【第15話】04
「……ひい、ひい。いま何階まできた……?」
階段の踊り場で膝に手をついたモグラが、白い息を吐きながら訊ねる。
「まだ十階よ……急がないと、紬が……」
先を行く雨宮香澄もまた、息を切らせている。
「そんなに焦らなくても……。手術する奴はまだ来てねえって、金山が言ってたじゃねぇか……」
「でも、とても嫌なオーラを感じる……。何かがもう……」
雨宮香澄が言い終わるまえに、上階からドアが弾け飛ぶような激しい衝撃音が響いてきた。
ふたりが顔を見合わせる。
「……急ぐぜ! その『何か』が、おっ始じまりやがった!」
雨宮香澄を追い越して、モグラが階段を駆け上がった。
十二階と十三階の踊り場で、いったん足を止める。
「こっから先は、用心して……」
「しっ! なにか聞こえる……」
モグラの忠告を制して、雨宮香澄が口のまえに人差し指を立てた。
耳を澄ますと、十三階から子どものうめき声が聞こえる。
ふたりは階段を静かに上がり、十三階の廊下をそっとのぞいた。
長い廊下の窓から、青白い月明かりが差し込んでいる。
その廊下のなかほどに、血だらけで倒れている子どもを見つけた。
ふくらはぎに、鋭い爪で引き裂かれたような傷がある。
「……紬!」
思わず駆け出しそうになった雨宮香澄の腕を、とっさにモグラが掴んだ。
「待て……何かいるっ!」
モグラは廊下の先を見つめていた。
長い廊下の突き当たりが、不自然な闇に包まれている。
「なんだあれは……。ひと……なのか……?」
モグラが目を細める。
「いや、まさか……、そんなこと、あるわけがねぇ!」
その人影は、闇の中というより『闇』そのものを纏っていた。
髪の毛が逆立ち、肌は墨を塗ったように黒く、うつむき加減の両目の下には、涙を流したような赤い筋が浮き立っている。
指先には鋭く尖った爪が伸び、背中から吹き出す黒い霧が、翼のように左右に広がっていた。
「ちきしょう……。あいつ、魔鬼になっちまったのか!」
血の気の引いた黒ずんだ顔を、ゆっくりと上げる。
その瞳が、紅く妖しい光を放っている。
「おいらがあいつを……メグルをなんとかするっ……!」
階段の壁に背を預けながら、モグラは押し殺した声でそう言った。
しかし額には大量の汗が浮かんでいる。
「だからあんたは、その隙に紬を助け出してくれ!」
決意のこもったモグラの言葉に、雨宮香澄がしっかりと頷く。
覚悟を決めたモグラが、廊下に飛び出した。
瞬間、耳をつんざくような強烈な咆哮がメグルの口から発せられた。
同時に、廊下のガラスが一斉に砕け散る。
月明かりに照らされたガラス片が、無数の輝きを放って降り注ぐなか、雨宮香澄も廊下に飛び出した。
モグラの横をすり抜けて、倒れている紬まで一気に走り、その体に覆い被さる。
雨宮香澄の背中に、次々とガラス片が降り注いだ。
モグラはその姿を視線の端に捉えながら、シルクハットを目深に被り直した。
ステッキを逆手に持って身構える。
「なんてこった……。お前さんと戦う羽目になるたぁ……」




