二百十七話 えっと…… シュルクは何を言ってるんだ?
ひとまず、俺とアルに向けて放たれたシュルクの初手の攻撃を防ぐことは出来たものの……。
危機的状況に変わりはない。
ピリカに奴の相手を引き受けてもらうのが最適解の気がしないでもないが、多分シュルクの攻撃は容易くピリカにダメージを与えることが出来ると思っている。
その根拠はシュルクの全身を焦がしている汚染された魔力だ。
あれが存在している以上、シュルクは本来あらゆる物理攻撃を無効化するピリカの特性を無視してピリカの身体を傷つけるに違いない。
しかも、奴の魔力は重度の穢れに汚染されている。
穢れは精霊にとって忌避する存在のはず。
ピリカにとってこの状態のシュルクは相性最悪で、一撃必殺の毒手拳の達人を相手にするのに等しいんじゃないのか?
そう思い至ってしまった以上、ピリカに【奴と戦い倒してくれ】とは口が裂けても言えない。
俺の価値基準ではピリカの命は俺自身の命よりも重いのだから……。
しかし、そうなると【ファランクス】の向こう側にいるシュルクを何とかする手段がない。
アルド達の援護を期待したいところだが、二人の戦いはまだ続いている。
魔物の数は確実に減ってきてはいるものの、こちらの援護に駆け付けてくるまで今しばらくかかりそうだ。
ゾンビ状態とはいえ、シュルクには高い知性が備わっているのは間違いない。
しかも、二千年以上昔は百戦錬磨の魔族の戦士だったことを踏まえると【ファランクス】の欠点はすぐに看破してくるだろうな。
ここは覚悟を決めて撃って出るべきだろうか。
リミッター全解除で【格ゲードライバ】を起動すれば、一分ぐらいは保つかもしれない。
一分あればアルド達が加勢に加わってくると思いたい。
ピリカとアルも含めて全員で戦えば、シュルクを倒した上でピリカとアルぐらいは生存できるかもしれない。
「【ファランクス】を一瞬解除してくれ。俺が奴に打って出る」
「え? 何言ってるの? 無茶だよ。ハルト、格闘戦は私より弱いんでしょ?」
「普段は手加減してるに決まってるだろ。アルド達が駆け付けるまでの時間を稼ぐだけだ。そのくらいの時間を保たせるだけなら問題ない」
嘘だけどな。
敵の力の底が全く見えない以上、最悪1分どころか10秒持たないかもしれない。
俺の命がここで終わるのは不本意だが、今この場で思いつく最良の作戦がこれなのだから仕方がない。
「アルド達が来れば三人がかりで奴に仕掛ける。ここぞという隙があればピリカと二人で奴を仕留めるんだ。一撃必殺の決定力はお前たち二人が一番高いはずだ」
「そんな…… いやだよ」
「迷ってる暇はない。5数えたら【ファランクス】を解除しろ。いいな? 5・4・3……」
シュルクにも俺達の会話は筒抜けのはずだが…… 奴は黙って構えを取って俺が突っ込んでくるのを待ち構えている。
こちらの手の内を知った上で乗ってくれるつもりのようだ。
大した余裕だな。
それとも、魔族の武人としての矜持というやつか?
どちらにしてもそれならそれで好都合……。
脳内PCの格ゲードライバを起動してリミッターを全解除しようとしたその時だった。
不意に俺の足元の地面が無くなった。
突然、直径60cm程の円形に穴が出来てそのまま、ストンと落下した。
幸い深さは1mにも満たない浅いものだった。
俺にダメージは全くないが、腰より少し上まで穴に嵌ってしまった。
集中力が途切れてしまったせいで、起動しようとしていた格ゲードライバは起動がキャンセルされた。
アルも突然のことで【ファランクス】の解除するタイミングを逃している。
一体なにが起こったんだ?
シュルクが何か先手を打ってきたのか?
この状況を確認しようとしている俺の隣にふわりとピリカが降りてきた。
「ダメだよ。シュルクと戦ったら秒で死ぬって言ったよね? シュルクとはピリカが戦うから……」
これは、ピリカの魔法か。
シュルクに挑もうとする俺を咄嗟に止めるためにやったのだろうな。
ピリカは下半身が穴に嵌っている俺をゆるふわな笑顔で見つめる。
この表情だけで、俺はピリカがやろうとしていることを全て察してしまった
「待て、ピリカ! 奴の隙は俺達が必ず……」
「無理だよ。ハルトの力じゃシュルクを1ミリだって止められない。丸腰の生身で戦車を止めるようなものだから……」
くそっ…… そこまでの力の差があったのか。
「シュルクとはピリカが戦うよ」
「だめだ! シュルクの攻撃は最悪お前の命を一撃で……」
ピリカはしゃがみこんで俺の口を掌で覆い、俺の言葉を遮った。
もちろん、物理的に触れることは無いのだが……。
「大丈夫。大丈夫だから…… アニメで【赤い流星のシャー】も言ってたじゃない。【当たらなければどうってことは無い】ってね」
ピリカはニカっと屈託なく笑ってそう言ってのける。
だが…… 本当に大丈夫なのか?
