第41話「百年の盟約」
【第6刻限】達成 ─ 刻印課題:火山公を屈服させよ
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火の城塞、謁見の間。
巨大な暖炉に、炎が踊っている。
だが、先ほどまでの殺意を孕んだ炎とは違う。穏やかな、温もりのある火だった。
メルヴェとバラカが、インフェルノの制圧を終えて合流していた。
「……何があった」
バラカが、眉を寄せて訊いた。
革張りの椅子に腰を下ろしたヴォルカンと、その向かいに座るレイス。
カディルとフィーネが傍らに控え、ナズが本陣から駆けつけている。
つい先ほどまで殺し合いをしていた相手が──今は、穏やかに紅茶を傾けている。
「俺たち、あの城門破って、砲台ぶっ壊して、死ぬ気で突入したんだぞ?」
バラカの声には、困惑と呆れが混じっていた。
「それが──茶会かよ」
「結果オーライですわ」
メルヴェが扇子を開いた。
「戦わずに済むなら、それに越したことはありませんもの。……それより」
紫の瞳が、ヴォルカンを見つめた。
「火山公が、殿下に膝を折った──そういうことでよろしいのですか?」
「そうだ」
ヴォルカンが、淡々と答えた。
「先ほど、魂刻の絆を結んだ」
空気が、変わった。
「──本当、なのですか」
フィーネが、信じられないという顔で呟いた。
「ヴォルカン公爵が……主君の刻印者に……」
「ああ」
レイスが頷いた。
「説明すると長くなるが──要は、100年前からの約束だ」
カディルが、息を呑んだ。
「100年前……? カーラ大魔王の時代、ですか」
「ヴォルカンは、カーラの側近だった」
レイスは、紅茶のカップを置いた。
「カーラは死の間際に、予言を遺した。『100年待て。真の後継者が現れる』──と」
沈黙。
ナズが、恐る恐る口を開いた。
「それで……お兄様が、その後継者だと?」
「らしい」
レイスの声は、どこか他人事だった。
(正直、私にもよく分からないんだけど)
だが、そんな内心は顔に出さない。
「『白き龍とともにある者』──それが、カーラの示した条件だった」
全員の視線が、レイスの肩の上に集まった。
ファルは、のんきに欠伸をしている。
「キュ?」
首を傾げる仕草。
この場の緊張感など、まるで関係ないかのように。
「……あの生き物が」
メルヴェの声が、僅かに震えていた。
「龍、ですの?」
「さあな」
ヴォルカンが、肩をすくめた。
「龍など、俺も見たことがない。2万年前に滅んだ伝説の存在だ」
黒い瞳が、ファルを見つめた。
「だが──この生き物を見た時、魂が震えた。カーラ様の言葉通りに」
それ以上は、説明できない。
説明する必要も、なかった。
───
「一つ、伝えておかねばならないことがございます」
ヴォルカンの声に、緊張が走った。
「百年の盟約が──間もなく終わります」
───
「百年の盟約?」
ナズが首を傾げた。
彼女は本陣で待機していたが、戦闘終結の報を受けて駆けつけていた。
「以前、使者が言っていたものですね」
「100年前、人間族との大戦で疲弊した五魔王国が結んだ協定です。カーラ様の提唱で、100年間は内戦をしない、という取り決めでした」
ヴォルカンが説明した。
「五つの魔王国は、100年間──互いに戦争をしない。そういう取り決めでした」
「その期限が、切れる」
メルヴェの声が、硬くなった。
「ええ」
ヴォルカンが頷いた。
「あと一月もすれば──」
黒い瞳が、レイスを見据えた。
「他の四魔王国が、動き出します」
───
空気が、変わった。
暖炉の炎が、ちりちりと音を立てている。
だが、その温もりが──急に遠く感じられた。
「四魔王国……」
カディルが呟いた。
「ゼヒル、ゴルゲ、カン、アル=カマル」
「はい」
ヴォルカンが頷いた。
「マフムードは『謀略の王』。ライラは『影の女王』。ガジは『血戦王』。セルマは『月の聖女』」
一人ずつ、名を挙げていく。
「いずれも、カラハン国の混乱を狙っております」
レイスの背筋に、冷たいものが走った。
(四人の魔王──)
(ゲームでは、中盤以降のボスたちだ。それが、もう動き出す?)
