【第12話】01 坂田佐和子
メグルが小野寺の家をあとにした頃、何も知らないモグラは坂田佐和子と一緒に、子ども食堂『つながり』の厨房で仲良く明日の料理の下ごしらえをしていた。
「メグルくんって養子って聞きましたけど、本当なんですか?」
ブロッコリーを切る手を止めて、坂田佐和子が訊ねた。
「ええ本当です。訳あって、いまはわたしが引き取ってあげてるのですよ」
モグラが細い腕をぷるぷると震わせながら、たっぷりの水が入った大鍋を火にかける。
その背中に向かって、坂田佐和子が続ける。
「そうなんだ……。わたし、そろそろ身を固めなきゃなんて思ってるんですけど……」
「えっ? ええ~っ?! 佐和子さん、結婚なさるんですか?!」
驚いて振り返ったモグラの目を、坂田佐和子はじっとりと湿った視線で見つめ返した。
「やっぱり最初は、二人きりの生活を楽しみたいじゃないですかぁ……?」
普段とは異なる坂田佐和子の態度に混乱しつつも、モグラはわずかな期待に胸を膨らませる。
「そ、そらそうでしょうっ!! やっぱり新婚さんには二人きりの時間が必要ですよ!」
「……わたし、一生懸命働いているドリュウさんを見て、あなたとなら、ずっと一緒にこの食堂をやっていけると思ったんです……。もしですよ? もしメグルくんが気を利かせて、わたしたちの前から急に姿を消しても……。わたしと一緒なら気になりませんよね?」
モグラの想定を遥かに上回る、佐和子からの告白。
火にかけた大鍋よりさきに、モグラの顔から湯気がたった。
「あああ、当ったりまえですよ! もともとあいつとおいらに、血の繋がりなんてねえんすからっ!」
包丁を持つ佐和子の手をぎゅっと両手で握り締めると、モグラは顔を真っ赤に染めながら声を張り上げた。
……と同時に、何処からかくぐもったベルの音が聞こえてきた。
「どこかで電話が……?」
坂田佐和子が辺りを見回していると、モグラがおもむろに頭からシルクハットを取り、中から黒電話の受話器を取り出した。
見てはいけないものを見てしまったかのように、坂田佐和子の表情が硬まる。
「えっ? ドリュウさん、何でそんなところに……?」
「ちょ、ちょいと失礼しますよ……」
何でもないようにそう言うと、モグラは食堂のテーブルまで移動し、背中を向けて受話器に話しかけた。
「はいもしも~し、菅野土竜でぇ~す!」
浮かれた声で電話に出るモグラ。
「何だよメグルか? どこほっつき歩いてやがんだよ? だがお前さん、今夜は帰ってこなくていいぞ……」
「ば~か、何言ってやがる。そんなんじゃねぇよ……」
「ええっ! そんなわけ……」
「ああ、そうか……。うん、わかった……」
モグラは大きく肩で息を吐くと、シルクハットに『顔見知り電話』をもどして頭に被った。
ゆっくりと振り返ると、坂田佐和子は両手で包丁を握りしめ、厨房の中に立ち尽くしている。
「もう決めてくれましたよね? メグルくんとわたし、どっちを取るか……」
震える声で言ったその言葉に、胸に大穴が開いたような寂しげな表情のモグラがこたえた。
「……そんなセリフ、誰よりも子どもを愛する、あなたの口から聞きたくありませんでした」
「まさか無事でいるなんて……メグルくんからどこまで訊きました?」
「あなたが犯した所業、すべてです」
佐和子がぎゅっと目をつぶった。
ふたたび目を開けた佐和子が、沈痛な面持ちでモグラに訴えかける。
「わたし、本当に子どもを愛しているんです。それは毎日わたしの働きを見ていたあなたなら、わかるでしょう?」
「だから不思議なんです。あれほど子どものために身を粉にして働いてるあなたが、なんで人身売買などに手を染めたのですか?」
「彼らは親に見放された子や、貧しい家庭で満足に食事も与えらずに不健康に育った子どもたちです! そんな子たちにわたしが声をかけて、愛情をかけて、見事に育てあげたんです!」
モグラが静かな口調で問う。
「……金山の指示ですね?」
小刻みに唇を震わせながら、佐和子がこたえる。
「……去年の冬、これからも子ども食堂を続けたいならと、出資者である金山さんの提案を受け入れました。ひと月に一人か二人……。健康状態のいい十五才以上の子どもを出荷します。選ばれるのは失踪しても家出扱いになりそうな家庭の子たちです。
……今月は出荷が遅れて急かされていたんです。出荷されたはずの香澄ちゃんも、なぜか普通に戻ってきて……」
「でも、いざ顔を見ると嬉しかった……。雨宮香澄が帰ったとき、あなたが見せた笑顔は本物でした。あなたも本心では子どもを売りたくなかった。なのに金山の色香に騙され悪に手を染め……」
坂田佐和子がうつむきながら静かに笑った。
やがて大きな声で笑い出すと、モグラに向かって吐き捨てるように叫んだ。
「なんてくだらないの……本当にあなたは何もわかってないっ……!!」