ピリカにはシュルクをそこまで圧倒できるほどの差があるのか?
魔力や固有特性といった地球人には観測不能なものが勝敗を決める要素になりすぎて、もはや俺には勝敗の行方の予想が全くできなくなっている。
「アル、シュルクが死なない限りは【ファランクス】を解除したらダメだからね」
「でも、ハルトは……」
「ダメ…… 解除したら二人共死ぬからね……」
「ピリカ、あなた。契約精霊なのに契約主のハルトの言葉に抗えるの?」
なんだ?
契約精霊は精霊術師の言葉に逆らえないのか?
だとすればそれは契約なのではなくまるで……。
「それじゃ…… 行ってくるね」
ピリカはそう言うと、【ファランクス】の障壁を飛び越えるためにふわりと浮上した。
俺はようやく穴から這い出した。
「ま、待て! ピリカ!」
俺がピリカを思い止まらせるために声を掛けたのと同時だった。
ドゴオオォォン!
すさまじい轟音と共にガル爺が弾丸のような勢いでシュルクに飛び蹴りを見舞う。
湖から飛び出し、そのままの勢いで必殺の蹴りを繰り出したようだ。
シュルクは両腕で飛び蹴りをガードしているが、勢いを殺し切れずその体制のまま10m以上押し戻される。
シュルクの足が土を抉って出来た二本の電車道が、ガル爺の蹴りの威力の凄まじさを物語っている。
ガル爺の全身からポタポタと水滴が滴っている。
「全く…… 水浴びには良い季節なのは認めるがの。こっちは年寄りなんじゃ。もうちっと優しく水浴びさせてほしいもんじゃの」
ガル爺…… 無事だったか。
「お爺ちゃん!」
アルの顔に安堵の色が浮かぶ。
「貴様の相手はこのわしじゃろうが…… 何勝手に孫娘を襲おうとしとるんじゃ…… 覚悟はできておるな? もう容赦せんぞ」
「クソ勇者はまだ戦えそうだね…… だったらピリカはハルトを守ることに専念できるかな」
ピリカは【ファランクス】を越えるのを取りやめて俺の隣に降りて来て着地する。
「ピリカ……」
「封印の縛りから解放されている今のクソ勇者なら、すぐに負けることは無いと思う。ピリカとしては今のうちに【ポータル】を使ってほしい所だけど……」
確かに俺とピリカだけが生き延びるという選択をするのなら、それが一番確実なんだろう。
だが、それを即決するにはここでシュルクと戦っている連中と縁を繋ぎすぎてしまった。
俺のために海を越えてまで一緒に来てくれたアルド……。
その真意は今もまだよくわからないが、危険を承知でペポゥと戦い、今もシュルクと戦う選択をしているヴィノン。
勘違いでなければ、俺へ好意を持ってくれているアル……。
その祖父であるガル爺……。
俺的には誰一人として簡単に見捨てていい者はここに居ない。
「悪いな、ピリカ。そいつは本当の最終手段だ。ここにいる奴らを簡単に見捨てたら、俺の残りの人生が全然幸せじゃなくなってしまうんだ」
「わかったよ。ハルトがそうしたいのなら…… ハルトが幸せじゃないとピリカも幸せじゃないから……」
「すまんな……」
シュルクとガル爺が、あと一歩踏み込めばお互いの拳が届き得る距離で対峙していいる。
「なるほど…… さすがはセントールの子孫というところか。最初に戦った勇者まがいの雑魚とは一味違うか」
「大人しく封印の中で朽ち果てておればいいものを…… 余計な手間を掛けさせてくれる……」
「そうはいかん…… 貴様らにこのラライエを易々と滅亡させてやるわけにはいかん。この身と魂が穢れようとも、そしてそのまま朽ち果てようとも成さねばならないことがあるのだ……」
えっと…… シュルクは何を言ってるんだ?
この大陸を滅亡させようとしているのはシュルクの方じゃないのか?
この言葉を聞いたピリカの目に何か寂しそうな色が一瞬浮かんだ気がしたのは気のせいか?
「たとえ言葉が通じても、貴様ら魔族とまともな会話が成立しないのはいつの時代でも同じようじゃの…… もはや、これ以上の話は必要あるまい……」
「……確かにな。私に残された時間は少ない…… こんな所で無駄話をしていられぬ。来るがいい」
ガル爺とシュルクが共に構える。
第二ラウンドが始まる。
前回からブックマークが1増えました。
ブクマつけてくださった方、ありがとうございます。
ハルト自身はちっとも異世界最強じゃないから、こういう
トンデモ級の敵と直接戦う場面て、表現が難しいですね。
この辺、実はプロットじゃさらっと流しているだけなので
実際に書くとなると思っている以上に苦戦します。
引き続きよろしくお願いいたします。




