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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第90話:誰の物?

「美代が、まだ帰ってない……?」


 家で勉強していると、義母からそんな事を言われた。今日は部活動紹介もあったけど、それにしたってもうすぐ5時になる。帰ってないのはおかしかった。

 しかし、美代ならもう友達を作って、一緒に遊んでる可能性もある。

 それにしたって、家族に一声かける子なのだが……。


「……messenjer送ってみるよ」

「私は送ってるんだけど、もう1時間も返事がなくって……」

「…………」


 なるほど、それは心配にもなる。映画を見てるならいざ知らず、流石にそれなら前もって連絡するだろう。ふむ……。


「……ちょっと、学校まで行ってくるよ。学校に居なかったら、その時は、多分……」

「……。頼むわ」


 義母が出て行くと、僕はすぐに学生服に着替え直した。まったく、初日から厄介なことだ。

 高校までは最短で17分、走って、今から電車に乗った場合の時間だ。勿論、井之川駅から高校までも走って……。

 ただの様子見、されど様子見だ。僕は持つものを持つと、家を飛び出した。




 ◇




 幸矢くんの妹とはいえ、実際に会うのは初めてで性格や思想は掴めない。しかし、この子はなんと言ったのか。


 兄さんから手を引け?

 幸矢くんから?

 付き合ってるわけでもないのに?


「……いやいやいや、状況とキミの要求の意味が何1つわからないのだが……」


 狼狽えて弱気に尋ねると、彼女は強気に言う。


「貴女、兄さんのこと好きなんでしょ?」

「まぁ……」

「だったら、兄さんに絡まないでください。貴女のせいでどれだけ迷惑してるか……」

「それはどういうことかな?」


 何に迷惑してるのか、私が第一に考えられるのは演劇のことしかない。しかし、幸矢くんが親族とはいえ、嫌われ者をあえて演じるなどハタ迷惑な話、自分から話すわけがない。私に悪い印象を与えないようにしてくれるならば、の話だけど……。

 美代くんは鋭い眼差しを持って私に言った。


「兄さんは、大して用もないのに連日電話されたり、兄さんがしなくてもいい事をさせられたり、貴女に振り回されてばっかりで、迷惑してるの! 好きなら好きってさっさと言えぇーーーーーーッ!!!」

「…………」


 発言が予想の斜め上で、かくなる私も唖然とするしかなかった。

 なんだろう、この子は。手を引けと言ったり告白しろと言ったり、白黒つけてほしいという事なのかな? 今の関係こそが白黒付いてると思うのだが……きっと、周りから見ればその限りではないのだろうな……。

 だから私は、冷静な口調で彼女を諭す。


「あのね、美代くん。私は政治家になりたいんだ。その為には恋などしてる暇はないし、それは幸矢くんとて重々承知してる。だからこそ、彼は私に付き従う形でサポートしてくれているのだ」

「それなら、兄さんだって政治家にはなれる。黒瀬家の嫡子だもん。アンタなんか屁でもないわ」

「そうかもね。でも、幸矢くんが私に付き従おうとしたのは、彼自身に理由がある。……中学1年生の時の話だ。キミは、知らないかな?」

「……知らないわよ」


 ぷいっと可愛らしくそっぽを向く少女に、私は苦笑する。知らなくても仕方ないし、今でこそマシにはなったけど、あの時の幸矢くんは本当に塞ぎ込んでたから、知らないのも無理はなかった。私は思い出しながら語り出す。


「あの頃の幸矢くんは、家族が死んで、一時期学校にも来なくなった。"生きてるって何? どうせみんな死ぬ。"そうやって嘆いている彼に、私は生きる意味を与えた。人のためにあればいい。人を幸せにできれば、死んだとしても、その生には価値がある。そう言うと、彼は私に付いてきてくれるようになった。そこに恋心があるかないかは関係ない。尊敬や崇拝、そんな心が、彼にあるんじゃないかな――」


 恋だけではない、複数の繋がりが私達の間にはある。友人として過ごした過去が、尊敬させるに至った凄惨な事件が、離れ出したお互いの道先が……。


 私達は色々な繋がりを持ち、この太い絆は消えないだろう。たとえ数年後に幸矢くんが私を殺しにきたとしても、最後の最後では絶対に殺せないと信じている。

 容易に表せない確固たる信頼がある。恋だけではないのだ。


 しかし、彼女はそれを別の形で口にする。


「そういうの、"呪い"って言うのよ。尊敬、崇拝……言葉は立派だけど、それは他人に依存してないと生きていけないということよ。兄さんが貴女と違う大学に行ったり就職したら――崩れてしまう」

「それがわかっているから、1人で立たせるように努力してるのだよ。なかなか上手くいかないがね……彼も徐々に友人が増え始めている。高校2年生、彼は大きく変わるよ」

「どうだか。とにかく、依存し合うなら恋人になってください。ならないなら離れてください。そして、兄さんは私が貰います」


 ビシッと私に人差し指を向けて二者択一を要求する彼女に、私は苦い顔をした。これはように、自分が兄に振り向いてもらえないのはお前のせいだから、白黒はっきりさせろ、ということ。恋について自分の気持ちしか見ず、人に迷惑をかけるのはそれも恋らしいといえばそうだけど、私は大変困るのだった。

