287・ダンケルガと猫の手
南方のブランフォード伯爵領は、まぁ、なんちゅーか⋯⋯「⋯⋯伯爵領?」と首を傾げてしまう程度には田舎であった。
俺も立ち寄ったことがあるラドラ伯爵領などは「領都! すごい! 思ったより都会! りっぱ!」みたいな印象だったが、こちらはリーデルハイン子爵領の町と似たような田舎感。
大きな建物もあんまり見当たらんし、本邸に至ってはうちのほうが大きそうだ。
これにはおそらく、「建材」の入手難度の差が影響しているのだろう。
後背にドラウダ山地を擁するリーデルハイン領は、良質な木材をそこそこ安価で確保可能だ。今でこそ人口が少なく労働力も足りていないが、ペトラ熱の流行前は林業も盛んだったらしい。
他方、こちらのブランフォード伯爵領は灌木が目立ち、材木に適した木々があまり見当たらない。おそらく建築資材は他領からの輸入頼りと思われる。
煉瓦や石材についても同様。リーデルハイン領ではどちらもあまり製造していないものの、隣接するラドラ伯爵領や他の貴族の領地からそこそこお安く調達できる。しかし南方では、全体的に建築資材が不足気味らしい。
その代わり綿花を中心とした紡績業が盛んで、布系の素材は調達しやすいようだ。
こうしてみると、ネルク王国は東西南北でそれぞれ特色がある。
東には『古楽の迷宮』があり、土地も肥沃で広大な小麦畑が広がっている。そしてレッドワンド将国と国境を接しており、古来、小競り合いが絶えず、ゆえに軍閥の長たるクラッツ侯爵家が長く治めてきた。
西には他国と共有する内海があり、ここでは良質な塩がとれる。この塩と大豆から作った醤油、味噌、その他の干し肉などの保存食が国内に広く流通しており、経済的、食料的な安定に一役買っている。
南は綿花や養蚕を基軸とした紡績系の産業が盛んで、ネルク王国の服飾文化の発展を支えてきた。セルニア様のパパ、ペルーラ公爵家がまとめ役をやっており、今回視察したブランフォード伯爵領もここに属する。
そして北には、我がナワバリたるリーデルハイン領がある。これからトマト様の一大生産拠点となるわけだが、現状では木材・石材系の産地ではあるものの、他の地方に比べて「ぱっとしない」「いろいろ手を出してはいるが、これといった特産品は思いつかない」という感じらしい。
もちろん、これはあくまで「土地ごとの大まかな傾向」と「主要産業」の話である。
小麦やブドウは量の差こそあれ、どこの地方でもだいたい栽培しているし、北側でもラドラ伯爵領などには織物や陶芸に特化した職人の町がある。
たとえば前世日本においても、トマト様の生産量・日本一の栄誉は熊本県のものだったが、北海道や愛知、茨城も有名な産地だったし、我が故郷たる和歌山でも生産していた。順位? それはどうでもよい。大切なのは生産量ではなくトマト様を愛でる心である。いや生産量も大事だけど。本音を言えばめっちゃ重要だけど。でも耕作面積と就農人口の差は覆せないし⋯⋯需要と供給のバランスだって大事だし⋯⋯
と、ともあれ、この南方はトマト様の耕作地としてふさわしいはず!
