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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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295・深夜の目撃者達


 アーマーン侯爵家に仕える魔導師、キュリオ・ペイジは、本日の昼間、トマティ商会による「新規農地開拓」の様子を見学した。

 昨日は魔族オズワルドの転移魔法によって、本来なら数日かかるはずの旅程を一瞬で消化された。

 開拓についても、もし本格的にやるのならば、段取りに数日、人集めに数日、指示だけ出して一度は王都へ戻り、一ヶ月後ぐらいにまた様子を見に来るつもりだったのだが⋯⋯


 一日でほぼ終わった。


 報告書に事実を記そうとして⋯⋯さて、とペンの進め方に迷う。

 見たものをそのまま書いたらえらいことになる。それはわかる。

 虚偽を書くのは論外である。それもわかる。

 ある程度、こう、加減をして⋯⋯うん。


・トマト様畑の開拓は一日で終わった。

・トマティ商会が連れてきた謎の冒険者が、荒れた傾斜地を吹き飛ばしつつ美しい段々畑に仕上げた。

・わけがわからなかった。


 ⋯⋯結論として、真実を記す報告書と対外用の虚偽報告書、二通を作成すべきと悟った。

 主のカルテラ侯爵には両方提出して、そこから先の判断は侯爵に一任する。この責任は自分には負いきれない。


 ただ、その内容で「魔族」や「亜神」の怒りを買いたくはないので、トマティ商会の商人にも内容を確認してもらい、もしもまずい記述があったら削除してもらうことにした。


 書いてはいけない、書くつもりのない推測として⋯⋯キュリオは、ライゼー子爵に称号を与えた『亜神』の正体にもう気づいていた。

 オズワルドと一緒に来て、たった一人で開拓を成し遂げた、あのウサ耳のヘアバンドをつけた冒険者⋯⋯


 名はピスタ・ラビ。


 彼女こそが『亜神』と見て間違いない。

 その一撃は深く広く大地をえぐり、舞い上がった土は引き戻されるようにして地を均し、邪魔な灌木や岩はそのまま吹き飛んで遠くに落下した。

 あれこそが亜神の奇跡⋯⋯その一端なのだろう。


 近くでともに見学していた住民の老爺は、その場にひざまずいて祈り始めた。

 フリッツ卿は貧血か高血圧かで倒れ、息子の領主がこれを支えつつ、親子揃ってはらはらと感動の涙をこぼしながら、完成していく畑を見守った。

 規模もさることながら、人知を超越した上位存在が目に見える「加護」をもたらしてくれたことへの感謝の涙だろう。

 目の前の光景には、ブランフォード伯爵家の苦悩と不遇の時代が終わりつつあることを実感させるだけの、神々しいまでの迫力があった。


 ただ、彼ら親子は『リーデルハイン子爵家に亜神が関わっている』ことまでは知らないから⋯⋯冒険者ピスタのことも、『魔族オズワルドの関係者』と思っているだろう。


 ともあれ、純粋な人力であれば数年、土属性の魔導師を連れてきても数ヶ月はかかりそうな開拓作業が、わずか一日であっという間に終わってしまった。

 この事実は覆しようがない。


(⋯⋯いかん。興奮しすぎて眠れそうにない⋯⋯)


 才に乏しいとはいえ、キュリオも魔導師の端くれである。あれだけの大魔法を目の前で連発されては、とても平静ではいられない。

 報告書も⋯⋯もう少し頭を冷やしてからでなければ、うまくまとめられる気がしない。


 少しばかり夜風にあたりたくなって、彼は月夜の散歩と洒落しゃれこんだ。


 ブランフォード領はよそもの、旅人、冒険者などが滅多にこないから、街の治安は安定している。旅人がいないとそれを狙う野盗の類も減る。


 そのかわり獣は増えやすく、畑を荒らす猪との戦いは日常茶飯事だし、わざわざ畜産をしなくても食肉需要をまかなえる程だと聞く。つまりそれだけ農産物への被害も大きい。


 今回、新規開拓した段々畑は、傾斜した荒れ地ゆえに放置されていたが、領都の中心部からはそこそこ近い。周辺には既存の農地も広がっているため、ここが集中的に狙われるような事態は考えにくいが、今後、柵くらいは設置していくべきだろう。


