二百九話 ……え? こいつ何言ってんの?
「……よし、引き返そう」
「えっ? ……なんで? ここまで来ておいて?」
アルは少し食い気味に抵抗してきているが、他の三人は頷いているので同意してくれているようだ。
三人それぞれに思惑は違いそうだけどな……。
とりあえず、ただ一人反対してきているアルを説得するか。
「今回ここに来て得るものが何もなかったわけじゃない。穢れの原因がここなのは確定と思っていい。それに、シュルクがもう生きちゃいないのも俺の中では確定だ」
「僕はそこまで確定と思ってるわけじゃないけどね。でも、シュルクがもう生きていないと判断できる材料が増えるのは歓迎したいね」
ヴィノンは自分なりの考えを伝えてきた。
「しかし、いいのか? ハルトの目的は封印の向こう側の穢れをどうにかすることなんだろ?」
「そ、そうよ。穢れが何とかできなかったらハルトはここを出ていくんでしょ? そうなったら私……」
「まぁ、そうなんだけどな。見た感じ、この封印が今すぐにどうこうなることは無さそうだ。むしろ、よくわからないままでいらんちょっかいを出す方がマズいかもしれない。ひとまず、次どうするのかじっくり考えてから準備を整えて出直した方がよさそうだ。今回は確認するだけだってのはガル爺との約束でもあるからな」
ガル爺も無言で頷いている。
心配しなくてもちゃんと約束は覚えているって。
俺はこの世界にとっては余所者だからな。
こいつに手出しするときは、ちゃんとあんたを説得して筋を通しから動くから心配しなさんな。
「じゃぁ、別に穢れのことを諦めるわけじゃ……」
「どうにもならないとわかったらそうするけどな。まだ、そうと決まったわけじゃないだろ?」
「そうよね…… そういうことなら……」
アルも納得したようだ。
「そういうことで、今日の所は撤収しよう」
全員が引き返そうとしたとき、俺達が来た方向から複数の人影が姿を見せた。
あれは…… ガシャル達か……。
それだけじゃないな、なんか見た顔ぶれがついてきている。
たしか、勇者セルヴォディーナのパーティーだったか……。
「ガル爺…… 耄碌したな。こんなどこの馬の骨とも知れないようなガキどもをここに連れてくるか……」
「ガシャル…… お前がそれを言うのか? アルを見捨てて己の責務を放棄したのは貴様が先だろう」
「はっ! もはや未来のない護る意味があるのかさえ分からん封印よりも俺自身の命を取るのは当然だろうが! 俺は次期エーレの長で勇者になる男だぞ!」
まぁ、エーレの村長は世襲制みたいだし自動的に村長の座は転がり込んでくるのだろうけど……。
勇者の方はどうなんだ?
素手の俺に圧倒されているようじゃ厳しくないか?
俺が始末した序列402番のセラスにさえ勝ち目が無さそうだけどな。
「で、後ろの連中は何だ?」
「【裂空剛拳】のガルバノ…… 初めまして。私はセルヴォディーナ…… 連盟に名を連ねる勇者で序列は198です」
『まぁ、ザコだね』
ピリカが俺にだけ分かるよう、日本語で辛辣な感想を伝えてくる。
ピリカさんにとってザコではない認定水準ってどこになるんだ?
