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二百二十八話 ちょいちょいちょぉーいっ!

 8月17日


 朝早い時間に自然と目が覚めた。

実際の所はあまり眠れていない。

脳内PCの表示はAM5:50を表示している。


「あ、ハルト。おはよう!」


 ピリカさんも俺の隣で床に寝そべっていた。

俺の目が覚めたのを見て、満面の笑顔を向けてくれる。


 はい、朝から可愛い。


 俺は硬い床で一晩過ごしたせいで、背中と首筋が微妙に痛いのだが、ピリカは全く平気のようだ。

この時ばかりは物理的影響を受けない精霊が羨ましいな。


「ああ、おはようピリカ」


 もぞもぞと寝袋から這い出して起き上がる。

痛む節々をほぐすために軽くストレッチをして、全身を目覚めさせる。

全く、何が悲しくて宿屋の床で寝袋にくるまって寝なきゃならないんだよ……。

会社の床で寝るのは社畜時代にはよくあった事だ。

慣れてはいるが、さすがにこんな状態で熟睡できるわけはない。

ベッドに視線を向けるとアルが熟睡している。


 やはり、心身ともに相当すり減っていたんだろう。

アル自身の心が休息を欲して、一切合切の余計なことを考えることを拒否している……。

何となくだがそんな感じに見える。

まぁ、気が済むまで寝かせておいてやるか……。


 そっと部屋を出て食堂に降りると、すでにアルドとヴィノンが席で俺が来るのを待っていた。


「ハルトきゅん、おはよう。アルが来てるのかい?」


「なんだ…… 気付いていたのか」


「まぁ、さすがに夜中に廊下で不自然な気配がすればね。素人じゃなきゃ気付くよ」


 アルドはヴィノンの言葉に頷いて同意する。

それで、わざわざ早起きして俺が降りてくるのを待っていたのか。

ちなみに俺はというと…… 索敵はピリカ頼みだからな。

ピリカが知らせてくれないと、寝込みを暗殺者に襲われても心臓刺されるまで気付けないだろうな。


  ……。


    ……。


 運ばれてきた朝食を食べながら、俺は昨日アルがやってきた経緯を二人に説明した。


「なるほど…… アルにとってはこれからの人生、最初の試練だね。こればっかりは代わってやることも出来ないし、あの子に自分で乗り越えてもらうしかないかな」


 それはそうかもしれないが、仲間としてそれを乗り越える手伝いはしてやれるんじゃないのか?

俺は心理カウンセラーじゃないから、どうすればいいのかはさっぱりわからんが……。


「アルが負っている心の負荷は相当に大きいな。俺は素人だからいい加減な事しか言えないけどな。このままだと俺の故郷で言うところのPTSDになるんじゃないかと思っている」


「ピーティー…… 何だそれは?」


 アルドが訊き返してくる。

まぁ、当然か。


「アルドは前に一度話したことがあるよな? 俺の故郷には心も病気になるって考え方があるって…… まぁ、()(がた)く深い…… 心の傷の事だと思ってくれていい」


「ふ~ん。中々面白い考え方だね。秘境集落独自の思想なのかな?」


「俺も専門家じゃないし、正しい説明はできないけどな。そういうもんだと思ってくれ。今はまだその前段階のASD ……急性ストレス障害の状態だろう。とりあえず眠れているみたいだから、今の内に周りがしっかりケアしてやれれば、何とかなるんじゃないかと思っている」


「眠れると良いのかい?」


「わからんけどな。深刻になってくると睡眠障害が伴ってくるものらしい……。どんな形であれ、自分の意思で眠れているのなら、多分何とかなる段階だと思いたいな」


「その辺は僕らには分かりそうにないね。なら、アルの事はハルトきゅんに任せるよ。他のメンドクサイ話や外野の干渉は当面、僕らが引き受けるよ」


 その方が良いかもしれない。

ラライエ ……ってか、この国のしがらみや制度的な部分もそうだし、連盟やギルドの取り決めですら、俺にはまだ分からないことの方が多い。

ヴィノン達に対処してもらう方がうまく立ち回れるのは確かだろう。


「アルドはパーティーのリーダーだからね。代表者として僕と動いてもらうよ」


「ああ、わかっている」


「それじゃ、そういうことで…… アルの事はよろしくね」


 そう言うと二人は今日どう動くのか、打ち合わせを始めた。


 ……。


    ……。



 ここは二人に任せて、俺はアルの様子を見に戻ることにするか。

部屋に戻ると、アルはベッドに横になったままだったが目は開いていた。

とりあえず、起きてはいるみたいだな。


「おっ、目が覚めたみたいだな。大丈夫か?」


「ハルト…… 私……」


「その、なんだ…… すまなかったな」


「え? なにが?」


 今にして思えば、エーレに戻って来るなり一人で家に放り出してしまったのは悪手だったよな。

あの対応は無配慮だったと謝ったつもりだが、アル本人は理解できていないようだ。

まぁ、それならそれでもいいか。


「ああ、いやいいんだ。 昨日の夜、一人でここまで来たことは覚えているか?」


 俺に昨日のことを聞かれて、アルが固まった。

数秒後に再起動して、顔を真っ赤にしてギギギって音がしそうな不自然な動きでブランケットを鼻の高さまで引き上げて目から上だけを出してこちらを見ている。


 うん、覚えてはいるみたいだな。

そのあと何があって今の状況になっているのかも理解はできていると判断してよさそうだ。

やらかして、かなり恥ずかしいシチュに陥っていることも含めて……。


 あれ?

ASDかもって思ったけど、これなら案外平気なんじゃね?

俺は荷物の中から【ピリカストレージ】の術式を数枚取り出した。

えっと、アレは何番だったかな?