 件の新規開拓地まで来ると、休憩用のガゼボ(東屋あずまや)に、夜にもかかわらず先客がいた。

 斜面の手前は拓けた農地ゆえに日除けがなく、作業者が昼食をとったり雨宿りできる程度の簡素な小屋がぽつぽつと点在している。


 そのうちの一つに、この領地の先代当主⋯⋯フリッツ・ブランフォードが座り、一日にして作業の終わった開拓地をぼんやり見下ろしていた。


 邪魔になるかとも思ったが、せっかくの縁である。キュリオは声をかけた。


「フリッツ卿、こんばんは。こんな時間に散歩ですか」


「おや⋯⋯誰かと思えばキュリオ殿だったか。貴殿こそ、こんな時間にどうしたね」


 昼間、共に『人知を超えた光景』を目にして震えた仲とあって、年は倍ほども違うのに距離感は近くなった。


「昼に見たあの開拓の光景が、私の見た幻でなかったことを確認したくなりまして⋯⋯夜の景色を確認しにまいりました」


 少々気取って答えると、フリッツが肩を揺らして笑った。


「ははっ⋯⋯私もだ。あの光景は現実だったのかと⋯⋯どうやら、幻ではなかったらしい。あの荒れ地が、ここまで見事な農地に変わろうとは⋯⋯今朝までは想像もしていなかった」


 フリッツはどこか遠い目をして、巨大な月に照らされた何も生えてない整った段々畑を見つめた。


「キュリオ殿。この荒れ地は⋯⋯間違いなく、開拓するには不向きな場所だったのだ。人間よりも大きな、下手をすると馬車ほどの大きさの岩がごろごろと積み重なり、そこに流れ込んだ土砂から灌木が生えて長く根を張り、岩に絡みついて相互に補強しあい⋯⋯仮に焼き払ったところで、岩をどかすのは人力だ。地属性の魔導師ですら、どれほどの歳月を要するか⋯⋯手をかけるだけ無駄と、使い道のない土地だと⋯⋯私も領民達も、そう『思い込んで』いた」


 キュリオは頷く。この現場を見たのは今朝が初めてだったが、少なくとも「早く畑を作りたい!」という局面で選ぶような土地ではなかった。

 領主もフリッツも「他の土地にしたほうが⋯⋯」と及び腰だったし、キュリオとしては魔族オズワルドが何か魔法を使うのかと思っていた。


 結果的には、『ピスタ・ラビ』と名乗る謎の冒険者が一人ですべて済ませてしまったが⋯⋯


「無理もありません。私とて、あんな地魔法を見たのは初めてです。一見すると豪快なばかりに見えて、実は繊細⋯⋯巻き上げたすべての土に魔力を通して引き戻し、平らにならすなど⋯⋯しかもその過程で、植物と岩だけはきっちりと弾き飛ばしておりました。宮廷魔導師のルーシャン様でさえ、あんな芸当はできぬでしょう」


 キュリオの本音に、フリッツは薄笑いで応じた。


「私は魔法に詳しくないが、やはり専門家から見ても尋常な技ではなかったのか。あのような人材がいれば、領地の開拓も進むであろうな⋯⋯」


「まさに。しかしリーデルハイン領は、人口が少ないと聞いておりますから⋯⋯農地だけ増やしても管理しきれないのが悩みどころでしょうか」


「うむ。先日、陛下に呼ばれてライゼー子爵と会った時にも、御本人からそのような話を聞いた。しかし、昼間のあの魔法は⋯⋯農地に限らず、宅地、街道の整備にも有用だろう。あるいは⋯⋯山地の迷宮発見にも、あのピスタ殿が関わっていたのかもしれんな。あの魔法があれば、ドラウダ山地の道も容易に整備できよう」


 街道の整備は多くの人員を長期間にわたって働かせる必要がある。それを単身で、しかも短時間で為せるピスタ・ラビの地魔法は、世に知られれば貴族間で奪い合いになってもおかしくない。


