ー2ー 獰猛にして羅刹である
大幅改稿中
ゲート越しに見える、地獄絵図。
やはり、軽々と屠られる人間を見るほど、惨いものは無い。
「残り、23、いや20だ、20人だ!」
「本部連絡! 出現した塔に常駐している100人の兵が、もう20人しか居ませせん! 早急に! 早急に応援を要請します!」
連絡を入れてから12秒経過。
たったそれだけの時間で、50から20に減った。正直に言って、バケモノのほかない。
焦りと恐怖が込み上がってくる。
「りょ、了解。計5班を直ちに向かわす」
向こうの人達も動揺を声越しだが見せており、驚いている事はよく分かった。
それにしても、計5班が来るのか。
自衛隊では、人数を把握する為、1班100人で構成している。端数の場合は班ではなく、1組10人以下として呼んでいるのだが……。
「計5班、直ちに向かわす。応答」
「はい!」
ピー ピー ピー
機械的な音が、通話の終了を辺りに響せる。
それは静寂さの為か、鮮明に。
それほどまでに、さっきまでの煩いほど鳴り響いていた銃声が小さくなってきていた。
人員は、確実に減ってる。
500人の応援が来るまで、なんとかあのバケモノを足止めしないといけない。
だから、俺も行かないとだめだ。あんなバケモノが外に出てしまったら、日本は1匹に蹂躙される。
覚悟を決めないと。
「助けてくれぇ!!!」
ダダダダダ___
悲鳴と銃声がより気持ちを急かす。
早く行かないと。
銃の安全装置を解除し、直ぐに構えられるようしっかりと持つ。準備を終え、ゲートを通過しようとした。
が、ゲートを越えようとした時、恵美が俺を呼び止めた。
「何処に行くの!?」
それは、悲鳴のような涙を含んだ声だった。その声に翔寺が後ろを振り向いて見てみると、涙を流していた恵美がいた。恵美は顔を青白くさせ、身体を小刻みに震わせている。
「ど、どこって……」
数秒で減って行く数と悲鳴が恐怖を確固たるものとさせているのだろうか。……それは、考えることない位、確かな事。顔さえ見れば、目尻からは涙が落ちていた。
だけど、今は恐怖という自己よりも、現実を中心に動かないといけない。
「何処ってあのな、この仕事を任された俺たち自衛隊は任務を遂行しないと行けないんだ。任務はなんだった? 詳しいことは言われなかったけど、安全を維持しろって話だろ?」
あんな、死にに行くような所に行こうとする俺自身でも躊躇する。怖いし行きたくない。死ぬのが目に見えてる。けど、それだからって行かないわけには行かない。さっき見た、秒で屍と化す仲間の姿。鉈で切り裂かれる身体。そこから飛び散る鮮血が、今も記憶にこびり付いている。
でも、やはり、俺たちが派遣された理由は単純明快安全の維持だから、逃げる事は許されない。
だから、無視して行くのも正解だろう。
けど、恵美には、少しでも納得して欲しい。
「えーと、そうだな……。お前が今持ってるモンはなんだ?」
そんな俺の問いに、恵美は戸惑いながら言った。
「しょ、小銃……」
黒光りする銃口。長い弾倉から射出される連続の銃弾は、簡単に生き物を屍に変える。
人類が発明した殺戮、防衛兵器。それが銃。
「そうだ。小銃だ。89式5.56mm小銃だ。銃だ」
夜店などで売っている、ちゃっちぃプラスチック銃じゃなく、重たい、鉄塊だ。黒光りする銃身と、冷たさが本物と分からせてくれる。
「恵美。その銃はオモチャじゃないんだよ。この仕事もお遊びじゃない。今も戦ってる奴らも命を賭けてる。で、賭けるって事は、失うこともあるんだよ」
「うん……」
恵美は俯いた。
「なぁ、恵美。自分の命は、何に賭けてると思う?」
