【第13話】02
「うるせえな! 典子は仕事に行ったよ」
諦めきれずにドアノブをがちゃがちゃ回していると、突然ドアが開いた。
ドアの隙間から顔を出したのは、寝癖のついた金髪の男。
無精髭を撫でながら、寝ぼけ眼で雨宮香澄の全身を舐めるように見つめている。
「……あんただれ? 典子の友達じゃねえよなぁ」
「紬ちゃんに会いたいんです。会わせてください」
「なんだ紬に用事? あいつは具合が悪くて寝てるんだ……ちょ待て、上がるな!」
男の言葉が終わるまえに、脇をすり抜けて部屋へ押し入った。
腐敗した匂いが漂う流し台を横切り、廊下を埋め尽くすゴミ袋を掻き分けて奥の部屋をのぞく。
ゴミが散乱したベッドにも、床に敷きっぱなしの布団にも、紬の姿はなかった。
後ろをついてくる男に振り返って訊ねる。
「……何処にいるの?」
「知らねーよ、俺のガキじゃねえし」
「あなた、紬の父親がわりでしょ!」
「おれは典子……あのガキの母親と付き合ってるだぁ〜け。前の男とのガキなんか知るかよ!」
寝癖頭をかきながら欠伸をした男の頰を、怒りに任せて平手で殴った。
「てめっ! 何しやがる」
男が香澄を押し倒した。
香澄は両腕を布団の上に押さえつけられた。
顔を近づけてくる男に、香澄が怒鳴る。
「あなたが紬を虐待してるの、知ってるんだからね!」
「ああっ? 証拠でもあんのかよ?」
「あの子は隠そうとしたけど、紬ちゃんの体に痣を見たことがある」
「あいつはバカだから階段から転げ落ちるし、ポットもまともに扱えねえから火傷もするんだよ。だいたいあんな丈夫なガキ、放っておいても平気だろ。わんわん泣いてうるせーから真冬のベランダに閉じ込めたこともあるけどよぉ、翌朝もフツーに生きてたぜ?」
雨宮香澄がつかまれた手を離そうと暴れた。
「離して、警察に通報して捜索願いを出す!」
「無駄だぜ。前の男のところに行った……って警察には説明する。典子ともそうゆう話になってる」
雨宮香澄が絶句した。
そして恐る恐る、男に訪ねる。
「……まさかあんたたち、坂田佐和子とも話がついてるの?」
「……驚いたな、なんでそれを知ってる」
とつぜん雨宮香澄が抵抗をやめた。
無気力な視線で自分を見つめる香澄を見て、顔を歪めて男が笑う。
「おとなしいな、やっと覚悟を決めたか? お前も売られたくなかったら、おれの言う通りによぉ……」
男が手を緩めた隙に、香澄はつかまれた右手を素早く抜き取り、男の目の前に握った手を見せた。
「なんだ……?」
訝しげに見つめる男の目の前で、香澄がゆっくりと手をひろげる。
手のなかに握られていたのは黒い肉片。
それが香澄の胸の上に、ぼたりと落ちた。
「なんだそれ、気持ち悪りい!」
悲鳴にも似た声を上げて、男が飛び退く。
香澄はゆっくりと立ち上がり、もう一度右手を握りしめ、腰を抜かしている男の目の前に突き出した。
「さっきのはあなたの脾臓……。そしてこれはあなたの腎臓……」
香澄の開いた手の平から、赤黒い肉片がふくれあがる。
ぼとりと男の目の前に落としたとたん、男がうめき声をあげて苦しみだした。
「よく聞きなさい……。もし紬の内臓が抜き取られていたら、あなたの内臓をさらに抜き取るわ……。
もし紬がすでに死んでいたら……あなたの命もないと思いなさい」




