二百八話 このまま進んだら俺達は【確実に死ぬ】って事だ
「ピリカ、こいつの影響範囲がわかるか?」
「ここから見ただけじゃ、ちょっとわからないね。でも、標的が射程に入ったら即座に発動するタイプだと思う。今無事ならここはまだ安全だから、これ以上近づかないほうがいいよ」
さらっと、怖いことを言ってのけるピリカさん。
「そうか、だったら……」
俺はスマホの電源を入れてピリカに手渡す。
「ちょっと上から、この術式を撮影してきてくれないか?」
「ん? いいよ」
ピリカはスマホを手にふわりと上昇を開始する。
「今の距離を保って絶対に術式の影響範囲に入るなよ!」
本人も分かってはいると思うが、念のため高度を上げ続けるピリカに声を掛けておく。
ピリカはにこやかに手を振って了解の意を返してくる。
「全員、迂闊に進むなよ。俺が立っている場所よりも後ろは安全みたいだからな」
「ねえハルト…… これって本当にそんなに危険なものなの?」
俺のすぐ後ろからアルが視線の先に拡がっている円形の赤い染みを見つめて声を掛けてきた。
「それを確認するのはピリカが戻ってからだな。それまでは下手に触るわけにはいかない」
「でもさ、あの鉄錆の染みはガル爺が生れる前からずっとここにあったんだよね? ハルトきゅんの考えすぎじゃないのかい?」
「さっきも言ったけど、八年前は未完成の状態だったんだろうさ。ピリカが【いつでも発動できる】と言ってるなら、今のこいつは間違いなくそういう状態だ」
俺がピリカの言葉を疑うことは絶対に無い。
下手に進んで不要なリスクを引き込む選択は愚の骨頂というやつだ。
ただでさえここには目に見えないリスクだって存在している。
もし、この土壌が放射能やタチの悪い毒物に汚染されていた場合、ここに突っ立っているだけでも十分危険だ。
とにかく、今は目に見える危険要素を潰していくことにしよう。
数分経って、ピリカが戻ってきた。
「ハルト、戻ったよ!」
ピリカがスマホを俺に返して俺にぴったりとくっついてくる。
Bluetoothでスマホと脳内PCを接続してピリカが撮影してきた映像データを吸い上げる。
これで地面に浮き出ている鉄錆で描かれている術式の全容がわかるはず……。
「ハルト、そのスマホとかいうアイテムを使えば俺達にもあれが見えるんだろ?」
「ちょっと僕達にも見せてよ。さすがに気になるからさ」
アルドとヴィノンがそう言って迫ってくる。
二人は俺が電子機器のデータをスマホの液晶画面で再生できることを知ってしまったからな……。
当然喰いついてくるか。
仕方がない…… 今更隠すような事でもないしな。
俺が脳内PCで再生している映像をスマホの液晶画面にも表示するように設定してスマホをアルドに手渡してやった。
「わっ、すごいね。初めて見たけどこれがハルトの固有特性なんだ」
「便利なものだな。戦闘向きではなさそうだが……」
後ろからアルドの手にあるスマホを覗き込んできたガル爺がそんな事を言う。
いや、そうでもないぞ。
俺の脳内PCは充分に戦闘の役に立つんだぜ。
役に立つどころか、こいつが無かったら今、俺は生きていない。
誇張抜きで脳内PCは俺の生命線だ。
こいつの全容はピリカ以外の誰にも明かすつもりは無い。
「確かに巻物に書かれている魔法陣に見えなくもないけどさ…… これは本当に何らかの効果が発動する魔法なのかい?」
ピリカが空撮してきた鉄錆の術式の影像を見て、ヴィノンが率直な感想を口にする。
他の三人もヴィノンの意見に同意といった顔つきだ。
とにかく地面に浮き出ている魔法陣をわかる範囲で読み解いてみることにする。
「えっと ……何だこれ?【死の影】【血の浸食】【爆縮】【贄】? ……意味不明なんだが…… だけど確実に殺意マンマンの記述が見え隠れするぞ」
「魔法陣の内容が理解できる人間をわしは小僧以外に知らん……。くれぐれもここにいる人間以外には知られるなよ」
それは充分にわかってるよ。
本当にマズいと思ったら、全てを放り出して【ポータル】でピリカと緑の泥にある自宅に転移して二度と出て来ないつもりではいるからな。
「残念ながら俺には、相当危険な気配のする術式だってことくらいしか分からないな。ピリカ、お前から見てどうだ? これの正体はわかるか?」
ここは素直にピリカの意見を聞いてみることにする。
