した私が間違っていたわ」
そこに気付いたか。
えらいぞ、アルエット!
まぁ、これでアルも俺に幻滅して少しずつ距離を置くようになってくれるだろうさ。
俺に寄せている好意も一時の気の迷いということになって、自分の生き方や幸せを模索してくれるようになって欲しいものだ。
俺は俺でこの異世界でヒキオタライフを模索しながら生活できれば、ガル爺の約束も守れて一石二鳥、Win-Winというやつだ。
「そうよね…… ハルトはずっと誰もいなくなった秘境集落で生きてきたんだから…… 私がしっかりしなきゃ…… この国で暮らしていけるように引っ張ってあげないと……」
あれっ?
アルがなんか決意に満ちた目でグッと拳を握りしめて変なことを口走っている。
「あの…… アルエットさん?」
「あのね、ハルト…… 人類の社会じゃハルトが言ってるような生き方をしているとね…… 【とても残念な人】って感じで周りから見られちゃうの」
ああ、もちろん知っているよ。
それは日本でも同じだからな。
俺はもう一人の社会人としての人生は地球で全うしてきたんだ。
だからこそ、ラライエではその【残念な人】として好きに余生を送らせてほしいんだけどな……。
「ハルトは何もわかっていないんだよ。だからそんな常識からズレた暮らしをしたいなんて思っちゃうんだね」
「いや、別にそんなことは……」
アルは俺の両手を取ってグイっと迫ってくる。
その目はなんかウルウルしているというか、これはむしろキラキラしているのか?
ほんのりと上気させて少し顔が赤いな。
これは、悪感情から来ているものではなさそうだ。
「大丈夫…… 大丈夫だから…… これからどう生きていくのか一緒に探していきましょう…… ね?」
だめだこの小娘…… 早く何とかしないと……。
日本でも【ダメな男ほど支えがいがある】なんて奇特な事を宣う女は一定数いるって聞いたことはあるけど……。
この小娘はひょっとしてそのクチなのか?
「ハルト、もう十分だよ。ここまでの範囲に魔物がいないのなら、結界内の安全はバッチリだよ」
ピリカがふわふわと漂いながら声を掛けてくる。
「そっか、それじゃいったん戻ろうか。アルド達が戻るまでに湖の安全も確認しておきたい」
アルの手を引きはがして俺達は屋敷に向かってきた道を引き返す。
……。
……。
屋敷に戻った俺達は、屋敷の裏手に拡がるモルス湖の浜と沿岸20m程度の水中の安全確認を行い、問題のないことを確認した。
丁度そのタイミングでアルド達が戻ってきた。
「おや、ハルトきゅん達はもう戻ってたのかい? お早いお戻りだね」
「ああ、全く魔物との遭遇も無かったし、ピリカの索敵は優秀だからな」
ピリカがうんうんと頷いて無い胸を張る。
どうやら、ヴィノンより優れた索敵能力をアピールしてマウントを取ろうとしているようだ。
「まぁ斥候は僕の専門じゃないし、索敵に関しちゃ精霊ちゃんの方が感知能力は優れているからね」
ヴィノンはピリカの挑発的なリアクションをさらっと受け流した。
自分の劣っているところで張り合っても不毛だと割り切っているあたり、精神的にはピリカよりもこのチャラ男の方が大人なのは間違いなさそうだ。
「こっちはコボルト2匹と遭遇したから片付けておいた。それ以外は問題なしだ」
アルド達が引き受けてくれたエリアはモルス山脈側で森の深みに向かうルートだ。
当然、魔物や魔獣の遭遇率もそっちの方が高い。
遭遇したのがコボルト2匹程度なら、問題ないと判断していい範囲だろう。
「そうか、ありがとう。魔物のおかわりが来る前にさっさと結界を構築してしまおう。ピリカ」
「はーい!」
ピリカが屋敷の裏手の地面に結界を展開する。
前回ここに来た時に設置した場所と同じだ。
今度の結界はいつものものとは少しだけ違う部分がある。
それは結界の効果対象に人類を除外していること。
こんな辺鄙な場所とはいえ、ここを訪ねてくる者がいないとも限らない。
ピリカには人類は結界の障壁を普通に通り抜けることが出来るように調整してもらっている。
ただし、認識阻害効果は今まで通りだ。
ラライエではこの手の認識阻害系の魔法は、一度看破してしまえば効果を発揮しにくくなる。
そのため、初めからここにセントールの屋敷があることを知っている者には認識阻害は役に立たないので、容易に見つかってしまう。
あくまでも盗賊の類に偶発的に見つかることと、魔物や魔獣の襲撃に対しての備えということだ。
それに、ギルドや国には俺達がここに住んでいることは申告している。
何か目的があってここを訪れる人間が拠点を見失う可能性は低いだろう。
俺は直径約10mの魔法陣の上に拡張術式が刻まれたミスリル板(小)を置いた。
即座に拡張術式が効果を発揮して、結界の効果範囲が広がって屋敷を中心に直径約50m程度の結界が形成されたようだ。
ようだ ……と言ったのは、魔力を認識できない俺にはよくわからないから。
なんとなく周囲の空気が変わったような感覚が一瞬あったが、それ以上の事は分からない。
ピリカさんが満足げな表情なので、きっと想定通りの結果が出ているのだと察する。
「うまくいったみたいだな。これで拠点の安全は確保できたはずだ」
「これって精霊ちゃんが野営の時に使っている結界と同じものなのかい?」
「基本はそうだ。違うのは半永久的に効果が続くこと…… 人類は出入り自由って事だな。これで魔物の襲撃は考えなくていいぞ」
「……あのさ、僕はそんなバカげた結界の存在は聞いたことがないんだけど……」
「だったら、余計なことは周囲に言うんじゃないぞ」
分かっているとは思うが、一応ヴィノンに釘を刺しておく。
これでようやく、俺の異世界ヒキオタライフが始められそうだ。
なんで、みんな年末にこんなにイミフレベルで
仕事突っ込んでくるかな?全然書く時間取れないです。
こんな遅筆に陥ってるのにブクマキープしていただけて
嬉しいです。
今回から新章です。しばらくは日常回が続きますが
引き続きよろしくお願いいたします。