俺はサンプル用の土をそのへんから適当に回収し、ストレージキャットさんに預ける。
ダンケルガ氏は少し離れた位置から、俺と猫さん達のその作業を不思議そうに眺めていた。
「ルーク様、それはいったい何を?」
「土のサンプルを確保したのです。これからこの地で『トマト様』を栽培するにあたって、問題が起きないか検証するために⋯⋯気候条件も重要なので、実地試験が一番なのですが、サンプルもないよりはあったほうがいいですし、お世話になっている研究機関からも頼まれていまして」
ルーシャン様の王立魔導研究所のことである。
本来、畑仕事は管轄外なのだが、内庭の薬草畑はなかなかのクオリティであり、ぶっちゃけ「様々な種類の薬草に、それぞれ合う土壌」をいつも探しているのだ。
魔法薬の生産には特殊な薬草が必須であり、これもまた魔導系の学問として認識されている。魔導学と薬草学は、この世界においてお隣さんみたいな認識だ。
貴重な薬草の中には、人工栽培にまだ成功していない種も多く、リルフィ様も現在、スイール様の弟子としてこの分野の研究を進めておられる。
ダンケルガ氏は思案顔。
「⋯⋯土の研究⋯⋯やはり亜神というのは研究者気質の方が多いのかな。理をひっくり返すだけの力を持ちながら理を重視するあたりは、ビーラダーと似ている」
ひらたんかあ。もちろんお会いしたことはないが、カブソンさんによれば「とても良い飼い主だった」(ペット視点)とのことである。
「ビーラダー様のことは、実はあまりよく知らないんですよねぇ。ダンジョン製作以外にも、何かすごい力を持っていらしたんですか?」
「それはもう色々と。本人も何ができるのか把握しきれず、戸惑っている感はあったが⋯⋯空を飛んだり姿を消したりと、移動と隠密系の能力には不自由していなかった。戦闘もこなせたが、争い事を好む性格ではなかったから、あまり力を振るう機会はなかったかもしれん」
クリエイター気質だったんだろーな、というのは、迷宮の仕組みと精度を見ていればなんとなくわかる。
その一方でビーラダー様による大破壊とか戦争への介入とか、その手の伝承は全然残っていないので⋯⋯あまり目立ちたくない性分だったんだろーな、というのもなんとなくわかる。
どっちもあくまで「なんとなく」の推測なので間違っているかもしれぬが、ひらたんは『名誉トマト神』の称号を固辞してしまう程度には、謙虚で名利を求めない亜神様だったような気がするのだ。
⋯⋯⋯⋯ん? もしかして嫌がってます? いやそんなまさかねぇ?(毛玉の圧)
「ところでルーク様。貴殿が奨励している、その『トマト様』という作物について確認したいのだが⋯⋯『神々の世界における神聖な野菜』という解釈で間違いないのだな?」
「はい! そのとおりです!」
ダンケルガ氏からのご質問に、猫は元気良く肉球を掲げて応じた。
転生仲間のクロード様やスイール様がこの場にいたら「いえ、違います⋯⋯」と内心で突っ込んだかもしれぬが、決して嘘ではない。だってスペインには実際に『トマト祭』があった。祭られている以上は神聖な作物である!(極論)
⋯⋯ただアレは人類が完熟トマト様を投げてぶつけ合うという狂気スレスレの祭事であり、神聖感はだいぶ怪しい。ちょっともったいなさすぎて俺の中でも解釈違いなのだが⋯⋯まぁ、伝統行事というのは得てして現代的価値観と衝突しやすいものである。こっちで再現する気は毛頭ない。
ダンケルガ氏は、何か感じ入るものがあったようで⋯⋯やけに遠い目をしてしまった。
「⋯⋯そうか。つまりルーク様は、『神聖な植物』の伝道師であられたか⋯⋯ルーク様、僭越ながら私も植物の一種として、その偉業をただ傍観するだけというのはいささか心苦しい。いかがだろう? 手伝えることがあるかどうかわからないが、ぜひ私にも、その事業に少しだけでも関わらせていただけないだろうか」
マジで!?
めっちゃ嬉しい!
なんといっても、「現役の植物さん」から、俺のトマト様に対する信仰心を認めていただけたこと⋯⋯これが嬉しい!