 ⋯⋯しかし、キュリオは侯爵家の強権を振りかざしてでも、そんな事態を防ぐべきだと考えている。


 あれ(・・)は人間ではない。

 リーデルハイン子爵家の当主たるライゼーが、『亜神の信頼』という称号を持っていることを、キュリオはすでに知っている。

 つまり⋯⋯自分達は今日、『亜神ピスタ・ラビ』の姿と御業を目撃したのだ。今の彼はそう確信していた。

 

 ライゼーが持つ称号の件は墓の下まで持っていくと、主のカルテラ・アーマーン侯爵とも合意している。人相手ならばともかく、神相手に不敬を為すほど無謀ではない。

 この気づきについては報告書からも完全に除外し、カルテラ侯爵には口頭でこっそり伝えることになるだろう。ピスタ嬢はあくまで、「とても優秀な地属性の魔導師で、トマティ商会の専属冒険者」なのだ。少なくとも、本人⋯⋯本神とトマティ商会が正体を隠している以上、その意向には添う必要がある。


 だから、フリッツ相手にもごまかさなければならない。


「あのピスタ様という冒険者は、オズワルド様とも親しいようでしたから⋯⋯あるいは魔族の関係者かもしれませんね。身分を偽装する上で冒険者の肩書は便利ですし、どんな依頼を受けようと本人の自由ですから、国や貴族から命令されることもない。しかも『トマティ商会の専属』となれば、冒険者ギルドもそうそう干渉できません」


 フリッツも頷いた。


「ふむ⋯⋯私は冒険者ギルドの相談役もやっているが、あれほど腕利きの冒険者が、これまで名を知られずにいたというのも不思議な話だ。ピスタ殿というのも偽名かもしれんし、『魔族の関係者』という推測は有り得るな」


 同意を見せつつも、フリッツの言葉にはどこか、言外の含みがありそうな気がした。

 彼は彼で何か別の推論、あるいは答えを持っているのかもしれないが、他家の家臣相手に口を滑らせる気はないのだろう。


 揃ってぼんやり月を見上げていると⋯⋯キュリオの視界の一隅を、黒い影がよぎった。


「フリッツ卿、失礼。身を伏せてください」


 咄嗟にキュリオは、フリッツの背中を押して身を低くさせた。

 自身も地に膝をつき、ガゼボの柵の陰に隠れる。


「何かね?」


「魔獣のようです。空に⋯⋯」


 キュリオが指差した夜空には、巨大な満月を背景にした小さな影が飛んでいた。

 空の魔獣から「獲物」と見定められるのは危険極まりなく、足の遅いフリッツもいる以上、身を隠すのがまず最優先と判断した。

 