「そ、それは……」
恵美の声は、尻すぼみに小さくなっていく。
「この国で暮らす人々の安全の為に、命を賭けているんだ。そして、命を賭けて得る報酬が、人々の安全だ」
「だけど、それじゃ___」
翔寺は、恵美の言葉を遮るようにして言った。
「恵美が言いたい事はわかる。けどお前、自分が今なんの仕事に就いてるか分かってるか? 自衛隊だ。じゃあ何のための自衛隊だ? それはな、さっきも言ったけど人を守る為だ。自衛隊はその為に、命を張るべき仕事なんだ。それは、入隊時にも言われただろ?」
恵美は、萎縮する。
俺は、恵美が何で自衛隊に入っているのか知らない。それは、成績が低すぎてここしか仕事先が無かったのか。それは、本人たっての希望なのか。
そんなの自分じゃないから知らない。
だけど、入ったからには全うするべきだ。だから、俺は言う。
「俺ら陸上自衛隊は、陸上での仕事を全うするしかないんだ。それは、この日本にいる人たちの為に。世界に飛ばされたなら、その世界の国で困っている人を救う為に」
辛い訓練は、この時のためにある。
「俺は、あそこにいるバケモノが外に出ると困ると思った。だから行く」
さ、一通り言ったし、後は気の利いた言葉でも言えたらいいが……。
「……なぁ恵美。また後で一緒に警備をやろうな」
俺は、右手をヒラヒラと返して振り返ることもなく、急ぎ、ゲートに向かって走った。
そして瞬時とも取れる景色の変化。ゲートを通過すると、全く違う世界と見間違えるほどに変わっていた。
血腥い臭いが辺りを漂う。
その臭いを放ってる屍は、山のように積み重なっていた。
そして、その上に立つ鬼。
鬼は胡座をかいて、ムシャムシャと食べていた。
<___羅刹___>
辺り一帯、血、血、血。腐臭が強く、ここに立つだけでもキツイ生暖かい空気。
「これほんとヤバイぞ。日本が、世界が終わる」
鼓動が早くなり、防衛本能的に逃げたくなる。
だがそれとは反対に、早く殺さないとという、使命感に突き動かされる。
双方の主張、合致しない気持ちと本能。それ故に逡巡という愚行が脳を支配した。
そして、鬼は俺に気づいてしまった。
「ギャシャ?」
鬼は手についた血を美味しそうに舐めながら、青白い眼光を向けてくる。
それだけなのに、息が苦しく、足脚が震える。
「な、なんなんだよ……ホント」
この場に立ってわかる、格の違い。
人間が対抗できるレベルの生き物じゃないことを、痛感させられる。
こんな奴と戦ってたのかよ……。
戦意が喪失しかける。
だが、その思いを完全にさせないのは、もう1つの思いがあったからだ。
……くっそ。怖いのは仕方がない、割り切れ! 死ぬ時は人間簡単に死ぬ! それが今だってだけ!! そんで、そんで! 恐怖を理解しても逃げないのが俺ら自衛隊!! 踏ん張れ!
自身が思い描く理想の姿を叶える為に、震える手足で、目に標準を合わせる。
さっき見て学習した。
体皮を撃っても弾かれるだけで威力はない。だから、どの生物にもある共通点。目と脳が繋がっていることを利用する。
目を貫き脳を「爆散」させられれば……いや、この際目だけでもヤレれば殺せる確率は跳ね上がる。最悪捕まえればいいから。
それでだが、目の皮膜は、共通して脆く柔らかい。
このバケモノが生き物の理に当てはまっているのならだが___
ちっ、ブレる。
ダダダダダダダダダダダダ
屍の山の上から飛び降り、着々と歩みを進めるゴブリン。標的として、狙っているのだろう。
ゆったりゆったり歩みを早め、進み、血を踏みしめる足音がピチャピチャと音を上げて迫ってくる。
ゴブリンはもう目の前まで肉薄していた。
くそ、くそ、上手く合わない!