例えるならばそれは、猫を信仰するルーシャン様が、知り合った神獣の虎から「あなたの信仰を応援します!」と表明してもらえたようなものである。すごくこころづよい。
俺はお目々をキラキラさせ、前足をあわせてダンケルガ氏を拝んだ。なむなむ。
「それはたいへん嬉しいご提案です! もちろんダンケルガ様のご都合もあるかと思いますので、無理は申し上げませんが⋯⋯気が向いた時にご助言をいただけるとたいへん助かります!」
賢樹ダンケルガ様は植物であるからして、種族的にも俺より『トマト様』に近い存在だ。
しかも樹齢は千年オーバーという大先輩。知識の量では魔族をも上回るし、おそらく各国のことにも詳しい。
しかも⋯⋯「魔王様のおともだち」である。
以前、俺がダンケルガ氏への自己紹介を迷っていた理由がまさにコレで、「ウィル君のお師匠様には挨拶しておきたいけど、魔王様に身バレしそうだしな⋯⋯」という警戒感があった。
ところがつい先日、ヘンリエッタ様という転生仲間のコスプレ狐耳魔族と縁がつながり⋯⋯彼女の根回しを通じて、まだ見ぬ魔王様との間に不干渉の協定が結ばれつつある。
向こうも亜神を敵に回す気はないとのことで、「いずれ確認のために、関係者が接触してくるだろう」とも言っていたが、その時にはヘンリエッタ様かオズワルド氏あたりが同席してくれるはずだ。たぶん。
つまりもう魔王様に身バレした(と思われる)以上、その友人たるダンケルガ氏をことさら警戒する必要もなくなっている。このタイミングでの出会いはある意味、運が良かった。
⋯⋯ところでうちの子達は相変わらずマタタビの成分に群がっているが、これは傀儡の「虫除け」のためだそうで⋯⋯
こちらの傀儡、人体を模して作られているが、血流はなく、かわりに魔力を伝えるための特殊な赤い薬液が通っている。
その薬液を蚊に吸われると動作に支障が出やすく、また人体と違って傷も勝手に塞がらないので、魔道具としての劣化が早く来てしまうらしい。
そしてダンケルガ氏自身は『マタタビ』の木ではないのだが、植物のさまざまな成分・特徴を再現する特殊能力を所持しており、漢方薬(植物系)みたいなのもいろいろ生成できるとのこと。つまり植物由来の陳皮や甘草はいけるが、鹿茸(鹿の角)、牛黄(牛の胆石)とかは無理である。
傀儡に関しては「虫除け」の効果をもたせた結果、副作用的な感じで猫寄せ体質になってしまったっぽい。
さまざまな植物の特徴を再現できるとなれば、貴重な薬草、特殊な木材なども調達可能だろうし、おそらくは果実も思いのまま⋯⋯ただし「本人が知っているもの、ちゃんと分析したもの」に限定されるため、この世界にない植物の再現は不可能である。
要するに⋯⋯
「私がこの世界に持ち込んだ農作物も、ダンケルガ様の能力で再現可能ということですか!? 気候条件を問わず!?」
「そこまで驚かれるほど使い勝手の良い力ではないが⋯⋯これは『接ぎ木の宿主』という能力でな。気候条件については、たとえば栽培スペースの周囲を樹皮で囲い、魔法で温度を調整するなどの工夫は必要になる。相応の手間もかかるから無制限というわけにはいかぬし⋯⋯植物だから、生育にも相応の時間がかかる。不慮の事態によって失敗することもある。有り体に言えば⋯⋯鳥や栗鼠に盗まれたりとか」
このレベルの上位存在でも害獣対策は必要なのか⋯⋯(困惑)
いやしかし、これはすごい能力である。俺のコピーキャットはそもそも法外すぎるので比較してはいけない。
なによりダンケルガ氏の『接ぎ木の宿主』は、おそらく「食用」以外のもの⋯⋯それこそバイオリン作りに適した木材や『琥珀』なども生成可能と思われる。
「あとはビーラダーに頼まれて、この能力を駆使した『品種改良』というものも手掛けた。たとえば⋯⋯今の世に出回っている各色の『ラディクス』、あれらは私とビーラダーが生み出したものだ」
品種改良!? 確かにその方面にも生かせる能力だろうが、こちらの世界における普通の固有種と思っていたお野菜に、よもやそんな裏話があったとは⋯⋯
瞠目する猫を見下ろし、ダンケルガ氏は懐かしげに話し続ける。
「原種のブラックラディクスは土壌にかかる負担が大きく、味も生産性もいまいちでな⋯⋯薬の原料にはなるのだが、栽培も難しかった。で、まず最初に改良の起点となる、交雑させやすい『ピンクラディクス』を作り出した。そこからより栄養素と生産性を改善したオレンジラディクス、土壌の改善にもつながるホワイトラディクス、貴重な甘味になるスイートラディクス、辛みと防腐性を強めたレッドラディクスなどを生産し、ビーラダーが迷宮を作るのと並行して各地にばら撒いた。特にホワイトは、瘴気に侵された土地の正常化にも役立ったようだから⋯⋯つくづく、彼には先見の明があったと思う」
マジか⋯⋯ひらたんすげぇな⋯⋯! ガチの農神じゃないですか!
