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二百七話 この状況はいい予感が全然しないな

 平和でブラックな社畜ライフを過ごす日々が続く。

気が付けば勤続年数も十数年……。

我ながらよく続いたもんだと思う。

同期でこの会社に入ってきた連中はもはや誰も残っていない。

多分、早々にここを出て行ったあいつらこそ正しい選択をしているのだろうな。

自分でも世渡りが下手なのはわかっている。

この年齢になるともはや好条件での転職もままならい。

この期に及んで給与面での好待遇に執着はしていないが、せめてもう少し自分の時間を取れる環境は確保したいものだ。

このままでは時間の経過とともに積みアニメ、積みゲームが増え続ける一方だ。


「おはようございます! なんか昨日の九州の地震、すごかったみたいっすね」


 もはや新人とは呼べなくなった後輩の藤村がのほほんとした空気を纏って出勤してきた。


「ああ、どうなんだろうな……。震源は阿蘇だっけ?」


 五年前、甚大な被害を出した東北の震災の時には俺の会社に災害派遣依頼のお声はかからなかった。


「まぁ、さすがに九州は遠すぎるし、あまり気にしなくてもいいだろ」


「大山さん…… それって、フラグってやつじゃないんスか?」


「おうっ! 二人共もう来てるか、準備してすぐに九州行ってくれ。父犬モバイルの白河センター長から依頼が来た」


 事業所長である俺の会社の部長が事務所に入ってくるなりそうぶっ込んできた。


「ほらぁ、大山さんがイラん事いうから……」


「うるさい! さっさと父犬モバイルに依頼内容確認しろっての!」


「……っス!」


 藤村が事務所の受話器を取る。





 8月2日


 屋敷にボル車を残して徒歩三日。

モルス山脈の登山口まで来た。

何かあれだな。

大層に代々【セントールの系譜】によって護られているとかいうから、強固な結界に守られているとかあるかと思ったのだが……。

全然そんなことも無かった。

目前にただ登山道が伸びているだけだ。

日本の登山道なんかだと入口に入山届を投函する箱が置いてあったりするものだが、そういったものも見当たらない。

セキュリティはガバガバどころか全く無い。


「あのさ…… これって誰でも簡単に山に入れるんじゃね?」


 当然の疑問をガル爺にぶつけてみる。


「そうじゃな。こんなデカい山をわしらだけで侵入者から守ることなどできるわけなかろう」


 ああ、もうそこは諦めるスタンスか……。


「人類の歴史認識じゃシュルクは勇者セントールに討たれていることになっているからね。そもそもシュルクが今もここに封印されていることを知る者が殆どいないよ。それこそが最大の守りというわけさ」


 ヴィノンがガル爺の言葉をそう補足する。


「魔物や魔獣が出る森に踏み込んで、何もない山にわざわざ入り込むもの好きはそうそういないということか」


 アルドもヴィノンの言いたいことを理解したようだ。


「そゆこと。あとは森の魔物や魔獣が封印にちょっかいを出さないように狩る。それこそが……」


「【セントールの系譜】の使命というわけか」


「そうだね。そしてエーレは流通の要衝だから自然と冒険者も集まりやすい。彼らの魔物の間引きは街道の安全を確保すると同時に封印を護ることにも一役買っているんだよ」


 何も知らずにエーレに集まってくる冒険者たちのコントロールを連盟と共同で行っていたのが勇者セントールの仲間の末裔である村長の一族というわけか。

何となくエーレの歴史変遷みたいなものが見えてきた気がする。

村長の一族は封印に近付きそうな魔物を積極的に狩るように依頼の傾向を操作する。

その依頼を受けて森の魔物や魔獣を狩って冒険者は報酬を得る。


誰も損をしていないみたいだし、ひとまずはWin-Winの関係を築けるうまいやり方なのかもしれない。

しかし、2000年以上も連綿と続いているとガシャルみたいなプライドと承認欲求の皮が突っ張った奴も出てくるか……。

今まではそれでもうまく封印を維持して来られたんだろう。

だが、今回ばかりはマズい気がする。

世界的な少子化の影響で【セントールの系譜】はガル爺とアルを残すのみになっているからな。

血統を繋ぐことが出来る者という観点で言えば、残っているのはアルただ一人と言ってもいい。

事実上、最後の【セントールの系譜】ともいえるアルを見捨てるような奴が、次期村長とはな。

余所者の俺が干渉することじゃないのかもしれないが、この国に暮らす人類はここいらがシュルクの封印のケジメとつける時なんじゃないのか?


「問題なく山に入ることが出来るなら早く行こう。とにかく、その封印がどうなってるのか確かめてしまいたい」


「うむ、そうじゃな」


 ガル爺の先導で、山脈の中でも一番大きい山へと俺達は足を踏み入れていく。



 ……。


   ……。



 山に踏み込んで一時間程、けもの道と見分けがつかないような山道を進む。

裾野の広さは日本の富士樹海に匹敵しそうな勢いだ。

ただ、アニメなんかに良くある【迷いの森】的な方向感覚を狂わせるとか、そんなものは特にない。

脳内PCは正しく俺達が進んできたルートを記録してくれている。

これなら次からは道案内無しでも迷わずに来られそうだ。



 ……。


  ……。


 山に入って3時間弱ぐらいかな……。

多分、この山の2合目を少し超えたぐらいの場所と思われる。

急に視界が広がった。


木々を切り開いて広い場所を確保してあるな。

これは…… 人の手が入っているのか?

