二百二話 ひゃっほう! 異世界メイドキター!
7月6日
季節はすっかり夏の盛りになった。
地脈は川の流れに沿ってほぼ西方向に川のやや北側を上流に向けて進み、ついにモルス湖の東岸に到着してしまった。
「結構前からこうなるような気はしていたけどな」
光をキラキラと反射して眼前に広がる美しい湖面を見ながら、素直に思ったことを口にする。
「そうだね……。ハルトきゅんが調査を始めた頃は予想もしてなかったけどね」
俺達が今いる湖畔までは道が整備されていて、ボル車でここまで来ることが出来た。
そして目線の先には大きな家 ……というか、もはや屋敷と表現したほうがいい建造物が見える。
「こんな所に屋敷か……」
「あれはね、かつて勇者セントールが暮らしていた場所だと言われているわ」
「シュルクを封じた魔法の依り代はセントール自身の魂だからね。最初、封印はセントールの魂だけで支えられていたそうだよ。だからセントールは封印に縛られ、モルス山脈の封印から離れることが出来なかった」
そうか…… シュルクの封印を一人の魂で支える場合、あの屋敷が限界距離というわけか。
残された【セントールの系譜】がアル一人だけになったら、アルはあの屋敷で全ての人生を過ごさなければいけなくなるのか。
「それでもセントールは子共や孫に恵まれて、封印の影響が分散されたからね。晩年は国内の大部分の地域に移動できるようになっていたそうだよ」
そうか……。
だが、アルはどうだ?
アルド達の話では今ラライエは世界的に少子化傾向にある。
将来、この娘に良い伴侶が現れたとしても封印を繋ぎ得る子供が生れるのか?
漠然とした予感めいたものだが、このままだとアルが最後の【セントールの系譜】になってしまうような気がしてならない。
「今日はあの屋敷で休みましょ。屋敷は連盟が定期的に維持しているはずだから、いつでも使える状態になっているわ」
それで屋敷まではボル車が通れるほどの道が整備されていたのか。
俺の持っている地図には屋敷も道も記載されていない。
ということは、屋敷の存在はあまり大っぴらにはなって無さそうだな。
そういえば、セラスの拠点の維持管理も連盟がやっていたな。
勇者はやはり、この世界では相当に優遇されているのは間違いない。
アルエットの提案通り、今日はこの屋敷で休ませてもらうことにして、このまま屋敷に向かうことにする。
……。
……。
屋敷に近づいてくると、屋敷の前に馬車が停めてあって馬が四頭繋がれているのが見えた。
「ん? 屋敷に先客がいるんじゃないのか? これは…… 連盟のようだな」
アルドが止まっている馬車に刻まれている紋章を見て先客が何者なのか推測する。
アルドの推測通りだとすると、二頭で馬車を曳いて、あと二頭は馬車の護衛が乗ってきたものといったところか。
「ほんと…… そういえば今日だったかしら」
アルの口ぶりだと、先客は屋敷を維持管理するためにやってきた連盟の関係者だろうな。
ヴィノンがボル車を馬車と横並びに停めて、ボルロスを繋ぐ。
「ここの管理は連盟に任せちゃってるけど、屋敷は【セントールの系譜】の物ということになっているから、私たちはいつだって自由に使って大丈夫よ」
アルは持っている合鍵を取りだして、扉を開けようと手を伸ばす。
その鍵が鍵穴に差し込まれる直前…… 扉の方が先に開いた。
アルが解錠する前に中にいた人物が先に扉を開けたのだろう。
中から姿を現したのは、若い女性だ。
年齢は20代前半~中ごろぐらいだろうか。
青味がかった黒…… こういうのはネイビーブルーというのか、深い色合いの長い髪をしている。
服装はメイド服…… なんだろうが、これは何かが違うな。
俺が地球にいた頃、オタク街に多数出没していた通行人をカフェへと引きずり込むべく、手ぐすねを引いて待ち構えている萌え萌えメイドのような感じではない。
ああ、これは純然と機能性を考えて作られたメイド服だ。
そんな解り味を醸し出している。
ひゃっほう! 異世界メイドキター! ……なんて高揚感が全く湧いてこない。
これが本物のメイドさんというやつなんだろう。
落ち着いた物腰の美人さんだ。
「あら、アルエット様……。どうなさったんですか? こちらにお見えになるとは聞いておりませんでしたが……」
「こんにちは、オルタンシアさん。少しだけ久しぶりね。ごめんね急に…… ちょっとこっちに来る用事があったものだから、今日はここで休もうかなって思って……」
「左様でしたか。もちろん大丈夫ですよ。ここは【セントールの系譜】である、アルエット様とガルバノ様のお屋敷なのですから」
オルタンシアと呼ばれたメイドさんはにこやかに俺達を屋敷に迎え入れる。
屋敷に入るとオルタンシアの他に同じ服装のメイドが三人いた。
この女性たちが定期的に屋敷の維持管理のためにやってきているのだろう。
他に冒険者の男が二人…… きっとメイドたちの護衛だろうな。
そう考えると、外にあった馬車と馬の数の計算が合う。
「アルエット様がパーティーメンバーの方々と屋敷に滞在なさいます。私たちも予定を延長してアルエット様のお世話をいたしますのでそのおつもりで……」
集まって来ていたメイドや冒険者たちは黙って頷いた。
「ああ、なんか悪いね、シアさん……」
ヴィノンがオルタンシアをシアと呼んだ。
ヴィノンと彼女は知り合いなのか?