 視界の端で見た瞬間には、ギブルスネークや魔鳥の類かと思ったが⋯⋯改めて観察するとシルエットがだいぶ違う。


 優美な翼こそ生えているが、全体にずんぐりと丸く、四肢がある。つまり翼を持つ『獣』であり、ヘビや鳥ではない。

 月光を浴びて銀色に輝くその姿は、まるで神話のワンシーンのようで⋯⋯キュリオは思わず見惚れそうになった。

 ただ、老眼が進んだフリッツにはぼんやりとしかわからないようで、その目つきにはまだ戸惑いがある。


「キュリオ殿、あれはなんだ? 何かいるのは、かろうじてわかるのだが⋯⋯」


「⋯⋯猫⋯⋯のように見えます。翼が生えていますが、白い長毛の⋯⋯いや、もしかしたら熊かもしれませんが⋯⋯」


 遠すぎてキュリオにもよくわからない。あとは、背中に何か⋯⋯小さな生き物が乗っているようにも見える。


 その小さな生き物が、もぞもぞと蠢き⋯⋯たぶん、前足か何かを振り上げたのだろう。

 直後、昼間に完成したばかりの段々畑の下で、一斉に『何か』が蠢き始めた。


「ヒッ⋯⋯!?」


 悲鳴をこらえ、キュリオは身を震わせる。隣ではフリッツも目を見開き、その場で彫像のように固まっていた。


 柵の隙間から見えるもの⋯⋯

 それは大小さまざまな、石でできた『猫』の群れだった。そのすべてが異常な密度の魔力を内包し、のっそりと静かに動き始めている。


 昼間の土地改良で弾き出された石はみな、斜面の下に適当に転がされていた。

「こちらの片付けはまた明日」などと商人のジャルガが言っていたが⋯⋯片付けるまでもなく、石が勝手に動き出した。


 あまりの異常現象を目の当たりにして、かちかちと歯を鳴らしそうになり、キュリオは慌てて衣服の袖を噛んだ。今、音を立ててはいけない。かなうことなら呼吸も控えたい。


(なんだ、あの岩の化物は⋯⋯! まるで、ダンジョンに湧く魔物のような⋯⋯あんな魔物の群れに、もしも領都を襲われたら⋯⋯!)


 全滅は避けられない。


 古楽の迷宮・深層に出没するモンスター、バイオラ、チエラとはキュリオも戦ったことがある。もちろん一対一ではなく、複数の腕利きの冒険者と共に挑んだのだが⋯⋯キュリオの魔法はほとんど牽制にしかならず、冒険者達が必死になって仕留めてくれた。


 キュリオ一人では、おそらくあの石でできた猫達の一匹にすら歯が立たない。一目でそうわかる程度には魔力の密度が桁違いすぎる。仮にバイオラの魔力を1とすれば、あの猫は一匹で10か100か1000か⋯⋯要するに「人の目では計測できない」くらいの大きすぎる差が存在した。


 息をひそめる二人の視界で、岩でできた猫達がいよいよ本格的に動き始める。


 彼らは一斉に散開し⋯⋯ある者は段々畑を駆け上り、ある者は左右へ、ある者は自身の目の前へと、まるで兵士達が指示された配置につくような、獣らしからぬやけに整然とした行動を見せた。


 そして⋯⋯静かになった。


 いや、そもそも足音すらまともに聞こえていなかったが、岩達が動くことによって生じていた空気の流れも止まり、静寂の夜が戻っている。

 斜面の上まで登ってくる個体もいない。

 

 キュリオとフリッツは、恐る恐る、ガゼボの柵の上から下を覗き見た。


 斜面の下にあったはずの岩が、すべて消えている。つまり、今見た光景は幻ではない。

 しかし猫達の姿はなく⋯⋯かわりに、よくよく見れば段々畑のすべての段差部分に、石造りの立派な擁壁ようへきができている。


 さらには各畑をつなぐ石段、荷馬車が通れるスイッチバックの坂道、雨が降った際に使われる排水用の水路までもが一瞬で整備され、「後は苗を植えるばかり」という状態にまで畑が完成していた。


 キュリオとフリッツが呆然としている間に、空を飛んでいた翼のある大きな猫(※あるいは熊)もいなくなっている。


「い、今のは⋯⋯一体⋯⋯」


「⋯⋯ま、まさか⋯⋯まさかあれが、ドラウダ山地の神獣⋯⋯?」


 フリッツがわなわなと震えながら漏らしたその言葉を、キュリオは聞き咎める。


「フリッツ卿、その、神獣というのは⋯⋯?」


「あっ⋯⋯い、いや! なんでもない。忘れ⋯⋯ああ、いや。違う。これは悪手か⋯⋯貴殿も目撃してしまった以上、口止めが必要になるな⋯⋯」


 何やら葛藤はあったようだが、フリッツは真っ向からキュリオと視線をあわせ、かすれそうな声を紡いだ。


「⋯⋯キュリオ殿。すでに発表されていることではあるが、ドラウダ山地で見つかった迷宮の傍には、『メテオラ』という有翼人の里がある。そこでは『猫』と『熊』を信仰しているそうだが、ご存知かね?」


