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二百二十一話 あんたが鈍いだけなんじゃないのか?

 バトルもののアニメ映画ならクライマックスシーンで使う渾身の決め技となりうるだろう強力な一撃だ。

もちろん地球ではいかなる格闘家でも、こんなマネはできない。

特撮映画やアニメでしか見た事がない光景だ。

これはきっと格闘技の技能ではなく、ガル爺の固有特性や魔法に近しい物だろう。

でなければこんな現象はラライエでも説明はつかない。

なんでも有りに見える異世界でも、その超常現象を引き出すためにはそれに見合う縛りがある。

さすがに七年以上もラライエで暮らしていればその辺はわかってきた。


 ガル爺の拳から放たれた光の奔流は、地面を一直線に削り取り、シュルクを飲み込んだところで40度程度の仰角(ぎょうかく)で上空に飛んで行く。


 そのまま光の筋は雲に大きな穴を空けて消えた。

数秒して打ち上げ花火に似た音と振動が響いてくる。


 ドオオォーン……


 ラライエが地球と同環境と仮定するなら雲の殆どが高度2000m以上だ。

そんな高さの雲が直径数百メートルの範囲で拡散するとはな……。


 ガル爺の二つ名……【裂空剛拳】の名に偽りなしというわけか。


「ぜぇっ…… ぜぇっ……」


 ドシャアァッ。

激しく肩で息をしているガル爺が、仰向けに倒れる。


「お爺ちゃんっ!」


 アルがガル爺の所まで駆け寄ってくる。

ようやくアルドとヴィノンの二人もここまで到着した。

肝心のシュルクはどうなった?

ガル爺の全てを込めた全霊の【裂空剛拳】だ。

頼む、これで決まってくれ……。

祈るような気持ちでさっきまでシュルクが居た場所をみる。

そこはただ地面が数メートルの弧を描いて抉れているだけで、シュルクの姿は無かった。

さすがに完全に消し飛んだか?

まさか、あれを回避できたとはとても思えないが……。


 ……。


  ……。


 辺りを最大限に警戒しながら周囲を見回した。

俺の視界の中にはシュルクは居ない。


「ピリカ……【MPタンク】を……」


 ピリカが俺の隣にやってきて、心臓の位置に手をかざした。

さっきと同じようにCD程度の大きさの魔法陣が出現して、俺とピリカの魂の間に魔力(マナ)的な繋がりが再構築される。

はじめて【MPタンク】を繋いだ時は、家の上空一面に多層構造の術式が展開されるほどの大規模魔法だったが、二人の間で一度形成してしまえばどちらかが死ぬまでは再構築はそこまで複雑なプロセスは必要なさそうだ。