俺は感動に打ち震えたが、ソレッタちゃんやセルニア様、ジャルガさんなどは「へー、そんなことが⋯⋯」ぐらいの反応である。彼女らにしてみれば、ラディクス系のお野菜はその存在が身近で当たり前すぎて、この偉業の真価を理解しにくいのだろう。
あとそもそも「品種改良」という概念をよく知らない。義務教育のないこの世界において、この手の知識は決して『一般常識』ではなく、かなりの専門分野なのだ。
このタイミングで、猫カフェで本日のお昼寝業務をこなしていたピタちゃんもお外へ出てきた。大事ですからね、お昼寝⋯⋯ほんと大事ですから⋯⋯(遠い目)
「ルークさま。おやつの時間です」
ほう。もうそんな頃合いか。さすがはピタちゃん、正確な腹時計をお持ちである。俺も「ちょっと小腹が空いたな⋯⋯」とは思っていた。
というわけで、キャットシェルターでしばしご休憩!
ダンケルガ氏はビーラダー様と付き合いがあっただけに、この手の魔法にもさして驚くことはなく、「ほう」と興味深そうに目を輝かせただけだった。
なお、ダンケルガ氏の飲食偽装機能は、一時保管→廃棄みたいな虚無機能とのことで、味もわからないし食べても無意味だからと遠慮されてしまった。まぁ納得ではある。人形とかぬいぐるみ、あと精霊系の人材(?)に関しては、トマト様無双やスイーツの賄賂が通じぬのだ⋯⋯ぬいぐるみのテオ君とか風ちゃん達とか泉の精霊・ステラちゃんなどが該当する。
さて、本日のおやつはイチゴとキウイのミルクレープ。
ミルクレープとは「千枚(たくさん)のクレープ」の意であり、実は日本発祥らしい。間にクリームや果物を挟みながら何枚ものクレープを重ねていき、最後に切り分けるというシロモノだ。前世ではコンビニでもよく見かけた。
実際に使うクレープはさすがに千枚ではなく十枚~二十枚ぐらいだが、それでも充分にボリューミィな逸品で、普通のスポンジ系のケーキよりおなかいっぱいになりやすい。「甘いものは別腹!」と豪語する猛者でさえ、「⋯⋯あれ? 他のケーキより腹に溜まるな⋯⋯?」と食べながら気づくレベルである。俺のことである。
⋯⋯そして今日は、これにメテオラ印のメイプルシロップを追加する!
これはそもそも、「あえて甘さを抑え、仕上げに季節のフルーツソースをかける!」という前提で製作された先輩の自信作なのだ。
いろいろ試行錯誤していた時期で、定番のストロベリーやブルーベリー、オレンジはまぁ美味しくて当たり前という感じで⋯⋯何かこう、「おもしろそうなのない?」と相談されて、びわソースと抹茶ソース、シナモンアップルソースなどをご提案してみた。
先輩の腕が良いのでいずれも美味しく仕上がっていたが⋯⋯今ならばトマト様ソース一択であっただろう。当時はまだトマト様への忠誠心に目覚めていなかった。不覚である。
⋯⋯「合わなくね?」と思った方が大半と思われるが、ちゃんと甘酸っぱい感じに仕上げれば意外にイケると思うのだ。フルーツソースもモノによっては果汁より果糖液糖ぶどう糖のほうが多かったりするし、トマト様で風味づけ、色付けをしつつ、レモン果汁で爽やかな後味を調整すれば、ケーキと合わせても普通に美味しい気がする。
トマト様ジュース(塩分無添加)にレモン果汁とガムシロップをいれるとより美味しくなる、みたいな小技もあるし⋯⋯
そんな思い出話と猫の思案はさておき。
「甘くておいしいですわっ! これやべぇやつですわ!?」
セルニア様は感動しすぎるとたまに言葉遣いが壊れるな? 微笑ましいが、公爵家の教育方針がやや謎である。
四女ともなると自由に育てられているのか、あるいは世話係のメイドあたりがおもしろ人材なのか⋯⋯
ソレッタちゃんもミルクレープは初めてだったので、お目々を輝かせて頬張っている。尊。
そんな子供二人を母性すら感じる眸で見守りつつ、ジャルガさんもご満悦だ。この手のケーキは会議の時にもよく提供しているので、彼女はもう食べ慣れているのだが⋯⋯そうは言っても、この世界では王侯貴族ですら手に入らぬレベルの甘味。頬も緩むというものである。
そしてピタちゃんには、俺がフォークで切り分けたものを一欠片ずつ食べさせてあげている。普通にかじりつくとほぼ一口なので⋯⋯味わってお食べ?