 もちろん報告書は読んでいる。さほど詳しいことは書いていなかったが、僻地の民間信仰というのは千差万別だから、取り立てて重視はしていなかった。


 しかし今、目の前で起きた事象を踏まえれば――この民間信仰から、別の側面が浮かび上がる。

 熊のような大きさの空飛ぶ猫。そして岩でできた猫の群れ⋯⋯なんらかの奇跡、秘術の類だろうが、とりあえず人間の魔導師にできることではない。


「⋯⋯まさか、今の現象も⋯⋯? し、しかし、ドラウダ山地とここでは距離があまりに遠すぎます。あり得ないでしょう」


 やけに遠い目をしたフリッツが、深々と頷いた。


「そう。『あり得ない』⋯⋯そういうことにしておきなさい。ドラウダ山地に聖獣、あるいは神獣がいる可能性に関しては、陛下からも『内密に』と指示されている。貴殿がいる場で口を滑らせたのは私の失策だが、しかし『実際に目撃した』以上、ここから詮索されるのはもっと困る。だから『あり得ない』と納得した上で⋯⋯我々は今宵、何も見なかったと、記憶を改竄かいざんして欲しい。それがこのネルク王国のためになる」


 キュリオも察した。

 フリッツは『亜神』の存在にまでは気づいていない。だが、『神獣』という上位存在が潜伏している可能性については把握している。


 両者は同一のものかもしれないし、あるいは『両方』いるのかもしれない。

 いずれにしても⋯⋯魔族オズワルドや宮廷魔導師ルーシャンも、そうした存在に興味を持って協力しているのだろう。


 しばし思案した上で、キュリオも頷きを返す。


「⋯⋯承りました。今宵のことは忘れ、カルテラ卿への報告も控えましょう。しかし、なんというか⋯⋯ライゼー子爵は、これだけの秘密を抱えこんで、よく平気な顔で耐えておられますね⋯⋯」


「⋯⋯あの御仁の精神力には、私も感服している。いや、ああいう御仁だからこそ、そうした上位存在からの信頼を得られたのだろうが⋯⋯」


 フリッツは称号、『亜神の信頼』について知らないはずだが、それでもライゼーには何か特別な資質がありそうに見えるらしい。


「トマト様の提供や契約農場の件で、当方はリーデルハイン子爵家に返しきれぬ恩ができた。もちろん、トマティ商会に対してもそうだ。この領地がこれから、どのように変化していくかはまだわからぬし、私はそれを見届ける前に天寿を迎えるだろうが⋯⋯この成果は、子や孫の代にも継がれていくと確信している。そのために、今の我々ができることは何か。キュリオ殿、おわかりだな?」


「⋯⋯⋯⋯秘密を守ること。他の貴族に不敬な真似をさせないこと。ライゼー子爵を通じて、上位存在の意向をそれとなく確認していくこと⋯⋯でしょうか」


 キュリオの解答に満足したように、フリッツが微笑んだ。

 いつも不機嫌そうな顔をしている老爺だったはずだが、ここのところ、表情が穏やかになってきた気がする。

 これはたぶん「ある種の諦め」というか⋯⋯むしろ「開き直り」だろうか。


「貴殿がそこまで即答できるということは、カルテラ侯爵も同じ結論に達したのだろうな⋯⋯まぁ、そちらが想定している相手は魔族なのだろうが」


 この勘違いはあえて正す必要もないため、キュリオは聞き流す。侯爵家が『亜神』の存在に気づいているという事実は、可能な限り隠し通さねばならない。


 年齢が倍ほども違う二人は、改めて握手をかわしつつ、互いに秘密を守るとここに誓ったのだった。


 §


 にゃーん。

 ストーンキャットさん達の群れによる擁壁製作をスパッと終えた俺は、キャットシェルターに戻って我が飼い主に甘えていた。


「ルーク、おつかれさま。メテオラを工事した時より、手際がよくなってたよね?」


 我が主、クラリス様が柔らかな微笑とともに褒めてくださる。喉元を撫でる指の動きもたいへん心地よい。

 もう夜も遅いので、見学に来ているのはクラリス様とリルフィ様だけ。ピタちゃんもいるが、彼女は俺と同様、ペット枠である。

 ラズール学園側で晩御飯を済ませ、「おやすみなさーい」とみんなが寝室に引っ込んだ後、クラリス様を寝かしつけつつ「今日はこの後、向こうでちょっと残業を⋯⋯!」と明かしたら「見たい」とのことで⋯⋯こうなった。


「にゃーん。ごろごろごろ⋯⋯今回はピタちゃんがきれいに整地をしてくれましたし、それにあわせるだけでしたので! いや本当に、昼間のピタちゃんの勇姿もお見せしたかったです」