地面は目立った雑草すらなく、直径200m以上の広さで土がむき出しの状態だ。

一番奥は切り立った山肌になっており100mを越える高さの崖になっている。


「到着だ……。あの崖に封印の魔法陣が刻まれておる」


 俺達の視界に広がる崖を指さして目的地に到着したことを知らせる。

ポケットのオペラグラスを取りだして視界の先の崖を確認する。

まだ距離があるせいでよくわからないが、崖の表面に何か大きな術式が刻まれているように見えた。


「なるほど…… あれか…… ガル爺、もう少し近づいても?」


「ああ、かまわん。ただし見るだけだ。余計なことは一切するなよ?」


 俺が頷いたのを確認すると、ガル爺は封印に向かって俺達の先導を再開する。


「あのさ、この広く切り拓かれたエリアってどうやって維持してるんだ? こんな山の深い所でこの環境を維持するのってかなり大変だろ?」


 これだけの広さの土地を雑草一本生えない状態で管理するのは並大抵のことじゃできない。

しかも、豊か過ぎる深い山の中でだ……。

一ヶ月も放置しようものならすぐに地面は雑草に埋めつくされるはず……。

俺なんてたった200坪の我が家の敷地の草むしりだけで、死にそうになっていたぞ。

芝刈り機や除草剤などの文明の利器に頼っても相当な重労働だったわけで……。

ここなんて直径200m以上だ。

地球なら高額な費用を支払って専門の業者に依頼しないとこれを維持するのは難しい。


「わしが知る限りここはずっとこんな状態だ。記録に残っている限り、過去数百年間は変わっておらん」


「まじかぁ……」


 それってヤバくないか?

それだけの時間、これ程の面積の土地が肥沃な自然環境下でペンペン草一本生えない状況が続くなんてことは……。

地球で考えられるのは、半減期が数百年単位の放射能のようなもので汚染されているか、何か局地的な毒物が継続的に流入しているのか……

いや、ここは魔法が普通に存在するラライエだ。

何か魔法的な要因である可能性は絶対に排除できない。


 いずれにしてもこの状況はいい予感が全然しないな。

俺の直感で判断するなら長くここに留まるべきではないだろう。


「ガル爺、前回ここの様子を見に来たのはいつだ?」


「八年ぐらい前だ。見た感じあの時と何も変わっておらん」


 八年前…… アルの両親が封印に接近してきた魔獣と戦って死んだときか。


「これが私を縛っている封印…… こんなもののためにお父さんたちは……」


 アルが崖の壁面に刻まれている術式を複雑な表情で見つめている。

そういえばアルもこの封印を直接目の当たりにするのは初めてらしかったな。

ここからでは、どんな仕組みでこの封印が構成されているのかさっぱりわからん、

俺ごときが見たところで何も解明できないかもしれないが、こっちにはピリカがいるからな。

ピリカなら、この封印の裏側で何が起こっているのか解明できる可能性は高いと思っている。

 何せ、ここはほぼ確実に(けが)れの流出元だ。

何もないなんてことは絶対に無いはずだ。


 俺達は足早に崖の壁面に向かって歩を進める。



 ……。


  ……。


 崖の壁面まであと50mぐらいまで来たところで、前方の地面に広がっている赤い染みが目に入った。

直径15mぐらいの綺麗な円形…… これはまるで……


「ピリカ…… あれってまさか……」


「ん? あ、本当だ。表面まで魔力(マナ)(けが)れも通っていない状態だったから気付かなかったよ」


!!


「全員止まれ! それ以上進むなっ!」


 全員が足を止める。


「ハルトきゅん…… 突然どうしたんだい?」


 地面に広がる赤い染みの正体は脳内PCが化学式で言えばFeO…… 酸化鉄だと分析している。

ただし、これは自然に地面に鉄さびが染み出ているものではない。

綺麗な円形をしていてその内側には魔法陣を形成している。


「これは魔法の術式だ…… ただの染みじゃない」


 パッと見ただけの印象だが、絶対にヤバい。

半端なく殺意に満ちた危険な物に見える。


「ガル爺…… こいつはいつからここにあった?」


「わしが初めてここに来たときには既にあったぞ。おそらく、数百年前にはあったと思うが……」


「そうか……。ピリカ、こいつはいつでも発動できる状態にあるよな?」


「あるね…… 発動条件を満たしさえすればいつでも発動するよ」


「過去にここに来ていた【セントールの系譜】が全員無事だったって事は…… この八年間の間にこの術式が完成したって事か……」


「絶対にこれ以上近づくなよ……」


 まずはこの術式が何なのか……。

それを知る前に、これ以上進むのは命に関わるレベルで危険なのは間違いなさそうだ。

 予想外の出来事に見舞われてしまい、

3か月近く更新を滞らせてしまいました。

申し訳ございません。


 妹の手術が無事に終わり、病理検査の結果も

望む結果を得られてようやく落ち着いてきましたので

投稿を再開します。


 体には一生消えない手術痕が残ってしまう

らしいけど、これで日常を取り戻せる……。

なら、兄貴はそれだけで十分だよ。

 妹に対して自分がこんなにチョロイン

だったとはついぞ知らんかったよ。


 ちょっとリハビリを兼ねてしばらくは

細々とした投稿になるかもですが、

今後ともよろしくお願いいたします。

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