 俺如きの頭ではその全容は依然として理解できないが、【ピリカ側を主体】【再接続】などの記述が一瞬見えたから間違いないだろう。


「ピリカ、シュルクはどうなった? 倒したのか?」


 ここは素直にピリカの索敵能力に頼ろう。

これで決着がついているならそれでよし……。

あってほしくはないが、まだ奴が健在ならそれに備えなければならない。


「…………」


 ピリカは真剣な表情でガル爺が開けた雲の穴をじっと見つめているようだが……。


「おい…… まさか…… 」


 ピリカの視線の先を追う。

ピリカが見ているのは雲の穴ではないな。

ほぼ真上に近い上空だ。

目を凝らしていると、はるか上空にゴマ粒ほどの黒い点が見えた。

その点は少しずつ大きくなってきて、だんだんその形状がはっきりわかってきた。

間違いない…… シュルクだ。

【裂空剛拳】を食らって吹き飛ばされるも、上空で炸裂する直前で脱出したのか……。

どんでもないな。

洒落になってない。


「気をつけろ、シュルクが落ちてくる!」


 俺が全員に警戒を呼び掛けると、アルドとヴィノンが武器を手に俺とピリカが見ている方向をみる。

アルは泣きながらガル爺に(すが)りついている。

ガル爺とアルは戦闘要員として数に入れられないな。

まぁ、それは素っ裸の俺もだが……。


 上空からシュルクがまっすぐに元居た場所の辺りに落下してくるのが見える。


 ドシャッ


 いやな音と共にシュルクの体が地面に激突する。

2000m以上の上空から落下傘(パラシュート)も無しに自由落下で落ちてきたら、人間だったら原型を留めない程の惨状になっているはずだが……。

シュルクは全身がボロボロになりながらも、変わらず全身から赤黒い(けが)れに汚染された魔力(マナ)を噴出しながら、よろよろと立ち上がる。


 マジかぁ……


 ガル爺の超必殺技をもってしても、倒せないのか……。

よく見るとシュルクの体の各所から白い煙がプスプスと立ち昇っている。

赤黒い(けが)れた魔力(マナ)とは別質の物だ。

きっとガル爺の【裂空剛拳】によるダメージだろう。

ゼロ距離【クリメイション】だってあれほどのダメージが通ったんだ。

【裂空剛拳】ならそれ以上の効果があったはず。


「おのれ…… やってくれたなぁ……」


 うわぁ…… 怒ってる怒ってる。

しかし、その動きはガル爺と激闘を繰り広げた時と比べると見る影もない。

現状、体幹を保つだけで精一杯に見える。


 ……間違いない。


 あと一押しで奴は終わる。


「そこの小僧…… 貴様の仕業か…… 我が見失うほどの隠蔽(いんぺい)能力とはな。これ程の隠密性を持つ者はかつて出合ったことがない。褒めてやるぞ」


「そいつはどうも…… だけど俺は別に隠れていたつもりは全くないんだけどな。あんたが鈍いだけなんじゃないのか?」


 少し挑発めいた切り返しをしておいたが、本当に隠密スキルのようなものを使ったわけではない。

俺がやったのはピリカの【MPタンク】の解除…… ただそれだけだ。

ゾンビ状態のシュルクが仮初めの肉体の五感を使って周囲の状況を認識していないのは、結構早い段階で推測できていた。

何しろこいつは俺がネット動画で見た地球に出現していたゾンビやグールとは、明らかに別物だったからな。


 地球に出現していたゾンビなどの魔物は明らかに自分の五感を使って行動していた。

しかし、動きも判断もとてつもなく遅く、地球の戦力でも対処はそこまで困難なものではなかった。


 しかし、シュルクは明確な会話をこなす程の高い知性と超バトルをこなす俊敏性を持つ。

さらに並みの攻撃ではダメージが通らない程の頑強さを兼ね備えていた。

ピリカは本質的にはゾンビやグールと変わらないと言っていたが、その成り立ち自体は完全に別物ではないかと思ってはいた。


 奴がゾンビ系の存在である以上、死後硬直により肉体は自由が利かないはず。

にもかかわらず、どうやってあれほどの動きを実現できていたのか……。

もちろん異世界なのだから、何らかの魔法的なカラクリがあるとは思っていた。


 俺がシュルクのネタに気付いたのは、ガル爺が奴と話をした時だった。


【確かに貴様とそこの小娘の波動にはセントールの面影がある】


 シュルクは確かにそう言った。

この時、奴は相手の外見を視覚で認識していないんじゃないかと思った。

波動ってなんだ?

もちろん魔力(マナ)に決まっている。

俺には認識できないものだが、魂を通った魔力(マナ)は指紋や顔・声のように個人個人にちょっとした違いがあるらしい。


 奴は丁度コウモリが超音波の反響で状況を認識しているみたいに…… 魔力(マナ)の波動を感知して対象の位置や形状、声さえも認識しているんじゃないか?

俺はそう仮説を立てた。

あの肉体は、ラライエに魂を繋ぎとめるための依り代に過ぎない。

ピリカがそう言ってるからそれは間違いない。

あの肉体はシュルクの魂が憑依する部品(パーツ)でさえあれば、目が見える必要も痛みを感じる必要もないわけだ。

つまり、シュルクはあれに憑依して魔法で強引に動かせさえできればそれでいいというわけだ。

ただし、あの仮初めの肉体が無いと己の存在が維持できない。

そのため、最大の弱点であることも事実。

だから、限られた魔力(マナ)を削ってでも堅牢に強化もするし、無理してでも超反応で戦える機動性も付与する。

そういうことなのだろう。


 奴が魔力(マナ)の波動で全てを認識しているのだとしたら……。

魔力(マナ)の受容体を持たない地球人の俺はどうだ?

常時【MPタンク】でピリカの魔力(マナ)の供給を受けている状態なら奴も俺の存在を認識しているだろう。

だが、そのつながりが失われてしまえば……。


 俺の肉体は細胞一つに至るまで、魔力(マナ)の波動なんてものが出ているはずがない。

何と言っても魔力(マナ)のない世界で生まれた存在だからな。

物質としては存在していても、俺から魔力(マナ)の波動は感じるか?

全裸になったのは今、俺が身に付けているものはほぼ全てラライエ産の衣服と装備だからだ。

もしかしたら、服や装備からは微弱な魔力(マナ)の波動が出ているかもしれない。

それで俺の存在が看破されたら一瞬で死ぬことになるからな。

奴に貼り付けた【クリメイション】の術式を記した紙は地球産のコピー用紙にシャープペンシルで描いたもの。

貼り付けるために使ったのも地球のビニールテープだ。

俺の存在に気付かれなければ、【クリメイション】の術式にも気づかないと思っていた。


 結構、賭けの部分もあったがここは俺の読み勝ちだった。


奴は真正面から堂々と体に【クリメイション】を貼り付けられても全く気付くことは無かったというわけだ。


「取るに足らぬ小僧と侮ったわ……。 精霊と同じ波動を持っている時点で、警戒すべきであったか……」


 そう言うと、突然シュルクが見慣れない構えを取り、右の掌を地面に押し当てた。

シュルクを中心に直径10mを越える赤黒い(けが)れに汚染された魔法陣が出現する。


「これは一体……」


「もはやこれまで…… ここまで肉体が損耗しては王都までは持たぬ。かくなる上はうぬらだけでも道連れにしてくれる」


 術式の内容は断片的にしか理解できないがこれはヤバい。

2000年蓄えた魔力(マナ)を使って、ここで大規模破壊魔法を発動させる気だ。


「マズい! シュルクは自爆する気だ。あれが完成したら取り返しがつかない!」


「ハルト、すぐにシュルクを止めないと…… あと三分ぐらいで術式が完成して阻止できなくなるよ」


 マジかぁ……。


 ブックマーク一つ剥がれた後に一つ頂きました!

ありがとうございます。

こうして反響いただくことが、モチベーションに繋がっています。

今後ともよろしくお願いいたします。


 台風……大丈夫ですか?

この連休は台風の備えに使うことになりましたが、

幸い、無事に乗り越えられそうです。

(ピークは今夜ぽいですが……。)

多くの人が影響を受けているみたいです。

皆様もご無事でありますように……。

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