「きょうしゅくです!」


 ピタちゃんはウサギ状態でリルフィ様のお膝に頭をあずけ、夜食の追加ご褒美ソフトクリーム(ミックスベリー味)をぺろぺろしている。

 今日は昼食やおやつにも提供したのでやや食べ過ぎ感はあるが、しかし大活躍してくれたし、これが魔力の補給にもなるので⋯⋯たまにはこういうチートデイがあっても良い。

 リルフィ様も片手でソフトクリームを支え、片手でピタちゃんの背中を撫でながら、窓から見える段々畑の中継映像に目を細めた。


「本当に立派な段々畑になりましたね⋯⋯後日、あの斜面の下側に、加工場や出荷場を作るのですよね⋯⋯?」


「そうですね! そっちの工事は人力で充分に可能なはずですし、職人さん達の仕事としてもちょうどいいので、ブラン商会の人達に任せる予定です。図面は用意してあるので、縄張りが済んだら一旦、ジャルガさんにも本社へ戻ってもらう感じですかねえ」


 建築の進捗しんちょくにもよるが、加工場の本格稼働は秋頃を想定している。それまでは生食用トマト様を生産して領都や領内の町、村に広め、トマト様の自然な美味しさを知ってもらおう。

 基本的には全量をトマティ商会で買い取る契約なので、どこにどう広めるかはこっちの裁量次第なのだが、一部は提携先のブラン商会にも販売を委託する予定だ。


 ストーンキャットさん達による真夜中の擁壁一斉工事、その光景をクラリス様とリルフィ様にも楽しんでいただけたところで、今日の業務は完全に終了である。


「ピタちゃん、今日は本当におつかれさま! きれいな畑を作ってくれてありがとうね」


「おやくにたてたならなによりです。ぴたごらすにとってもちょうどいいうんどうでした!」


 ふんふんとお鼻をひくつかせるピタちゃんは、どことなく得意げでいつもより三割増くらいかわいらしい。

 運動不足解消のためにも、たまにはこういう場を用意してあげたほうが良いのかもしれぬ。まだまだ成長期の343歳児だしな⋯⋯

 

 その後、宅配魔法でそそくさとカルマレック邸に戻り、猫は一仕事済ませた充実感を胸にゆっくりと安眠した。


 その晩に見た夢は、「ストーンキャットさん達に囲まれたフリッツ卿とキュリオさんが、それぞれ愛用の胃薬のレビューをする」というカオスなよくわからん内容だった。


 そういえばあの二人にも、改めてお礼の品というか⋯⋯有り体に言えばお金以外の賄賂をおしつけて、トマティ商会への心証を良くしておきたいものである。

 たとえば胃に優しくて良く効く胃薬とか⋯⋯


 ちなみにトマト様にも胃に良い成分が大量に含まれているのだが、酸味があるので「胃が荒れている」時には不向きだ。

 トマト様が持つ酸味⋯⋯すなわちクエン酸やリンゴ酸は消化を助ける働きがある反面、胃が荒れているとダメージになってしまう。胃が弱っている時にトマト様ジュースなどを飲むと、逆に具合が悪くなる例があるのはこのためだ。

 そうした事態を防ぐには、生食よりもやはり加熱調理が効果的!


 また胃粘膜の修復、保護に役立つビタミンA、B群、さらに抗酸化作用のあるリコピンも含まれているので、タイミングさえ間違えなければたいへん心強い食材である。

 お二人に差し入れするとしたら⋯⋯まずは普通の胃薬と、あとトマト様関連メニューならば「トマト様のスープリゾット」だろうか。俺が前に出るとびっくりさせてしまうので、ジャルガさんに作ってもらおうかな⋯⋯


 そんなことをテキトーに考えつつ、猫は今朝もまた楽しくお仕事へ向かうのであった。


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― 新着の感想 ―
天変地異で作った畑から採れたトマトって知ってると、食っても味なんてしなさそう・・・
ある程度の知識があるだけに、キュリオさんは理の外側の存在と理の内側の存在の区別が付かなかったんだろうな。
うっかりルーク君目撃者がいますよ〜(^_^;) そしてその見た夢は正夢か予知夢でしょう…流石神様です。
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