【第15話】02
モグラと雨宮香澄が廃病院内を捜索しているころ、メグルと如月紬は仮死状態にする注射をされて、それぞれ手術台の上に寝かされていた。
「やばいな……管理人のぼくでさえ、この注射には耐えられそうにない……。ここで仮死状態になったら、紬ちゃんを助けることも……」
閉じてしまいそうな瞼を必死に堪えながら、メグルは首を動かして、となりの手術台に視線を移した。
如月紬が静かな寝息を立てている。
しかしメグルの視線に気が付いたのか、突然くるりと首を回して笑顔を見せた。
「嘘だろ……管理人のぼくでさえ、脈が弱くなっているのに……」
さらに如月紬はいともなく体を起こし、手術台から降りてメグルの顔をのぞき込む。
「あ~あ、大失敗だね。今月は香澄ねえちゃんが納品されるはずだったのに」
「紬ちゃん……なんで動けるの? それに雨宮香澄が……誘拐されかけたことも……?」
「うふふ……」
如月紬が堪えきれない様子で顔を背け、静かに笑う。
再びメグルにやわらかな笑顔を向けて口を開けたとたん、メグルの体に戦慄が走った。
「……おれが魔鬼だよ、管理人」
それは小学二年生の女の子が発したとは思えない、低く嗄れた男の声だった。
「だまされちゃったね?」
小学二年生の女の子の声に戻して、如月紬が続ける。
「内臓を取ったり、解体したりなんかしないよ。今までに誘拐した子どもたちにもそんな野蛮なことしてないもん。
ここにある手術道具やたくさんのメスは、金山を騙すために置いてあるだけ。使ったことないよ」
「どうして如月紬の体に、魔鬼が……?」
ころころと笑いながら、如月紬がメグルの手術台に寄りかかった。
「去年の冬、真夜中のベランダで死にかけてたから、とりあえずもらったの。以前に憑依してた体は警察に目をつけられちゃってさ……。使っていた越界者が『修羅界』のやつで、派手にやりすぎたんだよ」
かたわらに並んだメスを面白そうに眺めると、選び出した一本を手に取りライトにかざした。
反射した光がメグルの目に鋭く飛び込んでくる。
「今度は目をつけられないように、しばらくは如月紬の魂に主導権を任せていたんだ。そしたら子ども食堂で人間の世話なんかやいてる『畜生界』の越界者を見つけちゃってさぁ……。
面白そうだからスポンサーの金山にメールを送って大金を振り込んだら、喜んで人身売買に協力してくれたってわけ!」
ふたたびメグルの顔をのぞき込み、低く嗄れた魔鬼の声で続けた。
「坂田佐和子を脅迫しろ。『つながり』を続けたいなら、最低でも毎月ひとり、子どもを納品しろってな……」
そう言うなり、握ったメスを振り下ろした。
身動きの取れないメグルの腕に突き刺さる。
「直接、金山……人間を利用したな……。十層界の法を破る……重大な契約違反だ……」
如月紬はメグルの手術台に飛び乗ると、魔鬼の声で説明を始めた。
「教えてやろう、未熟な管理人。金というのは、人間を操るために我ら魔鬼が作り出した『ルール』なのだ。金という何の価値もないものに、あたかも価値があるように信じこませると、人間は勝手に金を『力』と捉え、より沢山の力を得ようと競争して金を求める。
実際は価値のないものを与えて人間を操っているので、如来との契約違反にならない。不平等かつ不完全な契約の穴を突いた、賢聖なる我ら魔鬼の智慧なのだ」
動かないメグルの体の上に跨がり、蔑むような笑みを見せた。
「実際どうだ、この世は金に支配され、我ら魔鬼の思う壺だ。お前も子ども食堂に通う人々の現状を見ただろう? 金という力を持たぬ貧困が何をもたらすか? 満足な教育も、人並みの生活も、日々の食事にさえ有りつけずに心が荒んでいく。この体の持ち主も貧困のなかに生まれ、幼くして死を迎えた」
如月紬が立ち上がり、両手をひろげた。
「金という力を生み出した我ら魔鬼は、もはや人間界を支配しているも同義! あとはすべての人間どもの魂を『堕界』させ、人間界ごと魔界の勢力として収めるのみだ!」
起こしていた首を戻し、メグルが天井を仰ぎながら静かに笑う。
不可解なメグルの態度に、如月紬が眉をひそめる。
「やっぱりな……。魔鬼なんて、たいしたもんじゃない……。結局お前らは人間を、いや六道を生きるすべての魂の本質を何も理解してやしない」




