二百二十九話 ピリカに問題が無ければもう答えは出ている
9月1日
アルが俺達の宿に来て二週間と少し経過した。
まぁ、ラライエの暦だと三週間だけどな……。
すでにガル爺の訃報やシュルクの事…… これらの話は国中に知れ渡っている。
少し前まで村中、この話で持ちきりだった。
ガシャルの事は表向きにはシュルクと戦って戦死ということになっているが、真相を知る連盟からの風当たりは相当強かったようだ。
すでに村長はその役を辞しており、この村は王国からやってきた名前も知らないどこぞの下級貴族が治めるようになっている。
この辺の対外的なメンドクサイ話はヴィノンとアルドに任せて、俺とピリカはもっぱらアルと一緒にいる事が殆どだ。
ガル爺がいなくなって以来、アルは見た感じは元気そうに見えるけど、一人になるとすぐに情緒不安定になる。
これでも、最初に比べるとかなり改善したほうだ。
宿にアルの部屋を押さえてはいるが、最初の一週間はその部屋に一人でいる事すらできない程だった。
結局、一週間ちょっとの間、俺は宿の床で寝袋にくるまって寝る日々が続いたわけだ。
夜、アルが自分の部屋で一人眠れるようになったのは本当につい最近の事だ。
まぁ、少しずつ良くなってきているみたいだから、気長に見てやるしかないな。
……。
……。
アルが落ち着いてきたのでこの数日、俺達はガル爺の工房の整理に取り掛かっている。
アル自身は職人としての素養は皆無ということで、ここにあるもので俺が欲しいものがあれば何でも持って行って構わないとは言うが、実際の所、俺にもどれがなんの役に立つのかサッパリわからん。
アルに聞いてみても用途不明のアイテムや設備ばかりで、ぶっちゃけ整理は遅々として進んではいない。
もういっその事、できる範囲の掃除だけやり切ってしまって工房自体はこのままにしておいてもいいかな? ……って思い始めているくらいだ。
でも、こういうのは人の手が入らなくなると、荒れていくのは思っている以上に早かったりする。
ほんとどうしたものかと思う。
「二階の整理は終わったよ。あとは工房だけなんだけど、どうする?」
先日渡した妹のおさがりを着たアルが奥から顔を覗かせている。
さすがに毎日あれを着ているわけではないけど、三日に一日は着ている気がする。
一日着て洗濯が終わった次の日にはもう着ている ……そんな感じだな。
あの服、別にやるとは一言も言ってないんだが…… これはもう返ってきそうにないな。
まぁそんな気はしていたし、俺が持っていてもどうにもならいものだからいいんだけどさ。
「別に急がなくてもいいんだろ? だったら今日はこの辺で切り上げよう」
「うん、わかった」
今日の片付けは大方、目途が付いた。
なので、今日の所は工房の戸締りをして一度宿に戻ることにする。
……。
……。
散歩とアルのリハビリを兼ねて、宿と工房の行き来はボル車を借りずに、のんびり時間を掛けて歩くことにしている。
往復で約12kmのウォーキングだ。
結構いい運動にはなる。
村の景色はいつも変わらないように見えるが、地脈を穢れで汚染させていた術式を破壊してからこっち、ピリカさんは目に見えてご機嫌である。
「ふふっ、あれ以来ピリカはご機嫌だね」
「ん? まぁねぇ…… この辺りの穢れの流入はもう止まったからね。居心地の悪さはもう感じないから」
「そうなんだ…… ね、ハルト ……ピリカがエーレや森で快適に暮らせるんだったら ……その、ハルト達はこれからもここで……」
多分、ずっと気になっていたんだろうな。
勇気出して思い切って聞いてみましたって顔に書いてある。
俺はピリカに問題が無ければもう答えは出ている。
「ん? ああ、そうだな。その辺、ピリカはどうなんだ?」
「環境を蝕んでる穢れも無くなったし、ピリカはハルトと一緒ならそれで幸せだよ」
だったら決まりだな。
「だってさ。なら、ここに腰を据えることも考えないとだな」
「!! うんっ! そうよね!」
……アルのこんな笑顔を見たのは結構久しぶりだ。
ガル爺に頼まれてしまった手前、最低でもアルが生きていく道筋はつけてやらないとな。
……。
……。
今日は全員揃って夕食のテーブルに着くことが出来た。
丁度いいタイミングだったから、ひとまずここに腰を落ち着けるつもりであることを二人に話した。
「わかったよ。それじゃこれにサインしていておいてね。あとは僕がやっておくからさ。あ、アルドの分もあるからね」
そういうなり、ヴィノンが俺とアルドに一枚ものの書類を取りだして渡してきた。
何だこれは?