多分、ガル爺は雑魚じゃない認定のようだが……。
ガル爺のことは【クソ勇者】って呼んでいる。
雑魚呼ばわりしていないということは…… そういうことなんだろう。
俺としてはこれ以上、ピリカにとってザコじゃない認定の奴とは関わりたくないものだ。
敵でも味方でもな……。
「ふん、で…… お前さん達は何でガシャルとここに来た?」
「彼からの依頼です。自分たちの護衛…… そして長きにわたる封印とこの森に蔓延る魔獣共の問題が解決できるかもしれない。もし、自分がそれを成し遂げられるなら、勇者である私に見届けて欲しいと」
なるほど…… アルから俺達のこと聞いてからこっち、あわよくば漁夫の利でおいしい所をかっさらえないかチャンスを伺っていたのか……。
「まぁ、そういうこった。こいつには強化聴覚の固有特性があるんだ」
ガシャルがパーティーメンバーの一人を指さしてそう言う。
「聞いたぜ……。シュルクは封印の中でくたばっているんだろ? そして、魔獣が寄ってくる原因も封印の裏側だってな」
「私としては、シュルクが討伐ざれずに封印されていたという方が驚きでしたがね…… ずっと勇者セントールに討たれたと伝えられていましたから……」
勇者でさえ知らなかったとは……。
本当に封印のことを知っているのは一部の限られた人間だけみたいだな。
「ガル爺…… あんた達はもう引き返すんだろ? 良いぜ。あとは俺達に任せておきな。封印をぶち壊してシュルクがくたばっていることを確認して、穢れ…… だったか? そいつの発生源もぶっ壊して俺様がエーレに新しい平和をもたらしてやるよ。 この功績で俺も晴れて勇者認定ってわけだ」
……え? こいつ何言ってんの?
俺達の話を盗み聞きしていたんだろ?
「ちょっと待て! お前達、俺達の話を聞いていたんだろ? このまま進めば……」
「あそこの染みが発動して死ぬってか? んなわけあるか! あれはなぁ、俺が生れる前からずっとあそこにあんだぞ! 先週、俺達が下見に来た時も何ともなかった。残念だったな…… そんな見え透いた脅しは通用しないんだよ!」
!!
なんだと…… ということは、この術式はこの一週間以内に完成したばかりということなのか?
だとしたら、この一週間の間にこの術式を完成させたのは誰なんだ?
猛烈に嫌な予感がしてきた……。
「ハルト…… 今のガシャルの話は本当なのか?」
アルドも気付いたか……。
「わからん…… けど、本当だとすれば色んな意味でヤバいぞ」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる。もう、お前らは帰っていいぞ」
ガシャルとそのパーティーメンバーは俺達の横を堂々と通り抜けてずかずか先に進んでいく。
「おい待て! マジで死ぬぞ!」
俺の警告に耳を貸すことなくガシャル達は歩を進める。
勇者セルヴォディーナ達は俺達の少し後ろでガシャル達の行動を見ている。
「おい! ガシャル達を止めろ!」
ガル爺がセルヴォディーナ達にそう命じる。
「しかし、私たちへの依頼は彼らが成すことを見届けて、その成果を正当にギルドと連盟に伝えることで……」
「馬鹿者! お前たちはこの大陸が滅亡する瞬間を指くわえて見ていただけの史上最悪の勇者として名を遺すかもしれんぞ!」
ガル爺がセルヴォディーナ達を叱責する。
「え? まさか…… そんな……」
仕方がない…… このまま放置はできん。
俺はポーチから【フルメタルジャケット】の術式を取りだす。
術式の有効射程外に行ってしまう前に、ガシャル達の足を撃ち抜いて力ずくで止めるしかない。
すぐ横でヴィノンがブーメランを手にしている。
ヴィノンも同じ考えのようだ。
下手したら罪に問われるかもな……。
脳内PCがガシャル達の足へのロックオンを完了する。
俺が術式を発動しようとしたとの時……。
前方の鉄錆の術式から赤い影が四本、超スピードで伸びて来てガシャルとそのパーティーメンバー三人を刺し貫いた。
「がっ!」
「ぐっ!」
ガシャル達は低いうめき声をあげて立ち止まる。
あれは一体…… あれがこの術式の効果なのか?
「グカッ……」
「アガガガガッ! ひぎっ!」
「な、なんだてめぇ! 勝手に入ってくんじゃねぇ…… あがぁっ!」
全員、意味不明の言葉を口走ってブルブルと小刻みに震えている。
次の瞬間、空中に三層構造の赤黒い術式が浮かび上がった。
「なんだ…… あの術式は……」
積層構造の術式は複雑で俺の理解の外側だ……。
人間である俺は紙に術式を記述するしかできないので、積層構造の術式を行使できない。
「うわぁ…… マジかぁ…… こんなの思いついたからって普通実行しないよ……」
俺のマネかな?
