二百話 穢れの出所はひょっとして……
ピリカがあけた穴に全員でカルキノスの屍骸を次々と放り込んでいく。
殆どの屍骸は高温のガスでこんがり焼き上がっているので、食べられそうな気がしないでもないが、とてもそんな気分になれない。
そもそも、安全性も一切確認できていないものを口に入れるなど論外だ。
地球にだって、命に関わるような猛毒を持つ種類のカニはいたからな。
「ハルトっていつも魔物をこうやって埋めてるよね?」
「いつもじゃない。やれるときだけだ」
これだってピリカの魔法で即座に穴を掘って埋めることが出来るからやっているだけで、他の冒険者達はこうはいかない事はわかっている。
俺の自己満足に過ぎないのだが、できる後始末はやっておきたい。
アルドとヴィノンはもう慣れっこで、特に何も言わずにカルキノスを次々と穴に投げ込み続けている。
ピリカは穴から離れたところに散らばって転がっている屍骸を【ピリカキック】で次々と蹴り飛ばしていく。
綺麗な放物線を描いて次々とホールインワンを決める。
ものすごいコントロールだ。
地球の一流サッカー選手でもここまでの精度は出るまい。
86匹の屍骸も5人がかりでやれば、一人当たり17匹ぐらい……。
しかも大半は一か所に積み上がった状態だから、大して時間はかからない。
一時間もしないうちに全てのカニの屍骸は穴に放り込まれて、その穴もピリカの魔法で埋め戻されて、どこに穴があったのかもわからない程だ。
「さて、これで邪魔になりそうなカニが片付いたわけだが…… どうだ? 地脈は追えそうか?」
「うん、いけそう」
ピリカは川の方をじっと見て、答える。
「それじゃ、作戦通りにいこう。ピリカ、これを……」
俺はヴォイスチャットアプリを起動した状態のスマホをピリカに手渡した。
「それじゃ、アルド行こう」
ピリカとヴィノン、アルをこの場に残して俺とアルドは川を上流に向けて歩き始める。
すでにピリカが泣きそうな顔をしているが、そういう作戦なのだから仕方がない。
ほぼ24時間ずっと、俺と一緒にいるからそんなリアクションになりそうな気がしていたが……。
「ハルトぉ……」
まだ100mも離れていないのに脳内PCのヴォイスチャットアプリからピリカの声が聞こえてくる。
「まだピリカからも見えてるだろ? 大丈夫だから……」
「わ、本当にハルトの声が聞こえる。すごいね、この魔道具……」
スマホのマイクがアルの声を拾っている。
ペポゥの偵察時にドローンを飛ばした時は丘陵地帯という地形条件を加味して無線の有効距離を150mと想定していたが、今回は対岸方向に遮蔽は全くないし見通しもいい。
あの時よりもさらに電波は飛んでくれるだろう。
だが、これ程の好条件下でも無線LANの有効距離は精々200mといったところか……。
なんせ、日本の技適(技術基準適合証明)に準拠している純正品だからな。
違法に改造して出力上げればもっといけるとは思うけど……。
って…… ここは日本どころか地球ですらないんだった……。
日本の電波法、守らなくてもセーフだよな?
そんなことを考えているうちに、無線LANの電波は届かなくなって、ピリカたちの声は聞こえなくなった。
……。
……。
ここから500m程上流に行けば街道だ。
そこまで行けば、ボル車が余裕で渡ることが出来る程に大きな木製の橋が架かっている。
ピリカの【MPタンク】の有効範囲は3km……。
俺も魔法は問題なく使えるし、ピリカも魔力の繋がりで俺の存在は知覚しているはずだ。
だが、ピリカと物理的にここまで離れた事は数えるほどしかない。
ほぼ有視界内どころか手を伸ばせば届くような範囲にいるためか、ピリカは不安を隠そうともしていなかった。
俺もピリカがいないとこの異世界で生きていくことが困難であることを踏まえれば、俺達は病的なほどに共依存の関係にあると言えなくもない。
「ハルト、ちょっといいか?」
橋を渡っている途中で、アルドが声を掛けてくる。
「ん? どうしたんだ?」
「この地脈…… 少し前から急に西に向かい始めているよな?」
「ああ、そうだな……」
「このまま西に進み続けていくとすれば…… 穢れの出所はひょっとして……」
アルドに言われるまでもなく、俺もそこは確信に近いものになっている。
このまま川の対岸沿いに地脈が上流に向かって進んでいくようなら、その先はモルス湖だ。
「まぁ…… 言いたいことはわかってるよ。でも、そこは俺たち自身で確認しておきたい」
「そうだな…… 俺もここまで来たからには、出来る事なら見届けておきたい」
……。
……。
程なく橋を渡り終えて、俺はアルドと二人で川を下流に向けて歩き始める。
500mほど進めば、ちょうどピリカたちが待機している場所の対岸に到着だ。
ヴォイスチャットアプリが通信相手に設定しているスマホを認識した。
目を凝らせば、ピリカとアル、ヴィノンのシルエットがわずかに見える。
