七・謎は全てじゃないけど、ちょっとは解けた!
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「ね、加奈さん。さっきの番頭さん、『木屋』って言ってたよね?木屋ってあの船問屋の?」
「はい。光二郎さんは木屋船の三男で、三月程前から浅井堂の家業を継ぐために来て貰っています」
お茶を持って来てくれた加奈さんに夕顔さんが訊いた。
船問屋と言うのは、物資輸送なんかをしている海運業者のことらしい。輸入品を扱う唐物屋とは切っても切れない職種ってことか。
「じゃあ加奈さんの?」
「…はい。許嫁です」
おお、家同士の繋がりの婚姻ですか。現代日本で普通に暮らしていると遠い物語の世界みたいな感覚だけど、こっちではそれなりにあるらしい。特に多いのは血筋を重視する幕府の重鎮や公家で、武家や商家になるとそれなりに歴史のある家柄以外は恋愛結婚も多いそうで、割合としては半々くらいだとか。つばきさん達との女子トークの合間に結構そんな恋愛事情も聞いてたりする。
加奈さんは一人娘なので、光二郎さんには番頭修行で家業を覚えてもらって半年後くらいにはそのまま婿入りとなるそうだ。でもいいのかな?人柄については全然分からないけど、何か凄い呪われてたよ、あの人…
「へぇ、婿…ねえ」
夕顔さんもあの人の呪詛の濃さに気付いているので、何だかちょっと含みがあるような言い方をしている。それを加奈さんに知らせるかどうか迷ったけど、その前に視線が合った夕顔さんに『黙ってようね』と言わんばかりの圧をかけられて沈黙した。そうですよね、私がいれば勝手に自動解除する訳ですから、気付いてないならそれに越したことはありませんよねー。
「あれ?何か声がしませんか?」
そろそろ蔵の中の鑑定に戻ろうかと縁側から腰を上げて立ち上がった時、遠くの方でザワザワとした声が聞こえて来た。よく耳を澄ましてみると、内容は分からないけれど誰かが言い争っているような尖った声色だ。方向からすると表通りのお店側のようだ。
「ちょっと様子を見て参りますので、お二人はお気になさらず進めていてください」
その声を確認すると加奈さんはサッと顔色を悪くして、慌てて声のする方へと小走りに立ち去った。声の主に心当たりがあるのだろうか。
「気になるねえ」
「ですね」
私と夕顔さんは顔を見合わせると、こっそりと加奈さんが走り去った方へ追いかけることにしたのだった。
☆★☆
「言いがかりも大概にしてください!」
「それはこっちの言葉だ!」
物陰からこっそりと覗き込むと、店の中央で二人の男性が言い争っていた。
一人はこの浅井堂の主である栄宗さんで、店の中の一段高いところから相手を見下ろすように立っている。先程会った時の、いかにも商人らしい腰の低い様子は全く見てとれない。その正面に立つ相手は入口近くの土間に立っていているので栄宗さんを見上げる形になってはいるが、長身で体格が良く威圧感が半端ない。燃えるような真っ赤な髪に、緑の目をしている。ワイルド系なイケメンだけど、美形というよりはどちらかというと美丈夫?その人物は白衣のような着物を羽織っていて、手には紙包みを持っていた。白衣の襟の部分に「駒方」という刺繍が施されているのか見えた。
「あれ、向かいの薬種問屋のご主人だね」
「へえ、随分若いんですね」
夕顔さんが小声で教えてくれて、改めてその男性を眺めた。年の頃は三十前後に見える。浅井堂に入る前にその店は目にしていたが、ここの倍くらいの間口のある大きな店だった。浅井堂もギリギリ大店の部類に入るので決して小さくはないけれど、それでも差は一目瞭然だった。そして薬を取り扱う店らしい明るい白木の清潔感のある建物が印象に残っている。この若さであれだけ大きな店のご主人というのはすごい人なんじゃないだろうか。
「大体、効きもしない薬を売りつけておいて、言いがかりとは聞き捨てならんな」
「それは前にも説明した通り、不調を改善する生薬だから体に負担をかけない代わりに効き目は緩やかだと…」
「ふん、そんなことを言って、大方少しでも長引かせて金を毟り取ろうとする算段だったんだろう」
「ウチがそんな阿漕な真似をするとお思いですか…!」
「父さん!お店の中で言い争わないで!」
二人がどんどんヒートアップしてもう掴み合い寸前といった空気になりかけた中、加奈さんが割って入って行った。さすがに娘が入って来たことで少し冷静になったのか、鼻白んだ様子で互いに口ごもる。
「…もう薬は持ってきませんよ」