「ごめんねハルト。これだけじゃ、この術式が何のためのものなのかはちょっとわからないよ」
おっふ…… ピリカさんにもわからんほどの術式か。
「この術式は積層構造の術式だから…… 地面に見えている術式は一番上層の一部分だけだよ。きっと土の中にもっと多くの術式が最低でも二層は存在しているはずだよ」
まじかぁ……
「そうか、これは本格的にマズい気がするな……」
「うん…… 人間が何の備えもなくこの術式の効果範囲に入ったらまず助からないと思う」
「少なくとも、青く光って全回復してくれる【セーブポイント】なんかではないって事か」
「……だね。むしろ踏み込んだら強制イベント発生でパーティーメンバーを失うことになりそうだよ?」
俺のネタ振りに、ピリカさんが変な例えで返してくる。
もちろん真性オタの俺には十分すぎる程に理解できる表現だが……。
「【セーブぽい?】【強制イベ……】ね? それって何なの? 結局どういうこと?」
俺とピリカの会話の内容についてこられていないアルが、自分にも理解できるように説明を求めてくる。
「ああ、すまない。結論は簡単だ。このまま進んだら俺達は【確実に死ぬ】って事だ」
「ハルトきゅん…… それ、本気で言ってるのかい?」
「ああ、マジだ」
「俺はピリカがハルトに嘘をつくところを見たことがない。ピリカの話を聞いてハルトがそういうのだったら本当なんだろう」
アルドは俺の説明を素直に受け入れてくれる。
「そう ……なんだ」
アルのテンションが一気にトーンダウンする。
自分の魂を縛る術式を目前にこんなヤバい物で足止めされれば、気持ちはわからなくもない。
「……で、これからどうする?」
冷静に状況をみていたアルドが次に打てる手があるのか聞いてくる。
そうだな…… 実際問題、どうしたものかな。
『ハルト…… 少し離れてついてきていた人間たちが追いついてきたよ。どうする?』
ピリカが日本語で俺に招かれざるお客がここに来たことを教えてくれる。
きっと俺達をこっそり監視していたガシャルに雇われた斥候の冒険者だろうな。
俺はもちろんピリカに言われるまで気が付かなかったわけだが、ヴィノンとガル爺は気付いているようだ。
ガル爺に至っては気付いていながら泳がせているように見える。
なら、こいつ(等)はもうしばらく放置して出方を伺うとしよう。
「ハルト、どうしたの? ピリカがヘンな言葉で何か言ってるけど……」
「ん? ああ、すまない…… なんでもない。それよりピリカ、あそこに封印されているシュルクが今も生存しているのか…… ここから判断できないか?」
わざわざこんな所まで来た大きな目的の一つだ。
アルとガル爺のためにもこれは確認しておきたい。
ピリカは真剣な眼差しで崖の壁面をしばらく見つめている。
おそらく精霊特有の感覚で封印を探っているんだろう……。
「生物としての物差しで生死を判断するなら、間違いなく生存していないって断言できるよ」
「?? なんかピリカにしては引っかかる言い方だな?」
「前にも言ったけど、いくら魔族が強靭な種族でも水も食事もなしで2000年以上も閉じ込められて生きていられるわけがないって事」
まぁ、そりゃそうか。
俺だったら三日持たない自信がある。
「だったら、何でそんな言い回しになるんだ?」
「うん、ただ…… 感じるんだよね。シュルクの魂の存在…… 封印術式のせいで魂があそこから抜け出せずに輪廻の輪に戻れないだけだとは思うんだけど……」
「精霊ちゃんには何か気になることがあるのかい?」
「あの封印って肉体を喪った魂すら縛る程に強力じゃなかったような…… ピリカが組んだ術式じゃないから確信はないんだけどね」
これって、フラグじゃないよな?
俺の思い過ごしであって欲しい。
とにかく今時点でわかった事は三つだな。
・シュルクはすでに生きている状態ではない。
・魂は今も封印の中に縛られているっぽい。
・このまま考えなしに前進すれば、地面に浮かび上がっている不気味な術式が発動して俺達は確実に死ぬ。
さて ……どうしたものかな。
なんとか週半ばに一話投稿できました。
なんとか日曜の夜に次を投稿したいところですが……。
全然投稿出来ていなかったのにブックマーク切らずに
いてくださった皆様、ありがとうございます。
可能な限り頑張って投稿続けますので
今後ともよろしくお願いいたします。