 幸矢くんが私を好きでいると、私が邪魔なのだろう。恋人なし(フリー)なのに手を出せない、と。


「……家族ということで満足しないのかい? キミのその気持ちは?」

「満足しませんね! 私は兄さんと、汗や涙と唾液と愛液とで濡れあいたいんです!」

「……欲望に忠実だねぇ」


 まさかこんな妹だったとは、兄の顔が見て見たい。

 なんて冗談はさておき、どうしようか。


「……別に、私は彼に何かするわけじゃないし、今のところ付き合う気もない。キミがアタックしたいのならそれはキミの勝手だし、なびかないのを私のせいにされても困るね」

「うわー! 王者の余裕ですか! そうですかそうですか! これだから先輩風吹かす奴はヤんなっちゃうね!!」

「…………」


 幸矢くんの妹とは思えない言動だった。血が繋がってないとこうなってしまうのか、家系は大事だとつくづく痛感してしまう。


「……えーっと、なんと言えば良いのかな?」

「兄さんから潔く身を引いて。それで許してあげる」

「…………」


 身を引くつもりは毛頭ないし、寧ろ昨日から隣の席なのだからどうしようもない。今更隣にいるぐらいなら顔も赤くならないけど、手を伸ばせば触れるのは厄介なものだった。


 周りからも、幸矢くんは私の下僕という認識が広まってきた。色々な人と話して、私が彼を手なづけたと広めてるからではあるが、それで彼の印象もだいぶ変わるだろう。悪人でなければ、ただの天才なのだから。


 というわけで、彼が私を離れるのも世間的には変だから控えたい。彼はまだ、側にいてもらわないと困るのだ。

 そうは口にせず、安直に恋についてのみ語る。


「私は、彼から身を引くつもりはないよっ。幼馴染みだし、彼氏にする優先権はあると思うが?」

「それなら私だって、無敵の妹属性だし! アンタなんか屁のカッパだわ!!」

「ああ、そうかい。その息で彼を射止めてみてくれよ。私は構わぬから」


 それができるなら、とは言わなかった。好きにしてくれればいい。どうせ私が負けることはないんだから。


「……またそーやって余裕そうに。いいよ! 兄さんは私のものなんだからね!!」

「誰が私のもの……だって?」

『!!?』


 不意に、男の声が混じった。幾度となく聞いた声、間違うはずもない。その彼は肩で息をし、ブレザーを体育館に脱ぎ捨てる。そして、両手足につけた(おもり)も、体育館に投げ捨てた。


「はぁ……はぁ……まったく……はぁ……競華から、電話があったよ……。"晴子と貴様の妹が、痴話喧嘩をしている。恥ずかしくて見てられん。なんとかしてくれ……"ってね……」

「…………」

「…………」


 目の前にいる美代くんの顔はみるみる赤くなっていった。きっと私も同じだろう。こんな会話を競華くんに聞かれ、あまつさえ幸矢くんにまで来てもらった。こんなに申し訳ない話はそうそうない。


「……はぁ。晴子さん、何を熱く語ってたのさ……?」

「べ、別に何も……」

「……? 君がそう言うなんて、珍しいな……。なら深くは聞かないけれど……美代。どうせ君が迷惑掛けたんだろう? 人の嫌がることを、するんじゃないよ……」


 幸矢くんは私達に向かって歩きながら、いつもの気怠げな声で言った。それが不満だったのか、美代くんは声を上げる。


「兄さん! 可愛い妹と他人の女、どっちを信じるの!!」

「…………」


 幸矢くんは何も言わずに歩き続け、美代くんが見せつけるために落とした殺虫剤を拾い上げた。缶を見つめ、ゆっくりと振ってから美代くんに向き直る。


「……家の殺虫剤が落ちてる。中身もこのぐらいの量だったね」

「…………」

「……まだ弁解の余地があるなら、聞くけど?」

「……執行猶予は何年でしょうか?」

「無いよ……懲役3年、有罪判決……」

「そんなぁ〜! お代官様ぁ〜ッ!!」


 美代くんは独裁的な判決を前に、為す術もなく崩れ落ち、泣いたふりをした。幸矢くんがこんな寸劇をするなんて、貴重だけど喜べなかった。キャラが崩壊してるし。


 そんな彼は私の前まで歩いてきて、頭を下げた。


「……愚妹が迷惑をかけて、ごめん。ただでさえ忙しくて疲れてるだろうに……」

「……。よしたまえ。キミが頭を下げてるのは、見ていて辛い」

「……僕が頭を下げるのは、キミぐらいなものだよ」

「それも、兄としての務めかい?」

「ああ……」


 彼はそう言って、けろっと立ち上がる美代くんを見ていた。その瞳には憂愁の想いが映っていて、美代くんは彼にとって、どんな存在か語っていた。


「……隠しててごめん。彼女が、父さんが再婚した人の連れ子……美代だ」


 さも私が彼の父の再婚を知ってるかのように、語りかけてくる。矢張りキミにはわかっていたようだね。私が、どこまで見えていたのか。そして、


 彼女も、競華くんの組織の一員なのだと、キミの顔から察したよ――。

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