ピリカさんがこの術式に【1マジかぁ】を進呈している。
それ程か…… この術式。
ピリカの反応を見る限り、空中に術式が顕現したことでこれの全容が理解できたみたいだ。
「ピリカ…… あの術式は……」
「あれはシュルクの仕込みだよ……。 絶対に超えちゃいけない一線を踏み越えたね……。 シュルクの怨念を形にしたもの……」
ピリカの口から嫌な言葉が紡がれる。
「ふフフふっ! やっタぞ! セいこウだ!」
ガシャルのパーティーメンバーの一人がぎこちない口調で口走る!
「よシ! いくゾ!」
そのまま猛ダッシュで封印が刻まれている崖の壁面に向かっていく。
そのまま、崖の壁面に全身で張り付くと詠唱を始めた。
「ベテニテエテノシエヲゼトイノハカシツヨッタフズソスシヲイニク!」
なんだあの詠唱は?
俺のデータベースには無い呪文だな。
呪文の効果はすぐに現れる。
詠唱した男の体がボコボコと不自然に膨らんで、その体積が倍以上に膨張している。
服や装備は弾け飛び、端から見れば巨大な肉の塊と化している。
そして……
ドゴオォン!
冒険者がそのまま爆散した。
崖の壁面やあたり一面に血肉をまき散らせて、酷い光景になっている。
「んなっ!?」
「まじかぁ……」
あまりの光景にここにいる全員が言葉を失ってしまっている。
壁面に刻まれている封印は爆発の直撃にも耐え、その封印を維持しているみたいだ。
さすがは、ガル爺とアルの魂で支えられている封印といったところか……。
「フむ…… さスガにがんジョウだナ」
「なラ…… つギだ……」
「いくゾ!」
ガシャル達は爆散した仲間を見ても動じることなく訳の分からない会話を交わしている。
「あいつら…… 目の前で仲間があべしったのに何言ってるんだ?」
「無駄だよ…… あいつらはとっくに死んでるから……」
俺の質問にピリカが端的に状況を教えてくれる。
「あの赤い影が刺さったときか?」
「そうだね、あの時に魂が術式に喰われて即死してるよ。今のあれはシュルクの怨念に突き動かされている生きたロボットだよ」
なんだそれは……
この状況は最悪じゃないのか?
「うおオヲオぉーーっ!」
ガシャルを含む残った三人が一斉に封印に向かって猛ダッシュをかける。
足元に散らばっている血肉を踏み越えて全員が封印が施された壁面に張り付いて詠唱する。
さっきの男が唱えていたものと同じ呪文だ。
「ベテニテエテノシエヲゼトイノハカシツヨッタフズソスシヲイニク!」
「ベテニテエテノシエヲゼトイノハカシツヨッタフズソスシヲイニク!」
「ベテニテエテノシエヲゼトイノハカシツヨッタフズソスシヲイニク!」
全員が同時に呪文の詠唱を終える。
同時にボコボコと膨張して、程なく爆散した。
ドゴオォン!
三人同時に弾け飛んだ衝撃はさっきの比ではない。
100m近く離れているここまで、空気の振動と共に衝撃が伝わってきた。
これは…… マズいんじゃないのか?
「うぐっ!」
「あうっ!」
突然、ガル爺とアルが短いうめき声と共に倒れた……。
「おい! 二人共 ……どうしたんだ?」
二人に声を掛けるが返事はない。
死んではいないようだが、意識を失っている。
「ハルトきゅん! 封印が……」
ヴィノンの指し示す先は……。
血塗れの封印が刻まれた壁面がガラガラと音を立てて崩れ落ちるのが見えた。
2000年以上の間、解かれることのなかったシュルクの封印が破られた瞬間だ。
週明けまでに何とか一話投稿できました。
誤字報告ありがとうございます。とても助かります。
一応、投稿までに見直してはいるのですが、人間一人の目だと
びっくりするような誤字を見落とすしたりするので……。
他の人の目はありがたい限りです。
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