【第11話】06
「メグルくん、忘却蝋燭……」
メグルが気が付いたように、鞄をまさぐり紫色の太い蝋燭を取り出した。
続けて取り出したマッチで火をつけているあいだに、雨宮香澄は加藤誠司のロープを解く。
「誠司くん、メグルくんが持ってる蝋燭の火を見て」
香澄に言われて、訳もわからず誠司はメグルが持つ蝋燭の火を見つめた。
その火をメグルが吹き消す。
とたんに香澄は笑顔で誠司に話しかけた。
「誠司くん目を覚まして! まだ寝ぼけてるの?」
誠司がぽかんと辺りを見回す。
「あれ香澄……メグルまで、何でここに……?」
「調免試験の勉強で疲れてるのよ、配達先で寝ちゃうなんて……。メグルくんと一緒に探し回ってたら、小野寺さんからウチで寝てるって電話があって……もうほんと笑える!」
「やっべ、マジか。疲れてるんだな、ぜんぜん記憶がねぇ……。いま何時?」
「もう九時過ぎよ。またどっかで寝ないように『つながり』には寄らずに家に帰ってね」
「おっけ……メグルもありがとな! じゃあ明日、また『つながり』で!」
部屋を飛び出していった誠司が、とつぜん戻って顔を覗かせた。
「小野寺さんにも挨拶しないと!」
「じいさんもう寝てるし……。わたしが代わりに挨拶しとくから、もう行きなって」
雨宮香澄が笑顔で送り出した。
家の外から聞こえる自転車を漕ぐ音が、徐々に遠のいていく。
部屋の中はメグルと香澄、そして小野寺の死体が残された。
「……二条美華、いまごろ何しにきたんですか?」
コートに手を突っ込んだ雨宮香澄が、冷めた視線で小野寺の死体をじっと見下ろしている。
「わたしの……雨宮香澄の幼なじみが殺人犯になるのは、さすがに忍びないでしょう?」
「何をいまさら、もう手遅れだ! 加藤誠司は殺人を犯し試練星が一気に増えた。もう堕界どころじゃ済まされない!」
「その星も、じきに消える……」
小野寺にかけた毛布が異様に蠢き出した。
驚いてメグルが毛布をめくると、荒い呼吸をしながらも小野寺が蘇生している。
思わずメグルは床に膝をつき、深く安堵の息を吐いた。
そして香澄を見上げる。
「……人間界に、干渉しないんじゃなかったんですか?」
「もちろん、誠司くんを助けるのだけが目的じゃないし、小野寺もこのままじゃ、そのうち死ぬ」
雨宮香澄がコートのポケットから魔捕瓶を取り出して、メグルの目の前に差し出した。
「選択肢はもうない。でしょ……?」
差し出された魔捕瓶。
メグルは覚悟を決めて、その瓶を受け取った。
魔捕瓶のコルク栓を抜き取る。
真珠色に輝く粒子が霧となって勢いよく吹き出し、暗い六畳一間の和室を眩しいほどの光で包んだ。
やがて霧は渦を巻いて小野寺の体に吸い込まれていく。
「……がはっ!」
小野寺が大きく息を吐き、体を起こした。
耳障りな音を響かせながら、折れ曲がった首を自らの手で治す。
「お姉さま!」
雨宮香澄が、白髪頭の老人である小野寺に抱きついた。
「……酷いわね美華さん、わたしに恨みでもあるわけ? こんな汚らしい老人の体をわたしに充てがって、あなただけこんな若々しくて美しい体を手に入れるなんて……」
雨宮香澄の体を羨ましそうに撫でまわす小野寺。
その様子を、メグルは複雑な気持ちで見ていた。
理由を知らない第三者が見たら、とても不健全な光景だ……。
その小野寺の体に憑依した二条杏香が、鋭い視線をメグルに投げた。
とっさにメグルは魔捕瓶を掲げて牽制する。
「……今夜は見逃してあげるわ。というより、この体じゃ何もできやしないから……」
射るような視線とは裏腹に弱気な発言をした小野寺は、気が付いたように雨宮香澄に向き直った。
「美華さん、まさか、あなたわざと……」
言いかけたとたん、腰に手を当て膝から崩れ落ちた。
「ああ、腰が痛い……美華さんマッサージして……。あとこの家、汚すぎるしカビ臭い……。アロマを焚いて頂戴……」