迫り来る標的と恐怖に押しつぶされそうになり、手が震え、標準がブレる。その場からすぐに逃げたい気持ちになる。
脚はたじろき、にじりながら下がる。ズルズルと小さな動きで大きな距離を取るために。
けど、逃げない! 本能に抗って殺す!
距離は8m。
血濡れた鉈は、宙に血を垂らしていた。
くそ! 震えるな! 狙うだけだ!
ダダダダダダダダダダダダダダダ
距離は5m。
あ、くそ! くそ! 震えるなよ! ただ、目を撃つだけだ! マトを射抜くんだ!!
ダダダダダダダダダダダダダダダ
距離は4m。
ゴブリンは、その勢いのままに鉈を振り上げた。
「ギャシャシャ!!!」
醜悪な笑みが、目に映る。
それを見た瞬間、俺は死ぬ事を覚悟を___
___する訳、ねぇよ!!!!
外れてもいい。
死ななければ、チャンスは来る! それに、今がチャンスだ! 飛んだ瞬間だけは、的が動かない!
死ぬ時は死ぬ。だけど死は覚悟するモノじゃない。
ダダダダダダダダダダダダ
「抗うんだ!!」
ダダダダダダダダダダダダ
銃が、唸り声を上げる。
カンカンカンカンカン
撃つ玉全ては、悉く弾かれる。
そして、鉈は振り下ろされる。
「俺はまだ生きるんだよ!!!!」
顔は、涙と鼻水でグシャグシャだろう。凄く気持ちが悪いのだからよくわかる。
だけど、こんなんでも別にいいだろうと思う。
だって死にたくないんだから。
「まだかぁ!!!」
……そうして鉈が振り切られるその時、パーンという音と血が、俺の顔に降りかかった。
「ギシャアアアア!!!」
銃から音が止む。
火薬の臭いが充満する。
銃の重さが少しばかり軽くなった。
球が切れた。
死ぬ……。
世界はスローモーションに進んでいく。
だからわかったこともある。
鉈を落とし、目を抑えながら後ろに吹き飛ぶゴブリン。その光景を。
や、やった、やった、あたった。
涙を流しながら喜ぶ。
一瞬の死が垣間見えたんだ。それは、本当に怖かった。だけど、俺は助かった。生きてる。勝ったんだ。
「ギシャ……」
ゴブリンは忌々しいモノを見るように、もう片方の目で鋭く睨みつけてくる。
俺は、そんな目にも抗いながら、震える手足で落とした鉈を拾い上げて構える。
油断はしない。事を気取らない。終わるまで。
……あの惨劇はこの化物のスペックだけじゃない。この鉈こそが、そのスペックの代替物だろうと俺は考える。いや、見ればわかるあの切れ味を。
この鋭さを。
だけどこれで終わる。
ちょっと呆気なく感じたものの、でも、驚異の度合いは変わらない。俺はただ、運が良かっただけだ。
そう俺はこの数秒の闘いで勝鬨を上げられたんだ。その数秒で死んでいく人達の中で唯一、生を勝ち取った、豪運極まる男なんだ。
「__っらぁああ!!」
血は固まり、紅く照かる。それでも鋭利な事に変わらない。振り下ろした鉈は銀色に輝いて___
___グサっと鉈は刺さった。
「嘘だろ……」
そう。
「ギャシャ……」
刺さっただけなのだ。まるで、木に斧を叩きつけるみたいに、浅く。
蹈鞴を踏み、態勢を崩しかける。
ゴブリンが振り上げた鋭い爪。反射的に避けるも、髪が少し裂かれる。
そして、風が吹く。
風が吹けばその風に毛は乗って飛んで行く。雲も風にのってか鈍色の空に変化していき、陽の光を閉ざし雨がポツリと降り注いだ。
青白い眼光が、その雨粒と暗闇を背景に輝く。
ニヤリと口が、目は見下して___
俺はこの時、本当の次元の違いを理解した。




