07.第弐波
「ふぅ……」
今ここに川端さんがいる。
悠夜は後方にチラリと目線をくべてから、前方に視線を戻して八相を保ちながら腰を落とした。
だから下手なスキルは使えない。
体内循環させる魔力素の速度はより速く体内を走る。活性化する筋肉、気分の高揚、数秒で失われる体力。全てを加味して。
出来るだけ身体能力だけの戦いが強いられる。それも全開は無理だ。
だから、と、速め過ぎた魔力素の循環を出来るだけ抑える。ひたりと汗は頬を伝って落ちた。
もし、木を蹴り飛ばして川端さんに当たったらどうなる。そうなれば簡単に死ぬだろう。魔法なんて使ってみろ、いつも通りに使っていたら死ぬ。
微妙な調節。
あー、くそ。だから邪魔だって言葉荒く言ったのに。
地面を強く蹴り込み、粉砕する。
___瞬間的に切り替わる景色___
それは既に森の中。
慣れた景色に動きを合わせて、剣で弧を描きゴブリンを一閃する。
一体目。
絶対川端さんには近づけさせない。
どうなっても知らんと言ったが、そんなことは出来ない。
力を抑えていようと何としてでも確実に潰す。
弧を描いて落下すれば、そのまま地面に足がつく。悠夜はすぐさま振り返り標的を固定すると、踵を返して森の出口に向かっているゴブリンへ跳躍する。
弾丸のように飛び込み、風を割き、木に足をつけてヒビを作る。木は衝撃でメリッと音を立てた。
悠夜はそれでも御構い無しに、その木に左手を添えて、手と足の力で再び強く跳躍した。
左手を添えたのは、身体を旋回させ、直線ではいけない動きを可能にさせるためだ。
「……っ!」
息を抜くように斬りつける。
捉えられたゴブリンの胴体は、上下に離れ、肉片と共に血が飛び散り、木を、地面を、それは紅く濡らした。
……下手な動きはできない。それに、魔法なんて見られたくない。身体能力を少し解放しただけであれだ、魔法なんて見えたらどうしたものか。
まぁ、見えない程度の力や事象が見えない魔法もあるが、それだとたかだか効果はしれている。
なら、せめてこの素の身体能力を生かして……。
でも、そうなると今までの戦い方と違ってくる___
「チッ___」
遠距離によるこの間合い取りと効率が無意味になる。
集団戦において、俺の戦い方は二つある。いや、二つしかない。
一つは、手っ取り早く魔法で掃討。
二つは、個々において、一撃二討。
まず一つだ。これは中位魔法で掃討する、地形変動を顧みない荒技で速く効率がいい。なにより、形成逆転になりうる。だが、これに関して、川端さんが邪魔であるから出来ない。
じゃあ二つ目。これは、一匹倒す時に目標外の動きも想定して行動するもので、目標とする一匹を剣で斬った時に魔法を予想弾道に放ってもう一匹を倒す。一石二鳥を体現する戦術。
だが、これは、出来るだけしたくない。否、見られたくない。するとしても、本当に俺1人じゃ庇いきれなくなった限界の時までだ。だから結局のところ、それまでは、肉体だけでやるしかない。
「……はっ!」
魔法を使わないが為に逃した4匹目。
そいつは太い木の枝に乗り、振り返ったと思うと、腰に携えた西洋剣を振り抜いて俺の攻撃を防いできた。
その瞬間、金属同士の耳障りな高音が、周囲の空気を震わす。
……だけど、別に剣だけじゃないのはこの闘いにおいてもそうでしかないだろ。
何故なら闘いはなんでもありだから。
悠夜は浅く息を吐きながら、腹の辺りを爪先で蹴りつける。
ゴブリンはそれに少しよろめきつつも、剣で突きを繰り出した。だが、悠夜はもう一つ速く動き、剣が届く前にゴブリンの頭は撥ねられた。
血飛沫。
悠夜はその音を耳に残しながら、次に向かう。
「……ふっ!」
視界から絶対に外さない。
最後の2匹は相対する木々、つまりは右左別々の木々を繰り返し伝いながら、俺を錯乱していた。
だが、こういう場合は視線を合わすんじゃなくて固定する事が大事だ。
それによって、例えばゴブリンの動きたいと思う動きを先読みする事ができる。
俺からしたら前五本右斜めにある木。ゴブリンはそこに飛ぼうとしている。
だから俺もそこを予測して飛び込む。
大きく目を見開き、一寸のズレも許さないと目前を見据えて……。
そして、軽い衝撃と感覚を手に、体に感じた時認識する。鍔まで深く突き刺さったその身体。悠夜は縦に斬り裂きゴブリンの半斬死体を蹴り落とした。
ラスト、息継ぎはダメだ。
