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二百十一話 この国の西半分は更地になるかも……

 後ろを一切振り返ることなく、一気に山を駆け降りる。

二合目辺りまでしか登っていないとはいえ、ここまでデカい山だと麓まで降りるだけでもそれなりの距離がある。

勇者セルヴォディーナのパーティーを置き去りにして捻り出したチャンスなんだ。

無駄にはできない。


 ヴィノンが先頭、その後ろにガル爺を担いだアルド、続いてアルを担いだ俺、最後尾を突撃槍を抱えたピリカが飛んでついてきている。


「なぁ…… 実際の所どうなんだ? 案外セルヴォディーナ達が勝ってしまうなんてことは……」


「僕はその可能性はまず無いと思っているけどね……。むしろ、時間稼ぎにすらならずに瞬殺すらありうると思っているくらいだよ。せめて僕らが無事に下山、もしくはガル爺達の意識が戻るくらいまでは頑張って欲しいね」


 ヴィノンがさらっと俺の考えが甘いという意見を返してくる。

ヴィノンの中では完全にセルヴォディーナ達の生存の目はない前提みたいだ。


「ピリカも雑魚勇者に勝ち目はないと思うな」


 ピリカがそういうのなら、セルヴォディーナ達はもうダメなんだろうな。


「だったら、ピリカから見てセルヴォディーナ達はどこまでやれると思う?」


「さっきも言ったけど、あんな強引なやり方で肉体の再構成なんて不可能だよ。ラライエに生きる生命としての枠組みからは逸脱しちゃってるから…… あんなんじゃ、シュルクも長く生きられないし、すぐに力を完全に出せないはず…… そこに付け込んで腕の一本でも切り飛ばしてくれたら雑魚にしては上出来ってところだよ」


 !!


「ちょっと待て、ピリカ…… 封印から出てくるシュルクは長く生きられないのか?」


 アルドも気付いたか。

ピリカの言葉に即座に反応してツッコミを入れる。


「そりゃそうでしょ。失った血や臓器を異種族である人間の血肉で補ってるんだから…… 拒絶反応だって洒落になっていないはずだよ……。そんな自壊のカウントダウンが始まっている(けが)れに汚染された怪物の肉体に無理やり(けが)(まみ)れの魂を定着させるなんてね。 想像を絶する苦痛のはず…… まともな思考じゃないよ」


 封印から這い出てくるであろう、シュルクの成れの果てがどんなものなのか…… ピリカなりの仮説を披露してくれた。


 そうか、アレには活動限界があるのか。

だったら、完全な詰みというわけでもないかもしれない。


「ピリカ、シュルクが活動限界になるまでの時間はどのぐらいだとみている?」


 現状、最も重要で最も知りたい本命の質問を投げかけてみる。


「それはわかんないね。崩壊し続ける肉体の苦痛に魂がどこまで持ちこたえられるかだよ。シュルクの根性次第としか…… 三分で死ぬかもしれないし、三日かもしれないし…… 案外三ヶ月以上踏ん張るかもね」


 ピリカがあまり参考にならなさそうな答えを返してくる。

だが、封印の裏側で死んでなお、怨念…… というか執念か?

地脈を(けが)れで汚染し続け、封印の外側に獲物を捕らえて外側から封印を破壊させるデストラップの術式を構築するなんて……。

そんなぶっ飛んだことを二千年以上かけて仕込むような奴が、苦痛に耐えきれずに三分で死ぬか?


 まぁ、まず無いよな。

あれの活動限界までの時間はそれなりに長いと思った方がよさそうだ。


「ハルト、逃げることにするのなら、早くこの大陸から出る方がいいよ」


「え? なんでだ?」


「あれが内部に溜め込んでいた魔力(マナ)(けが)れの感じだと、仮にシュルクがあの身体で一週間生きたとすれば、この国の西半分は更地になるかも……」


「……マジかぁ」


 ちょっと俺のシュルクに対する戦力評価が低すぎたみたいだ。

アルの一族が代々封印し続けてきたような奴だからな。

確実にペポゥ以上に厄介だろうとは思っていたが、そういう次元じゃないかもしれない。


「ちょっとハルトきゅん…… 精霊ちゃんの言葉はさすがに盛り過ぎじゃ……」


「もちろんピリカは最悪を想定すれば…… ということで言ってるだろうさ。だけど、こういうのはその最悪を見積もっておいた方が良いんじゃないのか?」


 俺はピリカの言葉を全肯定するという意味を込めて、こう返答しておいた。



 ドオオォォォン!


 !!


 不意に背後から鈍い振動と共に、音が響いてくる。

日本で夏場によく聞いた打ち上げ花火の音に似ていなくもない。


「始まったな」


 アルドが短く、端的に状況を伝えてくる。

これはどっちの攻撃だ?

