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二百三十話 この距離感こそが俺が求めていたもの

 一夜明けて明るくなってから街の様子を見ると、思った以上に被害状況は深刻だった。

少し生活道路に入れば民家の屋根瓦などが落下して道に破片が散乱している。

窓ガラスが割れてしまったり、壁面に大きな亀裂が走っている建物も多数見受けられる。


「来た時は夜中だったから分かんなかったですけど、結構やられてるっすね。こんなの直接見たのは阪神大震災の時以来っす」


 藤村も缶コーヒーを手に外に出て来て、俺の隣までやってきた。


「……だな。俺もだ」


 当時は大学一年だったかな?

一応、無理して大学まで行ったのに休講で無駄足になったのをなんとなく覚えている。

これは震源付近、結構ヤバいことになってるんじゃないのか?


「ぱっと朝飯食ったら出発しよう。この分だとナビ通りのルートで現地入りは出来そうにないな。使える道を探しながらだと時間喰いそうだ」


「……ですね」


 資材の積み忘れが無いか確認して、南阿蘇村の拠点に向けて車を出した。

予想通り、あっちこっちが道路の損傷や崩落の影響で想定通りのルートで進めなくなっている。

主要国道や県道などの破損個所は適宜規制されているが、少し抜け道に入ると自己責任で進むしかない感じだ。

アスファルトに亀裂や段差が出来ている道路が多く、気付かずに突っ込んでしまうと車両を損傷させてしまうことになる。

道路状況を確認しながら慎重に進まざるを得ないため、必然的に速度は出ない。


 熊本市を抜けて熊本空港周辺の地域まで来ると、完全に倒壊している建築物などもちらほら見かけるようになってきた。


「なんか一気に人の気配が無くなってきましたね」


「この辺の人達はもうみんな避難所だろ。すでに立ち入り規制エリア内だからな」


 俺達はもちろん災害復旧支援関係者として立ち入り許可を取得しているので、警察や自衛隊に許可証を提示すれば通してもらえる。

もちろん、危険すぎる場所は入れてもらえないが……。

市街地から一転、かなり田舎っぽい風景を眺めながら慎重に車を走らせる。


「……大山さん、あれ ……何すか?」


 藤村が指差す車の進路上に何か見える。


「……何って ……ヤギだろ? ……知らないのか?」


「いや、そうじゃなくて ……なんでこんな道路の真ん中にヤギがいるんすか?」


 まぁ、なんとなく察しはつくけどな。

この辺りの住民は避難命令で強制的に避難させられているはず。

いつ戻れるのか分からない状況だと、ヤギや牛の世話が出来ずに死なせてしまうかもしれない。

犬猫程度なら、何とか連れていくことも出来るかもしれないが、さすがに家畜となるとそうもいかない。

こいつらが何とか生き延びる可能性を繋ぐために、放してから避難したんだろうな。

すぐ横の水田の奥の方に牛が二頭放されているのも見えるから間違いないと思う。

人間に慣れているのだろうか?

俺達の車がすぐ前まで接近してもヤギは逃げるどころか、全くお構いなく道の真ん中に立ったままだ。


「大山さん…… これ、どうします?」


「お前、ちっと降りて、ヤギを道の隅っこに寄せて来てくれ」


「え? やですよ! 嚙まれたり体当たりされたりしたらどうするんですか?」


「人懐っこそうだし、大丈夫じゃないか? 知らんけどさ」


 しょうがないな。

とりあえず、クラクションを軽く二回ならしてみた。

クラクションの音に驚いたのか、ヤギが面倒くさそうにゆっくりと道を開けた。


「あ、ヤギが退きましたよ。今の内に行きましょうよ」


「……そうだな」


 今は家畜に構っていられない。

避難命令が解除されて飼い主が戻るまで何とか強く生きてくれ。


 俺達はカーラジオと携帯の交通情報を頼りに、ここからぐるりと阿蘇山を周回するルートで南阿蘇入りすることにした。



 9月19日



「あ、ハルト起きた? もうすぐ朝ごはんだよ?」


 目が覚めたばかりの俺の耳にアルの声が入ってきた。

声の方に視線を移すと、アルが火にかけられた鍋をかき混ぜている。


「あれ? ピリカは?」


「軽くそのあたり見回って来るって行っちゃったよ」


 何だそれは?