軽く目を通してみる。
ロテリア王国内の居住者としての申請みたいなものか。
国籍と市民権を取得するためのものみたいだな。
こいつ、事前に用意してやがったな。
一体いつからだ? ……いや、今更気にしても仕方がない。
ずっと宿屋生活するわけにもいかないし、これにサインしないとこの国で家を持てないっぽい。
そして、納税の義務を負うことになるというわけか。
まぁ、それは当然か……。
『ピリカ、こいつに何か魔法的な小細工は?』
念のため日本語でピリカに確認してもらう。
異世界漫画やラノベなんかだと、意味不明な契約魔法みたいなのがあったりすることがあるからな。
逆らうと激痛が走ったり、命に関わったりとか……。
ラライエに来て以来、そう言った系統の魔法にはお目にかかったことは無い。
きっと気にしすぎだとは思うけど、警戒は必要かもしれない。
『無いね。ただの紙切れだよ』
どうやら俺の思い過ごしだったみたいだ。
『わかった。ありがとう』
「じゃぁ、明日までにサインしておく」
俺は書類を内ポケットにしまって、食事を再開する。
「……と、いうわけでアルド、俺の安住の地探しの旅はここでひと段落になりそうだ」
アルドは俺との義理を通すために、ここまで一緒に来てくれた。
だが、アルド自身はミエント大陸の人間だ。
ヴィノンはアルドの書類も用意はしているが、こいつが故郷に戻ることを望むのなら、俺は当然それを尊重するつもりだ。
「何を水臭い事を言ってるんだ? このままお前達といるに決まってるだろ。もうケルトナ王国に俺が帰る場所は無いと思っている」
そうか……。
リコの事があって、アルドだってセラス達の死にガッツリ関わってしまっているからな。
多分、アルドが真相を口外しない限り、連盟もギルドも何かしてくることは無いとは思う。
それでも、アルド自身のケジメが故郷に戻る事を許さないというわけか……。
だったら、アルドのこれからの事は俺も一緒に背負ってやらないとな。
プテラ以外は全員、俺とピリカが手を下したわけだから……。
「余計なことを言ってしまったな。なら、これからもガッツリ頼らせてもらうよ」
「ああ、俺の方こそな」
「とはいえ、定住場所が決まったら俺は安全かつ穏やかに暮らすだけだから、冒険者は開店休業状態になるぞ」
「そういえばそうだったな。ハルトは好きなようにすればいい」
「ああ、それなんだけどさ…… ハルトきゅん、住む場所はセントールの屋敷がご所望だったよね?」
「なんでお前がそれを知ってるんだ?」
「アルから聞いたからだよ」
こいつ…… いつの間にアルから聞き出したんだ?
知られて困る話ではないけど……。
「あそこは連盟が管理してるんだろ? 無理なのはわかってるから忘れてくれ」
「それがそうでもなさそうなんだよ。この際だからさ。あそこを僕らのパーティーの拠点にしないかい?」
マジかぁ……。
「シュルクが居なくなって【セントールの系譜】の使命も無くなったからね。それに、あそこの主である裂空剛拳、勇者ガルバノも戦死した。もはや連盟が人員とコストを割いてまで維持する必要はない。 ……ルール上はそういう事なんだってさ」
「おっふ、取ってつけたようなお役所仕事だな」
「そんなわけで、今ならあの屋敷を僕らの拠点として登記できちゃうんじゃないかなってね。今、法的にはあの屋敷の所有者はアルってことになるからさ。どうかな? アル、やっちゃっていいかい?」
「うんっ! やっちゃっていい!」
アルは心底嬉しそうに即答した。
おかげさまでブックマーク数が、一気に剥がれる前の水準近くまで
持ち直しました。評価までつけていただいて ……ありがたい限りです。
ブックマーク・評価・いいね ありがとうございました。
とても嬉しいです。
実は前話投稿後、PV数が瞬間的に前日比23.8倍に爆増してました。
皆さま実はアルエット推しだったり?
たまたま投稿タイミングが良かっただけかもですが……。
多分、次回が三章最終話です。
引き続きよろしくお願いいたします。




