【第4話】03
「今日は先客がいるのか、めずらしいな……。ここ、失礼するよ」
ぐでんぐでんに酔っ払っているモグラの横に、大柄の男がどっかと座る。
「ええと……何にしましょう?」
いくぶん緊張した表情の店長が、男に声をかけた。
「そうだね。瓶ビールを一本置いていってくれたまえ。あとは勝手にやるから、きみはきみの為すべきことやりたまえ」
男がシルクハットをカウンターに置きながら、射るような視線を店長に投げる。
「ああはい、では奥で仕込みをしますので、ちょっと失礼します……」
その雰囲気に気圧された店長が、あわてて奥に姿を消すのを見届けてから、一転、男は柔和な表情でモグラに話しかけた。
「きみもいいシルクハットを被っているね、スーツも古いが仕立ての良いものだ。その蝶ネクタイも素敵だよ。わたしと趣味が合いそうだ」
一升瓶を抱えたモグラが、夢現にこたえる。
「へへ、こりゃあよう、エゲレス人が着ていたもんだ。おれはこの服にすっかり魅了されちまって、頼み込んでおいらの一番上等な着物と交換してもらったんだよ……」
「ほう? とても素敵な男だったんだろうね、その英国紳士は」
瓶ビールを自分でコップに注ぎながら、男が微笑む。
「とんでもねえ! 嫌味な武器商人だったぜ! おいらを下等動物を見るような蔑む目で見やがってな……。でもそこにおいらはビビビっと痺れたんだ。おいらもこいつみたいな、世間で上等と呼ばれる人間になってやろうってなぁ……。ありゃあ江戸の終わりの頃だったかな」
「幕末のイギリス人? あんた面白いことを言うな」
「ほんとだぜ、おいら三〇〇年もこの人間界に居座ってるベテランだからよぅ……」
「なるほど、そういうことか……」
合点がいった表情で、男は泡立つビールを一気に飲み干した。
「 実は最近大きなプロジェクトが動き出す予定でね。きみのような貴重な人材に手伝って欲しいのだが……。んっ? もう行くのかね?」
モグラは一升瓶を抱えながら、ふらふらと店の出口へ歩いていた。
「おいらはよう、他人の役に立ちゃしねぇ、逃げて隠れての日陰もんだったが、あいつの光を浴びちまったんだよぅ……。それから、からきし盲目よ。何にも見えちゃいねぇおいらは、前に前に突き進むしか能がねえモグラだからよ……。とことん、奴について行くって決めちまったんだ……」
*
「すみません。神宮寺と申しますけど、門田熊雄さんでしょうか?」
メグルはジムの電話で、二条美華からもらった門田熊雄の名刺に書かれた携帯番号に電話をかけていた。
「門田ですか……。失礼ですが、どのようなご用件でしょうか?」
電話には、戸惑った声色の男性が出た。
「今日の十五時に林ビル九階の物件で、内見の約束をしていた者です」
「あっ……それは大変申し訳ございませんでした。実はちょうど雨の降り出したその時間帯に、門田はすぐ近くにある別の物件の外階段で足を滑らせまして……」
「門田さんに伺いたいことがあるんですが、いつでもいいので折り返しお電話を頂けないでしょうか」
「それがその、門田は亡くなりまして……。どうやら即死だったようなんです」
メグルは一瞬、絶句するも、どこか腑に落ちた様子でこたえた。
「そうだったんですか……お悔やみを申し上げます。では……」
メグルは受話器を置くと、ジムのスタジオスペースに寝転がり、門田熊雄の名刺裏についた血のような滲みを見つめながら、くせのある前髪を指に絡ませた。
やはり門田熊雄は死んでいた……。ってことは血のついた名刺が入った物件ファイルは、門田熊雄から引き継ぎとして手渡されたのではなく、事故現場で手に入れたもの……。
二条美華は、やはり越界者で確定なのか……。
もし彼女が門田熊雄を階段から突き落としたとしたら、そこまでしてぼくらと接触しようとする動機は……?
メグルが体を起こす。
「まさか、初めからぼくが人間界管理人と知っていて、このジムにおびき寄せ、魔鬼である林杏香に始末させるつもりだったのか……。だとしたら萩原の話からすでに罠!! やはりモグラの言う通り、既にぼくらは敵の掌中に……」
そのとき、ジムの照明がとつぜん消えた。
次の瞬間、後頭部に強烈な痛みが走る。
遠退いていく意識のなかで、崩折れながらも振り返るメグルの目で確認できたのは、窓から差し込むネオンを背にした、黒い人影のみだった。