おやつを食べながら、ダンケルガ氏とはいろいろな話をした。
旅慣れているだけあって、彼はやはり諸方の地理的事情に詳しい。ただ「ここ数年」の話題には疎く、情勢の変化や国の人事関係などは興味の外。
アロケイルの王家が滅んだこともまだ把握していなかったし、レッドトマト建国の件も、「オズワルドとファルケの来訪がなければ、たぶんまだ知らなかったはず」とのことだった。
あとは⋯⋯期待していた通り、魔族の内情にとてもお詳しい!
「ヘンリエッタが既にそちらの味方ならば、魔王とも問題なく友好を結べよう。あの娘は魔王からも信頼されているし、他家からも一目おかれている。ラスタール家の献身もあるが⋯⋯あの娘自身が、魔王からは実の娘のように可愛がられておったからな」
へー。
ヘンリエッタ嬢は転生者なので、精神年齢の上積みがある分、「幼い頃からそこそこ世渡り上手だったのでは?」と推測する。
クールキャラを偽装しているあたり、演技力もありそうだ。偽装が剥がれると甘えん坊になるのでギャップ萌えも狙える。あやつあざとい。リルフィさま騙されないで! そいつ邪なこと考えてる!
⋯⋯まぁ、実害はないし頼りにはなるのだが⋯⋯(釈然としない猫)
あと「力こそパワー!」な一部の魔族からすると、ヘンリエッタ嬢の火力は畏敬の対象らしく、ウィル君とかフレデリカちゃんも猫祭の時には少し緊張していた。
フレデリカちゃんは滅多にお屋敷から出ないので、これまではあまり話す機会もなかったようだが⋯⋯ヘンリエッタ嬢の琴線に(容姿的な意味で)触れたようで、「友好の記念に」と後日、お手製のドレスをプレゼントされたらしい。欲望に素直ですがすがしい。あの子は魔族に生まれていなかったら、きっと服飾デザイナーとかになっていたはずである。⋯⋯やっぱり実害はないな?
「ヘンリエッタ様とはまだ知り合って日が浅いのですが、たいへん心強いご支援をいただいています!」
俺は長いものに巻かれる主義なので、ヘンリエッタ嬢のクールキャラ偽装に敬意を払い、ここはあたりさわりのない返答をしておく。
ダンケルガ氏はにこにこと頷いた。マタタビに惹かれて、猫クッションズがわらわらとその周囲を埋めている⋯⋯
「アーデリアやオズワルドとも親しく、我が弟子、ウィルヘルムとも深い縁があるとの由⋯⋯しかもファルケの恩人か。ルーク様とは共通の知人が多いな」
ん? 一人足りないが⋯⋯あ、まだ話してなかったか!
「あとですね、私の飼い主は、リーデルハイン子爵家のクラリス様という御方でして⋯⋯その子爵家の騎士団長を務めるヨルダリウス・グラントリム様も、おそらくダンケルガ様のお知り合いです。その昔、ファルケさんと隊商で同行したとか?」
ダンケルガ氏が目をしばたたかせた。
「なんと、あのヨルダか! 『隊商の守護騎士』の? 子爵家の騎士団長?」
「はい。ヨルダ様は、領主のライゼー様と義兄弟の盃をかわした間柄でして⋯⋯ちょうど今、王都にいますよ。南方の視察が終わり次第、一緒に行ってお会いになりませんか?」
「これは楽しみが増えた。ぜひよしなに」
ダンケルガ氏がぺこりと会釈するのにあわせ、猫クッションどもがわさわさと蠢く。静電気でくっつくでかい綿毛みたいになってんな⋯⋯?