「カラハン国は、100年間──王座が空位でした」
ヴォルカンの声が、重く響いた。
「私が動かなかったからです。カーラ様の予言を、待っていたからです」
暖炉の炎が、揺れた。
「ですが、他国から見れば──カラハンは、弱体化した獲物です」
黒い瞳が、真っ直ぐにレイスを射抜いた。
「百年の盟約が切れた瞬間、四魔王国は一斉に動くでしょう」
───
「……なるほど」
レイスは、紅茶のカップを置いた。
陶器が、テーブルに当たる乾いた音。
「つまり、こういうことか」
声は、静かだった。
「俺がカラハン国を統一したところで──四方から攻め込まれる」
「はい」
ヴォルカンが頷いた。
「一国を統一しただけでは、この大陸では生き残れません」
沈黙が落ちた。
ナズの顔色が、青ざめている。
フィーネの手が、膝の上で握りしめられていた。
(……予想はしていた)
レイスは、内心で呟いた。
(ゲームでも、カラハン国統一は序章に過ぎなかった。本当の戦いは、その先だ)
だが──現実になると、やはり胃が痛い。
「ヴォルカン」
レイスは、口を開いた。
「お前の兵力は、どれくらい動かせる」
「直轄で3,500。傘下を含めれば10,000でございます」
「俺の軍と合わせれば、14,000か」
(……足し算はできた。褒めて)
「足りませんな」
ヴォルカンが、淡々と言った。
「ゼヒルだけでも20,000は動員できます。四魔王国が同盟を組めば──」
「考えたくないな」
レイスは、苦笑した。
(14,000 vs 80,000とか、もはやギャグだ。無理ゲーすぎて笑えない)
───
その時。
ファルが、突然顔を上げた。
「キュ……?」
金色の瞳が、窓の外を見つめている。
レイスは、その視線を追った。
窓の向こうに、夕焼けが広がっていた。
赤と橙と紫が混ざり合う、美しいグラデーション。
だが──その美しさの中に。
北の空に、何かが光っていた。
遠い、遠い場所で。
星が瞬くように──いや、違う。
それは、星ではなかった。
「……あれは」
ヴォルカンが、立ち上がった。
椅子が倒れる音。
その顔から、血の気が引いている。
「まさか──」
北の空の光が、増していく。
一つ、二つ、三つ──。
やがて、それは巨大な光の柱になった。
天を貫くほどの、銀白の光。
「──『月の聖女』の魔法陣です」
ヴォルカンの声が、震えていた。
「セルマが──もう動き始めている」
───
窓の外で、光の柱が脈動している。
遠い北の空。
アル=カマル魔王国の方角。
その光は、宣戦布告だった。
「……一月もたないな」
レイスは、静かに言った。
「はい」
ヴォルカンが頷いた。
「百年の盟約は、形式上はまだ続いております。ですが──」
黒い瞳が、北の空を睨みつけた。
「セルマは、待つ気がないようです」
レイスは、椅子から立ち上がった。
窓辺に歩み寄り、光の柱を見上げる。
肩の上で、ファルが身を固くしている。
小さな体が、ぶるりと震えた。
その瞳が──また、一瞬だけ白く光った。
(……この生き物は、セルマに反応している?)
(なぜだ。何か、関係があるのか?)
