【第12話】02(挿絵)
「なんてくだらないの……本当にあなたは何もわかってないっ……!!」
目に涙を浮かべながら、坂田佐和子が訴えた。
「わたしはこの『つながり』を誇りに思っている! 不幸にも愛情に飢え、健康的に育っていない不憫な子を、わたしが代わりに育てられるなら、金山になんかいくらだって尻尾を振れる!」
「子どもの命を売りさばいて、それがあなたの正義ですか?」
「正義なんて言うつもりないっ! すべての業はわたしが背負います!
でも人間だって同じゃないですか? 牛や豚だって小さな頃から愛情をかけて育てた子は、目に入れても痛くないほど可愛いでしょう?! うちの子を出荷するときは、わたしだって心のなかで涙を流すんです!
人間と家畜、どこに違いがありますか?」
沸き立つ鍋の音だけが、食堂の中に響いている。
モグラの小さな呟きが、ふたりを包む沈黙を破った。
「わたしも畜生界からの越界者です」
「…………!」
「人間界でわたしの仲間が切り刻まれ、余興のために飾り付けられ、食べることなくゴミとして捨てられていく姿を、わたしは何度も目にしました……。
わたしはあなたの気持ちに共感はできない。だが人間の側に立ち、あなたを断罪する理由もない」
モグラはシルクハットを目深に被り直し、佐和子の正面になるようつま先を揃えると、壁に立てかけられたステッキを手に取り、佐和子に語りかける。
「坂田佐和子、あなたは本来、その罪深さゆえ『地獄界』へ送られるが、わたくしに与えられた特別な権限において、もとの『畜生界』へ戻します」
シルクハットのつばからわずかにのぞいた瞳が、銀色に輝いている。
「それがわたしが出来得る、最大の譲歩です」
坂田佐和子は震える手で包丁を強く握りしめ、声を振り絞って叫んだ。
「情けなんていらない……わたしはっ……!」
狐のような耳が髪をかき分け立ち上がり、腕は逆立つ金色の毛で覆われ、スカートの中からも毛に覆われた尻尾が垂れる。
「わたしの可愛い子どもたちとの『つながり』を捨てるくらいなら、ここであなたと戦い、死ぬことも厭わないっ!」
坂田佐和子が包丁を突き出し、モグラに飛びかかってきた。
即座にモグラがステッキで床をつく。
その直後、波打つような巨大な揺れが子ども食堂を襲った
唸るような鳴動と共に、厨房の壁に並んだ三つの蛇口が根元から弾け飛ぶ。
刺すほどの勢いの水が噴き出し、坂田佐和子の体を壁に叩きつけた。
その体に、容赦無く凍るような冷たい水が降り注ぐ。
「わたしは……まだ……」
教会の鐘のような低い音を響かせ、沸騰した大量の湯をたたえた大鍋が床に落ちた。
爆ぜるが如く立ちのぼる湯気で、厨房が真っ白に包まれる。
「まだ……子どもたちの……」
白いもやの中で坂田佐和子の影が立ち上がり、よろめきながら床に散らばった野菜や肉を拾い集め、調理台に向かって歩き出す。
濡れそぼった毛だらけの体でまな板の前に立ち、折れて外側に向いた手首のまま包丁を握った。
「子どもたちのために、温かい料理を…………」
しだいにその体は小さく縮み、獣の姿になって水浸しの床に倒れた。
白くけぶるなかをモグラは静かに歩み寄り、その小さな体を抱きしめる。
やがて水の勢いが弱まり、湯気が収まったとき、坂田佐和子の体はモグラの腕の中から消えていた。