「ああ、これ以上そっちの自作自演に付き合うのはご免だからな」
「自作自演?」
「恍けるのも今のうちだ。ウチには巫…」
「あれー?どうなさったんですかー?」
栄宗さんが私のことを口に出しかけたのでマズいと思った瞬間、隣で一緒に潜んでいた夕顔さんが素早く私を後ろに押し戻すように壁の影に隠しながら、緊張感のない口調でフラリと出て行った。ほんの一瞬のことだったけど、私の姿は向こうにいた人達には完全に見えないポジションに収まっている。この判断力と、瞬時に相手の毒気を抜く気の抜けた口調での割り込みは見事だ。
「…お騒がせしました」
「失礼します」
さすがに夕顔さんには巫女のことは広めないよう釘を刺されていただけに、栄宗さんはそれ以上続けようとはしなかった。そこで会話が終了と判断されたのか、相手の男性もサッと踵を返して店を出て行ってしまった。
「何だか言い争ってるみたいだと、連れが心配して見て来てくれと言われましてね。お邪魔でしたか?」
「……いえ。大変失礼致しました」
顔は見えなかったけれど、夕顔さんの言葉に応える栄宗さんの声は最初に顔を合わせた時のように丁寧なものに戻っていた。
☆★☆
「なーんか面倒なことが絡んでるみたいだねー」
「…ですね。どうしましょう?」
「んー?もう鈴華ちゃんがやりたいようにすればいいんじゃないかな」
「うわあ丸投げ」
夕顔さんと小声で喋りながら蔵の中の確認作業を進める。加奈さんはあの言い争いから戻って来ていない。
「栄宗さんは、あのお向かいのご主人が呪詛を掛けてるって思ってるんですかね?」
「あの人にはそういう気配はなかったけどねえ」
「何か混乱して来ました…」
あの様子だと、浅井堂とお向かいの薬種問屋駒方堂のご主人とは仲が良くないらしいのは間違いない。そして浅井堂のご主人栄宗さんは、駒方堂が呪詛を掛けて従業員を病にして薬を売りつけているのだと疑っているようだ。
「あの、唐物屋と薬種問屋ってライバル…ええと、商売敵になるんですか?扱ってる品物が違うような気がするんですが…」
「オレも詳しくはないけど、薬草の中にはこの国のじゃ薬効が違うから異国から仕入れないとならないものもあるからね。取引先とかは多少被るんじゃないかな」
「それでも商売敵とまでは行かない感じですよね」
店同士の確執に関しては、気にはなるけどあまり首を突っ込まない方がいいのかも。今のところ意図的に誰かが妖を利用しようとした感じはなさそうだし、店全体にうっすら呪詛が掛かってしまったのもたまたま共鳴してしまった偶発的なもののようだし。
「あれ?何か書いてありますね」
湯呑みサイズのガラスの器が入った箱の中に、小さく折り畳まれたメモのようなものを見つけた。中を開いてみると、端の方は滲んでいたけれど書かれた文字はハッキリと残っていた。運良く浸水しないて済んだらしい。
「何だろ…牛…骨…?」
いくつか読めそうな単語を拾って行く。筆で書かれたアルファベットは書いた人物の癖が強くて読み辛い。私のへっぽこな英語力と相まって、たどたどしいことこの上ない。必死にメモと格闘していると、手持ち無沙汰になった夕顔さんがガラスの器を手に取って眺めている。蔵の中を照らすランタンに透かしてみては手の中でクルクルと弄ぶ。
「あんまり質の良いものじゃないみたいだねー。まだ玻璃の器が珍しかった頃ならこれでも結構な値がついたと思うけど、最近じゃもっと良いものが出回ってるし」
夕顔さんはそんなことを呟きながら、他の器も手に取って状態を眺める。特に驚いたような反応もないので、おそらくどの器も似たり寄ったりの安物なのだろう。チラリと確認したけれど、この器も結構な量だ。手作業で作られたのか形もガラスの厚みも均一ではなく、三つくらい重ねただけで安定感がなくなる。味わいと言えば聞こえがいいけれど、使い勝手は決して良くはなさそうだ。
「んーと…ゲラ…?……あー!分かった!!」
「わあ!ビックリした!」
メモの中の単語が分かった瞬間、色々なことがピタリと符合して、私は思わず大きな声を上げていた。突然予想もしない出来事に、夕顔さんが手にしていた器を危うく落とすところだった。危な!
「何なに?分かったって何が?」
手元のメモを覗き込んで来る夕顔さんは、何故かすごくワクワクした顔をしていた。だから、顔、近いですから。
とは言え、私も謎が解けた喜びのあまり、この時だけは夕顔さんの綺麗な顔が至近距離にあっても引かずに完全なドヤ顔で笑いかけていた。
「これ!ゼラチンです!」