分からない。
分からないことが、多すぎる。
だが──立ち止まっている暇はない。
「ヴォルカン」
振り返らずに、言った。
「俺は、この大陸を統一する」
沈黙。
「四魔王国がまとめて来るなら──まとめて相手にする」
ヴォルカンの目が、見開かれた。
「正気でございますか」
「正気じゃないさ」
レイスは、ようやく振り返った。
紅い瞳が、北の空の光を映している。
「だが、逃げる場所もない」
その声には、不思議な静けさがあった。
「なら──前に進むしかない」
それは、先ほどヴォルカンに言った言葉と同じだった。
死を背負いながら、前を向く。
逃げ場がなくても、立ち続ける。
それが──レイス・カランルクという男だった。
───
北の空で、光の柱が脈動を続けている。
月の聖女セルマ。
四魔王の一角が、動き始めた。
レイスは、窓辺に立ち尽くしていた。
その肩に、ファルが寄り添っている。
背後では、配下たちが息を呑んでいる。
カディルは、剣の柄を握りしめていた。
フィーネは、祈るように両手を組んでいた。
メルヴェは、扇子を閉じたまま、静かに主君を見つめていた。
バラカは、腕を組み、獰猛な笑みを浮かべていた。
ナズは、不安げに、だが信じるように、兄の背中を見つめていた。
そして、ヴォルカン。
100年間待ち続けた男は──ようやく、仕えるべき主を見つけた。
その目に、迷いはなかった。
「……面白くなってまいりました」
低い声が、響いた。
「この剣、存分にお使いください。──主君」
───
【エピローグ】
同時刻。
遠く北の地、アル=カマル魔王国。
月光に照らされた神殿の最奥。
銀色の棺が、静かに開いた。
中から現れたのは、一人の女。
銀色の髪が、月光を受けて揺れている。
青白い肌は、まるで磁器のように滑らかだった。
そして──深い湖のような、金色の瞳。
女は、ゆっくりと立ち上がった。
衣擦れの音すらなく、まるで幽鬼のように。
「……聖女様」
傍らに控えていた侍女が、恭しく頭を下げた。
「お目覚めでございますか」
女は──セルマは、答えなかった。
ただ、南の空を見つめている。
その瞳が、僅かに潤んでいた。
「……この気配」
声は、囁くように小さかった。
セルマは、窓辺に歩み寄った。
南の空。
火の城塞の方角。
「まだ幼い。目覚めてすらいない。──でも、間違いない」
窓枠に手を置く。
「2万年前に滅んだはずの──龍」
振り返る。
侍女に向けて、静かに言った。
「軍を起こしなさい」
「は……」
「百年の盟約? あんなもの、とうに形骸化している」
セルマの唇が、微かに動いた。
笑みではなかった。
泣いているようにも見えた。
「新しい『王』が生まれたのなら──」
金色の瞳が、遠くを見つめた。
「私が、この目で確かめる」
「あの子を守れる器かどうか」
侍女には、その言葉の意味が分からなかった。
銀髪が、月光を受けて揺れた。
───
北の空で、光の柱が消えていく。
だが、それは終わりではなかった。
始まりだった。
100年間の平和が、終わる。
新たな戦乱の時代が──幕を開けようとしていた。
そして、2万年前に滅んだはずの龍が──再び、歴史の表舞台に姿を現そうとしていた。
───
火の城塞。
その夜。
レイスは、与えられた客室のベッドに倒れ込んでいた。
疲労が、全身を蝕んでいる。
ヴォルカンとの剣合わせ。魂刻の絆。そして、セルマの覚醒。
激動の一日だった。
(……とりあえず、生き延びた)
天井を見上げながら、レイスは息を吐いた。
(第6刻限、クリア。ヴォルカンも仲間になった。上出来だ)
肩の上で、ファルが小さく丸くなっている。
すでに寝息を立てていた。
(お前はいいよな。悩みなさそうで)
心の中でツッコみながら、レイスも目を閉じた。
明日からまた、地獄のような日々が始まる。
せめて今夜くらいは、ゆっくり──
その時。
視界の端に、光が走った。
『──第7刻限を開始します』
レイスの目が、見開かれた。
(……は?)
(待って。今、クリアしたばかりなんだけど)
(休憩は? 有給は? 労働基準法は??)
(っていうか、BP交換所! まだ行ってないんだけど!?)
せっかく貯まったポイントがある。
福利厚生のカタログギフト、交換しないまま次の四半期に突入するやつだ。
(明日ゆっくり選ぼうと思ってたのに……! せめて一晩くらい猶予をください!?)
だが、システムは答えない。
ただ、冷たい文字が視界に浮かんでいるだけだ。
レイスは、天井を見上げたまま、深い溜息をついた。
(……ブラック企業かよ、このシステム)
(社員還元する気、ゼロだろ)
肩の上で、ファルが「キュ?」と寝ぼけた声を上げた。
新たな刻限が、始まった。
───
──第41話「百年の盟約」 完──
──第1巻「詰みゲー領主の逆転劇」 完──
<レイスのひと言:有給申請、却下されました>
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次巻予告
「月の聖女セルマが動いた」
「長き眠りから目覚めた彼女が求めるのは──『あの子』との再会」
「ヴォルカンを得て、ようやくカラハン国を統一したレイス」
「だが、休む間もなく、北から銀色の軍勢が迫る」
「セルマは敵か、味方か」
「2万年前、龍族が滅んだとき何があったのか」
「そして──ファルの正体とは」
「運命の糸が、再び絡み合う」
第2巻「覇道のヴァルディア──月の聖女編」
近日公開