5匹でここまで12秒。最後のゴブリンは後5秒もすれば川端さんまで着いてしまう。ここは魔法を使うべきか。
いや、それだと命中した時、ゴブリンは慣性の法則の勢いのまま川端さんに突撃する。逆に外せば川端さんに当たる可能性がある。そもそも、何故ゴブリンが川端さんを狙うかわからないが……根性っ。
気を込め、木々を蹴りながら伝い、ゴブリンとの距離を着々と狭めて剣を構える。
俺のゴブリンとの差はあと5m。ゴブリンと川端さんは5m。
これは、ギリギリ無理かもしれない。
……なら、ここは、風魔法で足場を作って___
残り距離にして4m。
加速して___
「てやぁああ!!!」
足を空中に踏みつけた瞬間、目の前に鈍色の残像が横切る。
反射的に、足元の見えない足場で後方に跳び、その残像から逃れる。
だが、鮮血だけが避けきれず、肩に血が付着した。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
肩で息をする川端さん。
その振り切られた斧には血がビチャリと付着しており、今も血を垂らしていた。
「川端さ___」
川端さんは息を荒だて、汗を玉のようにかいていた。
だが次には、キツく、斧の柄を握っており、下がった顔を俺に向けて上げると、荒い息を抑えて言った。
「嶋崎さん、凄いですよ、凄いですよこれ。身体から力が溢れてきます。それに、倒せました! ゴブリンを倒せました!」
俺の言葉を遮って伝えられたのは感激の叫び。喜び。
そのなんとも言えない気迫に押される。
「嶋崎さん! 私も出来たでしょ! 戦えます、戦えるんです!」
めいいっぱいに汗をかいてそう訴えてくる川端さん。本当に出来たと、出来ると歓喜に満ち溢れている。
だがそれが、逆に申し訳なさを実感させる。
「……いやぁ」
正直なところ、これは戦えたなんていえない。ただ偶然にして奇跡的に上手く殺すことが出来ただけで、そこに戦ったといえる瞬間はなかった。
それにだ。川端さんが俺と一緒に戦ってくれるより、逃げてくれる方がまともな闘いになる。というか、普通に邪魔だと何度言えばいいのか。
「そ、そうですね。お疲れ様でした。でも、僕だけで十分なので、逃げてもらった方が共闘するよりも嬉しいですよ」
「いいえ、人として残ります。私のことは気にしないでやっちゃってください。私はあの人達みたいに見捨てたくないですから」
……めんどくせぇ。
殺されて欲しくないから逃げろって言ってるのに、なんだよこの頑固で融通の聞いてくれない「人」は。
空を割く音。
ピクリと動く耳と共に振り返り見れば、見事な軌道で放たれている、テカテカとした返しのある矢。両肩両脚それぞれ箇所につき三本ずつ狙って打ってきている。
この時、矢との間合い60cm。
ギリギリだ。
剣術スキル<剛風>
突き出された剣先。瞬きの間のない速度で繰り出された突きは、風を纏うが如く鼓膜を圧迫させ、劈いた。顔にも強烈な突風が吹く。
そして矢は、瞬間的に起きた剛風に軌道を阻害され、翻りながら地に落ちた。
もしや、川端さんの方にゴブリンが行ったのは、俺を一瞬でも動かさせないためか? いや、それは考えすぎな気もするけど。もしそうだとしたら、相手の知能も優れてるな……。
いや、それよりもか。
再び見据える、森の中。
大弐波のお出ましか……。
「川端さん、40、50になったらもうわかると思いますが、自分の言うことを聞いてもらえないってどう言う気持ちかわかりますよね」
はぁ……。
深く悠夜は溜息を吐いた。
「僕的には見捨ててもらった方が、余計な配慮は必要なくなるのですが」
「……だから気にしないでください。自分の命です、残るなら自分で守ります」
気にしないなんて出来ないから言ってるのに……。
この人の頑固さと融通の利かなさは何処にあるのだろうか。温厚そうな、ヒョロッとしたただおっさんだってのに。
"アリージメントサーチ"
___次は木に16匹、地面を走ってるのが8匹か。
つくづく思う。これが1人ならどれだけ楽か。いや、自分で枷をつけているだけだけど。どうしても2人というのなら、エレンが居てくれれば……。
はぁ、面倒くさい。
「出来れば、あの人達と同じように僕の気持ちを汲んではくれませんかね」
俺は嫌味を言い残して、先ずは木を伝うゴブリン達に突撃した。
お読みくださりありがとうございました。