セルヴォディーナ達か? それとも……。


 ここまで音が響くということは、それなりに大きい破壊の力を行使しているよな。

同じ勇者でもセラスやガル爺が戦っている時は、こんな派手な音や爆発は出なかった。

勇者の戦い方にも色々あるということなんだろう。


「少しでも長く時間を稼いでくれよ…… この時間がそのまま君たちの命の価値になるんだから…… 安売りはしないで、精々高くシュルクに売りつけて欲しいね」


 先頭を走るヴィノンがそんなことを口走っている。

このチャラ男…… 結構冷酷な決断を即決したと思う。

しかも連中、死ぬと分かっている殿(しんがり)を押し付けられたというのにそれを承諾するなんて……。

やはり、こいつにはまだまだ俺達が知らない何かがありそうだ。

少し怪しいと感じなくもないが、今の俺はヴィノンの決断に乗ることにした。

俺の最優先はこの異世界でピリカと平和に過ごすヒキオタライフだからな。

可哀想だとは思うが、ヴィノンの判断に異を唱える程の義理はセルヴォディーナには無い。

もっとも、殿(しんがり)をアルドに押し付けるようなマネをしたら、こいつをぶちのめしてでも阻止するけどな……。

ヴィノンもそのあたりは俺の心情を読んで、セルヴォディーナのパーティーを残したような気はする。


 ……。


   ……。


 各々が身体を強化状態で山を駆け降りはじめてからそろそろ30分だ。

俺の【ブレイクスルー】はそろそろ効果が失われる。

日々の鍛錬は欠かしていないから、今の身体機能はちょっとしたアスリートに肉薄しているぐらいはあるだろう。

それでも俺自身の肉体は一般的な日本人の範疇に収まっている。

だから術式の効果が切れれば、とてもアルを担いで走ることなんて出来ない。

効果が切れる前に【ブレイクスルー】を重ね掛けしておこう。

俺はポケットから次の術式を取りだして発動させた。

【ブレイクスルー】の連続使用は筋肉や骨格にダメージや疲労を限界以上に蓄積させる。

それを抑えるにはこのタイミングでピリカに回復魔法をかけてもらう必要がある。

ピリカもそこは理解しているので、何も言わなくても回復術を俺に使ってくれた。


 アルドとヴィノンの二人のバフ効果はいまだに継続中だ。

しかも、魔法の効果が消失しても俺のように筋肉痛で動けなくなったりすることは無い。

これはやはり、ラライエの人類と地球人である俺との大きな違いなのだろうと思っている。

ピリカが言うところの魂そのものの造りが違うことによる魔力(マナ)の親和性の差異から来るものなのか。

それとも、体の作り自体が生物として別物なのか…… そこは分からないけどな。


 そんなことを考えながら走っていると、登山道の入り口まで戻ってきた。

いつの間にか、やや緩い目の勾配だった地面が平坦なものになっている。

どうやらセルヴォディーナ達は相当に頑張ってくれているようだ。

ピリカもヴィノンもまだ、シュルクの接近を感知していない。


「ハルト、前から何か来るよ」


 ピリカの声に俺とアルドは少し警戒したが、ヴィノンがそれを制する。


「二人共、大丈夫…… 敵じゃなさそうだよ」


 ヴィノンの声に合わせて武装した二人の男が視界に入ってくる。

こいつらは確か…… オルタンシアさんの護衛として湖畔の屋敷に来ていた冒険者だったか……。


「見つけた。追いついたみたいですぜ」


「そうですか。山に入るまでに見つかってよかったです」


冒険者に続いてオルタンシアさんが姿を現した。


「シアさん、こんな所までどうしたんだい?」


 意外なところで意外な人に会ったが、ヴィノンは一切警戒していない。

彼女たちは信用できるということなのだろう。


「皆さんが出発した翌日、ガシャルさんのパーティーが後を追うように山に向かっていきました。ただ…… セルヴォディーナ様のパーティーを伴っていたのが気になって…… 勇者様とはいえ、セルヴォディーナ様達に【セントールの系譜】の真実を開示することは認められていなかったはず。……それが気になって」


 なるほど…… 疑い出せば際限なくガシャル達の行動が怪しく見えて来て後を追ってきたというわけか……。

そんな話を聞いても全く動揺していない所をみるに、この二人も護衛の冒険者だって触れ込みだったが、実の所はオルタンシアさんと同じように連盟の息が掛かっているんだろう。


「シアさんも中々いい勘してるね。お察しの通りさ……。 ガシャル達がやらかしてくれたよ」


 ヴィノンがオルタンシアさんの慧眼(けいがん)を素直に褒める。


「えっ? それってどういう…… それに、ガルバノ様とアルエット様は一体……」


 俺とアルドに担がれて意識のない二人の様子を見て、オルタンシアさんは動揺の色を隠せないでいる。


「うっ…… くっ、こ…… ここは……」


 アルドの肩に担がれているガル爺が意識を取り戻した。

それに気付いたアルドはガル爺をゆっくりと降ろした。


「んっ…… ううん…… え? あれ?」


 アルも続いて意識が戻ってきたようだな。


「気が付いたか…… だったら、降りてくれないか?」


「あ…… ハルト…… ここって…… はわぁぁっ!」


 俺に担がれていると気付き、急に暴れたせいでアルは一回転して背中から地面に落下した。


「あいたたた…… なんなのよ…… もう……」


「二人共、大丈夫か? 体に異変なんかはないか?」


「うむ……」


 ガル爺が軽くストレッチのような動きをして体の具合を確かめる。

どうやら平気そうだ。


「さてと…… 二人共、何があったのかどこまで覚えている?」


「え? えっと、ガシャル達がシュルクの封印の所までやってきて…… 奇妙な詠唱で封印を…… !! ねぇ、まさか……」


「ああ、封印が破られて中からシュルクが這い出て来ている」


 隠し立てしたところで状況は変わらない。

オルタンシアさん達も来ていることだし、丁度いい。

俺はあそこであった事を包み隠さず、全て聞かせることにした。

 なんとか一週間投稿なしの事態だけは回避できました。

来週はできるだけ二話投稿したいものです。

 よかったら、ブックマーク・評価・いいねいただけると嬉しいです。


 引き続きよろしくお願いいたします。

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