結界に守られている以上、外敵の心配はいらないはずなんだが……。

まぁ、ピリカの事だし俺を放置してそんなに遠くにはいかないだろう。


 あれから二週間と少し経過して、俺達は引っ越しのために森を移動している。

セントールの屋敷をパーティーの拠点にする手続きが無事に終わったので、宿を引き払って移動中というわけだ。


 セラス達が使っていた拠点より二回り以上デカい屋敷だ。

パーティー全員で移住しても部屋は余裕で余っている。

俺としてはピリカと二人だけで、人類の生活圏から少しだけ距離を置いた形の隠遁(いんとん)生活が理想だったのだが、ここは妥協するところだろう。

秘匿しなければいけない俺とピリカだけの秘密をどうするのかが課題として残るが、知り合い同士で集合住宅一棟借りした上での新生活と考えれば、十分許容範囲内だ。

そのあたりは、追々考えることにしよう。


「ハルトきゅん、おはよう。ヤギって何だい? 隅っこに寄せろとか寝言で言っていたけど……」


 おっふ、そんなことを口走っていたか……。


「ああ、俺の故郷でよく飼われていた家畜だ。質のいいミルクが取れる」


「そうなんだ。緑の泥にいる固有種かな? 機会があれば見てみたいね」


 スマホの画像で見せてやれないこともないが、どこでボロが出るのか分からんからな。

余計なことはしないでおこう。

ここは下手に反応せずにスルーすることにした。



 ……。


   ……。



 いつもの微妙なパンを(かじ)りながらスープを飲んでいると、ピリカが戻ってきた。


「あ、ハルトおはよう。起きたんだね」


 ピリカの機嫌はよさそうだ。

何かマズい事態が起こったから偵察に行ったわけじゃなさそうだな。


「ああ、おはよう。何か気になることでもあったのか? 結界の外まで様子見に行くなんてさ」


「そんなんじゃないよ。(けが)れの流入が止まって少し時間が経ったからね。森の状態を見て回っていただけ」


「そうか。で、どうだった?」


 俺は魔力(マナ)(けが)れも認識できないからな。

状況はピリカに訊くしかない。


「うん、いい感じだと思うよ。今更どうにもならないことも多いけどね。そのうち(けが)れが無くなったことに気付いた他の精霊も少しずつ戻って来るんじゃないかな」


「えっと、野良の精霊が森に出現するって事かい? それはそれで微妙だね……」


「そうね…… この森の冒険者たちは精霊との戦闘経験が少ないから……」


「精霊は放っておけばいいんだよ。自分より弱い魔物は勝手に始末してくれるからね。あんまりたくさん戻ってこられても、ピリカにとってそれはそれで面倒だけど……」


「魔物が減るかわりに精霊が増えるのか……」


 アルドが神妙な面持ちで考え込む。


「だから、精霊は構わなければいいの。人類から手を出してこなければ精霊から襲ってくるなんて無いよ。それに精霊が戻って来るまできっと何年もかかるから、当分は今のままの環境のはず」


「だといいけどね…… 僕達にも経験したことのないことだし、ここはしばらく様子見かな」


 ヴィノンがそう話を締め括った。



 9月20日



 シュルクとの戦闘から約一か月半……。

セントールの屋敷に戻ってきた。

これからはここが俺達の拠点になる。


 払った犠牲は大きいものになってしまったが、あの状況じゃ遅かれ早かれシュルクは封印を破って出てきただろう。

ここで決着をつけることにした判断は間違っていなかったと思うことにした。


「ここが俺達の拠点(ホーム)になるわけか……」


 アルドの表情が少し固い気がする。

まぁ、拠点(ホーム)を預かるパーティーリーダーとしての重圧なんかがあったりするのかもな。


「何言ってるんだい。今までも勇者パーティーのメンバーだったんだからケルトナ王国でも立派な拠点(ホーム)にいたんだろ?」


「だが、それは勇者であるセラスの拠点(ホーム)だったからな。気の持ちようが違うさ。それに二つ名持ち勇者(ネームド)の屋敷を引き継ぐのはさすがにな ……俺の身に余ってるだろ」


「平気だよ。ここの存在は今まで秘匿されてきたんだからね。こんな辺鄙(へんぴ)なところにわざわざ出向いてくる人間なんて居やしないって」


 そこはヴィノンの言う通りのはずだ。

俺達の方から街や村に出向かない限りは、人類との接点はほぼ無いはず。

この距離感こそが俺が求めていたもの。

精霊のピリカと共に気兼ねなく暮らすのなら、この位の立ち位置が丁度いい。

ここなら一日の大半を狩りに費やさなくても、最低限の経済活動で生活を維持できる。

どうやって生計を立てるのがいいのか、そこは悩みどころだが、それはこれからゆっくり考えよう。


 出来ればラノベや異世界アニメみたいな冒険者稼業は可能な限りやりたくない。

多分、このままアルド達は冒険者を続けるだろうが、俺とピリカはたまに手伝ってやる程度に留めたいところだ。


「部屋割りは出る前に決めた通りでいいんだろ? 遠慮なく一階の角部屋と離れの倉庫を俺専用に使わせてもらうからな」


 俺はボル車から自分の荷物を降ろしながら、皆に確認する。


「え? うん。それでいいよ」


 アルが答えながら屋敷の鍵を解錠して扉を開いた。

荷物を抱えて両手が塞がっているので、アルが扉を開けてくれたタイミングに便乗して屋敷に入ってしまうことにする。


「ここが()()()()()()()()()()()()()()になるんだね!」


 【はなまるの笑顔】でピリカが俺の後に続く。


「違うわよ! ()()()()()()()()()()よ! そこ、大事だからね!」


 ピリカの言葉を補足しながら、アルがパタパタと無警戒な足音を立てながら俺達の後を追って屋敷に入ってきた。

異世界に来てもうすぐ八年…… ようやく、ラライエでの俺のヒキオタライフを送るための基盤を築くことが出来そうな実感が湧いてきた。




                第三章(完)



 三章の最終回だけ残して一ヶ月近く更新できなくて

すいませんでした。


 実は11月1日から我が家の耐震化とガス発電化工事を

行っていて、電気・水道・ガスの使用も制限される状況で

投稿もままならなくって……。

家の一階は壁も無くなって柱と鉄骨むき出しのすごい状況でした。

ン百万円かかりましたが、これで家の耐用年数が30年伸びました。


 無事に工事が終わって今まで通りの生活環境が戻ってきたので

投稿を再開します。


 全然投稿出来てなかったのに、評価・ブックマーク付けて

くださってありがとうございます。

メッチャブックマーク剥がれているのも覚悟したのに……。

とても嬉しいです。


 さてさて、次回から四章です。

暫くは導入ということもあって、日常回的なものが

続きます。

 バトル展開・冒険展開大好きな人には少し退屈かも

ですが、引き続きよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 3章完結おめでとうございます! なんだかんだずっと家探しが続くと思っていましたが、拠点ができたようでなによりです。 4章ではアルとのイチャイチャも楽しみではありますが、メインヒロインである…
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