脳内PCのデータベースから目当てのアイテムのシリアル番号を検索して空欄に書き入れる。

俺が次々と召喚したものは…… もちろんアルのための着替えだ。

妹が大学時代に来ていた服だ。

さすがにこんな格好(パジャマ姿)で昼間に外を歩かせるのはまずい気がする。


 確か90年代に日本の女子達の間で流行したものだ。

デニムと白い無地のレディースシャツ、ベージュのサマージャケット。

こんな感じのコーディネイトが当時のファッション雑誌を席巻していたような気がする。

俺はファッションには無頓着だったからよく知らないけどな。

それなりに名の知れた国内ブランドものばかりだから、そんなに悪いものではないはず。

ちょっと古臭いデザインの気がするが、異世界でそんなことを気にしても仕方がない。


「その恰好はさすがにまずいだろ。起きるならひとまずこれに着替えておくといい。妹のおさがりだけどな」


「うん…… わかった」


 アルはベッドから起き上がって、パジャマに手を掛けるとスパーンとパジャマを脱ぎ捨てる。


!!


 突然、眼前にアルの健康的でそれでいてあられもない姿態が晒された。


「ちょいちょいちょぉーいっ!」


 俺は慌てて後ろを向く。

間違いなく眼福ではあるが、さすがにガン見するわけにはいかない。


「着替えろとは言ったけど、いきなり脱ぐ奴があるか! せめて俺が部屋から出てからにしろ!」


「え? あ ……うん、そう…… そうだね」


 俺は急いで部屋から出る。

ピリカさんは状況が理解できていないようだが、とりあえず俺について来ている。

このシチュエーションの何がマズいのかは精霊には理解できないようだ。


「下の食堂で待ってるからな。着替え終わったら降りてこい」


 扉越しにそう声を掛けて、俺は再び食堂に降りることにする。

一時、大丈夫かな? ……と思ったがやっぱりダメそうだな。

俺に着替えろと言われて、いきなり服を脱いでしまう。

裸を見られても、その状況のマズさに状況判断が追いつかない程に上の空とは……。

やはり、かなり精神的に弱っているということなんだろうな。


 日本だとタチの悪い怪しい宗教なんかは、こういった心が弱っているタイミングを見計らって付け入ってくるみたいな話を聞いたことがあったけど……。

なるほど。

確かにこれは簡単にコロっとやられるかもな……。

アルのあの状態を見ると、昔聞いたそんな話にも説得力が出てくる。


 ……。


  ……。


 一階の食堂に降りてくると、打ち合わせを終えたアルド達が出かけるところみたいだ。


「ハルト、丁度良かった。俺達はこれからギルドに行ってくる。多分、時間がかかると思うから、夕食は先に済ませてくれてかまわない」


「了解した」


「アルはどうかな? 大丈夫そうかい?」


「何とも微妙なところだな。身体的には大丈夫そうだけど、心はかんばしくなさそうだ」


「僕らに出来る事があれば何でも言ってくれていいからね」


 アルドもヴィノンの言葉に同意して頷いている。


「ああ、その時は遠慮なく頼らせてもらう」


 そう言って二人は出かけて行った。

とりあえず、暫くはアルを一人にしない方がよさそうだ。

俺はアルの分の部屋を当面の間、追加で取ることにする。

さしあたり、ガル爺のいなくなった工房の整理等が必要になりそうだしな。

アルに付き添って工房通いの日々になりそうだな ……っと、アルが降りてきたようだ。


 ちょっと驚いた。

俺が言うのもなんだが、確かに時代的には古臭いファッションだ。

素人だから服飾の難しいことは全然わからん ……が、これだけはきっと間違いない。

それを着ている素体が良すぎる。

下手なモデル顔負けの破壊力だ。

もしここが地球だったら、確実にトップモデルや芸能人の仲間入りだ。


「お待たせ…… ?? どうしたの?」


「え、あ、いや…… 思っていたよりずっと似合っている。良い感じだと思うぞ」


「そ…… そうかな? これ、妹さんの物なんでしょ? なら、秘境集落の衣装よね? こんな服、着たことないからよくわかんないな」


 そんなことを言いつつも、クネクネしているところを見るにまんざらでもなさそうだ。

確かにラライエでは全く見ない服装だが、パジャマ一枚でうろつかれるよりはずっといい。

それに、地球人の俺の感性的にはこっちの方が親しみも湧くというものだ。


「大丈夫、問題ない。俺の故郷なら、間違いなくみんなが振り向くプリティーガールだ」


「アルばっかり褒めちゃやだぁ! ピリカは?」


「ああ、もちろんピリカは今日も抜群に可愛いぞ」


「えへへ、やったぁ!」


【はなまる】の笑顔でピリカさんは俺の背中にくっついてくる。

質量の無いピリカがどこにくっついていようが実害はないので、機嫌がいいのなら問題なし。

なので好きにさせておく。


「一部屋追加で押さえたから、当分はここで俺達と一緒に過ごそう」


「いいの?」


「ダメな理由こそないだろ? アルは俺達の大事な仲間だからな…… 何も心配するな」


「うん、ありがとう」


 アルの表情が少しだけ柔らかくなった気がした。

さて、今日からアルが加わって俺達五人のパーティーライフが始まる。

そんな気…… どころかなにか確信めいたものを感じるな。


 少し、更新が鈍くなってすいません。

日々ゴリゴリとブックマークが剥がれてちょっとへこんでます。

でも、いいね少し増えました。

つけてくださった方ありがとうございます。


 腐らずに頑張って投稿続けますので、よかったら

ブックマーク・評価等、反響いただけると嬉しいです。


 引き続きよろしくお願いいたします。

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