「⋯⋯あの二人と旅路を共にしてから十数年ほどか。人の世では、まさに矢のように早く時が過ぎる」
ダンケルガ氏はそう呟き、猫カフェの窓に映る外の景色⋯⋯『種の岩』と、その前に広がる綿花の畑を見つめた。
「ルーク様。この土地も、五百年前まではただの荒れ地だったのだ。土は石のように固く、掘り返せばぽろぽろと割れ、わずかな雑草すら瘴気によって毒をまとっていた。人の手など入りようがない、虚無の平地⋯⋯だから、『種の岩』を埋めるのにもちょうどよかった。私に何かあって芽吹いたところで、周囲に被害はなかろうとな。しかし⋯⋯」
くっくっと楽しげに笑い、ダンケルガ氏はまとわりつく猫クッションをあやす。
「五百年で、人はここを一面の農地に変えてしまった。いや、五百年どころか、おそらく迷宮ができて百年かそこらで、最初の変革が始まっていたのだろう。初めて見た時は驚いた。旅をしてみて、さらに驚いた。なかったはずの道、なかったはずの町、いなかったはずの人々⋯⋯世界はここまで劇的に変わるのかと、瞠目した」
それはどこか夢見るような口調であった。
懐かしい思い出に区切りをつけるように⋯⋯ダンケルガ氏が、ほうっと息を吐く。
「⋯⋯私が亜神ビーラダーの偉業を正しく理解できたのは、彼がこの世界から去った後のことだった。そして、彼がいなくなって初めて⋯⋯『ああ、彼を手伝ったあの日々は、楽しかったのだ』と、気づかされた。植物の私がそんな感情を持ったことには、自分でも驚いたが⋯⋯ルーク様。貴殿の事業もまた、私にとって『楽しい』ものになると⋯⋯そう期待してもよろしいだろうか?」
俺は笑顔で頷く。
ダンケルガ様も笑っている。お話の内容にはちょっと湿っぽい雰囲気もあったが、彼はずっと笑顔で、なおかつ楽しげであった。
きっとビーラダー様とダンケルガ氏は⋯⋯種族を超えた、本当の意味での「良き友人」だったのだろう。
僭越とは思いつつ、願わくば俺もそうありたい。
「はい! トマト様の普及事業はとても楽しいはずです! ぜひダンケルガ様にもご協力いただければと!」
「うむ。改めて、承った。よろしく頼む」
コタツの天板から肉球を差し出し、がっちりと握手!
見守るジャルガさん達の視線も優しい。
人生には生き甲斐が必要である。植物もまた、うっかり「自我」とか「意識」などを得てしまうと、そうした指針が欲しくなるのだろう。そこは亜神とて変わらぬ。
かくして猫は、トマト様の覇道に向け、またもや心強い味方を手に入れたのだった。
(追記・2/7)
いつも応援ありがとうございます!
三國先生のコミック版猫魔導師、6巻の発売日が2/14に近づいてきました。
コミックポルカの公式X(ツイッター)からも告知されていますが、今回、店舗特典が多彩なようで⋯⋯
・ジュンク堂様で「猫型かまくらで雑煮を食べるクラリス様とルーク」、
・ゲオ様で「リルフィ様にマフラーを巻いてもらうルーク」、
・メロンブックス様で「一緒にケーキ作りをするルークとリルフィ様」、
・ゲーマーズ様で「クッキーの盛り合わせを掲げるルークと、目を輝かせるクラリス様とリルフィ様」
・TSUTAYA様で「コタツでくつろぐルークとウィル君、ピタちゃん(人間形態)」、
・各応援書店様で「雪うさぎと並ぶピタちゃん(ウサギ形態)とルーク」、
となっています。画像は下記の公式サイトをご参考に!
https://hifumi.co.jp/lineup/9784824205988/
また今回は、アマゾン様で「ステッカーつきの特装版」も販売されるようです。
こちらは2200円と、だいぶお高めなんですが⋯⋯! 数量限定らしいので、たぶん量産効果があんまり⋯⋯
「コミック1巻~5巻の各巻表紙」+「1巻裏表紙のクラリス様&ルーク」の計六枚ですので、ご興味をもっていただけましたらぜひ。一枚あたりのサイズは、スマホケースなどに貼れる5cm✕5cmぐらいとのことです。
(2/10追記 申し訳ありません、当初「六枚で1シート」と記載してましたがこちらの勘違いで、正しくは1シートではなく「一枚ずつ✕六個」でした。著者分が届きまして「あっ!?」と気付き⋯⋯! お詫びして訂正させていただきます。また店舗特典の誤字指摘もありがとうございました!)
うちのスマホケースは普通にボロボロなので、PCの天板とかに貼ろうと思います。百均で売ってるクリアラベルシールや液晶保護系のシートでの補強もおすすめです。
というわけでウサギと猫が表紙の猫魔導師コミックス6巻、いよいよ来週発売予定です。
店頭でお見かけの際はどうぞよしなにー!