全くこのチャラ男の交友範囲はどうなってるんだ?
「問題ございません。これが私たちの仕事ですから……。 それにしても少し驚きました。ヴィノン様がアルエット様と同じパーティーメンバーになるなんて…… 少なくともあと三年はラソルトにいらっしゃるとばかり……」
「僕もそのつもりだったんだけどね。でも、僕は運命と出会ってしまったんだよ。仕方がないよ」
「ふふっ、左様でございますか。あなた様はそれでいいのかもしれませんね」
なんか、この二人の間でしか分からない内容の会話が成立しているっぽい感じがする。
「おっと、彼女のことをハルトきゅん達に紹介しておこうかな。彼女はオルタンシアさん。連盟の正規職員でこの屋敷の維持管理だけでなく、【セントールの系譜】であるガル爺とアルの主任担当なんかもやってるんだよ」
「初めまして、オルタンシアと申します。アルド様とハルト様ですね。ペポゥ討伐最大の功労者でいらっしゃると連盟より伺っております。お会いできて光栄です」
メイドたちが揃って軽く会釈をして、俺達に挨拶してくる。
「アルドです。ミエント大陸のケルトナ王国から来ました。よろしくお願いいたします」
「ハルトと申します。こっちは精霊のピリカ……。緑の泥の秘境集落出身なので、ご無礼あるかもしれませんが、そこはご容赦いただければと思います」
お互い簡単な挨拶を済ませると、オルタンシア以外のメイドたちと冒険者は各々の持ち場へと戻っていった。
「さて、それじゃここからは自由行動にしよう。オルタンシアさん、部屋に荷物置いたら軽く屋敷の周りを見て回っても?」
「それは構いませんが…… 場所が場所だけに運が悪いと魔物に遭遇するかもしれませんよ」
「お気遣いありがとうございます。ピリカが一緒なので大丈夫だと思います」
「大丈夫だよ! ピリカが一緒だもん!」
ピリカが俺の首にぶら下がって同意する。
「!! さ、左様でございますか。ここに来た際に護衛の冒険者たちがある程度、魔物は駆除していますが、お気を付けください」
オルタンシアさんは一瞬、驚いたような表情をみせたがすぐに平静を取り戻す。
あの表情はきっとピリカがしゃべったせいだろう。
人類の前で精霊が話をするのは超レアな光景のようだからな。
「それじゃ、私が案内してあげる。あんまり見るようなものもないと思うけど」
アルが案内役に立候補してくる。
ここは【セントールの系譜】の屋敷らしいし、アルがいる方が問題は起こりにくそうだ。
素直に来てもらうことにするか。
「わかった。それじゃ、お願いしよう。30分後にここに集合で……」
「うん! 任せてよ」
アルは嬉しそうに頷いている。
すいません……。
前回の投稿から約10日も空いてしまいました。
その間にブックマークが2増えました。
つけてくださった方、ありがとうございます!
今回は箸休め回と言っておきながら、一話が12000字以上ありました。
全然箸休めのボリュームになってなかったので、四話に分割します。
……というわけで、今回は四連投です。
このまますぐに次話投稿します。
多分、15分後ぐらいです。
引き続きよろしくお願いします。