「ピリカ、そっちは変わりないか?」
「!! ハルト! ハルトぉ!」
「どうだ? そっちから俺達は見えてるのか?」
「大丈夫! ハルトきゅんもアルドも見えてるよ」
スマホのマイクからヴィノンの声が聞こえてくる。
単純な視力なら斥候もこなせるヴィノンが一番優れている。
ヴィノンが俺達を視認しているなら大丈夫だろう。
「なら、始めよう。ピリカ!」
「すぐにそっちに行くから待っててね!」
ピリカは地脈を確認しながら水面を進み始める。
物理的な質量を持たないピリカにかかれば、水面や地上を歩くのも、空中を浮遊するのも同列上の移動手段に過ぎない。
ゆっくりした足取りでこちらに向けて進み始めている。
俺はポーチから【フルメタルジャケット】を取りだしていつでも発動できるように身構える。
隣でアルドも剣の柄に軽く手を掛けている。
もちろん、水面を進むピリカが想定外の襲撃を受けた場合、即座に遠距離攻撃で敵を迎撃するためだ。
しかし、ここの川幅は約150m……。
対して【フルメタルジャケット】の最大有効射程は80mだ。
アルドの【プロパゲイション】はさらに短く50m程度しかない。
最低でもピリカが川を半分以上渡ってこなければ、援護攻撃さえできない。
だから俺達は二手に分かれてピリカを援護する作戦を取ったわけだ。
ピリカが川を渡り始めて真ん中を越えるまでは、ヴィノンが【マリオネット】によるブーメランでピリカを守る。
それ以降の後半になれば、対岸から俺とアルドがピリカを守る。
こうすることで、ピリカの安全を最大限確保しつつ、川を横切る地脈を見失わないようにするわけだ。
最強の精霊を自認しているピリカのことだから、そもそも俺達の援護など必要としないのかもしれない。
それでもピリカは不老ではあっても、無敵でも不死でもない。
死ぬときは一瞬で、あっけなく死んでしまうことだってありうるとピリカ自身がそう言っていた。
そんな事態を何もせずに受け入れるわけにはいかないからな……。
……。
……。
ピリカが川の中心を越えてきた。
まもなく【フルメタルジャケット】の有効射程内に入ってくる。
これで、俺の攻撃でピリカに援護射撃することも出来る。
……とはいえ【フルメタルジャケット】は水中にいる敵には無力だ。
崖から水に飛び込んだエージェントを追っ手が機関銃で追撃するアニメやアクション映画などがあるが、実はアレ…… 本当に有効だったりする。
川や海のような大量の水というのは思ってる以上に弾丸を通さない。
1mも潜れば、威力が失われてスナイパーライフルの弾丸が命中しても致命傷を受けるようなダメージにはなりにくいらしい。
威力がハンドガン相当の【フルメタルジャケット】の弾丸では、水中に潜む敵を倒すことは出来ない。
もし敵が現れた場合、水中から姿を見せる一瞬の瞬間しか狙うチャンスは無い。
俺は最大限集中してピリカの様子を見守る。
「ピリカ、水中に魔物の気配はないか?」
ヴォイスチャットアプリを通じてピリカに状況を尋ねる。
「大丈夫、近くに魔物の気配は無いよ」
「そうか、危険だと感じたらすぐに離脱してくれ」
もうすぐ、ピリカまでの距離は50mになろうとしている。
そろそろアルドの遠隔斬撃も射程に入ってくる。
一撃の威力はアルドの攻撃の方が高いし、水中の敵にも効果が期待できそうだ。
ここまでくればピリカの危険は大きく減ったと言っていいだろう。
……。
……。
「ハルトぉ! さみしかったよぉ!」
無事に川を渡り切ったピリカが、俺に飛びついてくる。
結局、魔物の襲撃を全く受けることなかった。
ここまで警戒したというのに取り越し苦労に終わったわけだ。
まぁ、何事も無いのが一番いいわけでこの結果に何の不満もない。
満点の成果で川の対岸に伸びている地脈を追うことが出来た。
結局、川底でも地脈は大きく西に傾いていて、対岸にいるアルとヴィノンは俺達がいる場所から200m以上、下流になってしまっている。
脳内PCのMAPにこの場所をプロットして、今回の調査を切り上げることにした。
次回の調査は川の渡り切ったこの場所から再開だな。
事前の打ち合わせ通り、対岸のヴィノン達と合流するために対岸の街道付近に停めてあるボル車に向けて来た道を戻ることにする。
土曜に三回目のワクチン接種して、日曜は副反応で
ひっくり返ってました。
そのまま、地獄の社畜の日々が続いたせいで更新が
すっかり遅れてしまいました。
その間、ブックマークは小さく増減を繰り返して、
現在トータル+1です!
更新できていなかったにも関わらず、ブックマーク
付けてくださった方、ありがとうございます!
さて、今回で200話の投稿です。
次回か次々回ぐらいでちょっとだけギャグ(サービス)回が入って
その後、一気に三章はクライマックスに進みます。
引き続きよろしくお願いいたします。




