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19.カリフラワーの生還

 結婚したい理由は、仕事をやめたいからかもしれない。

 それって一番ダメなパターンだよな。

 しかも、隆平の場合、貯金ないからと言い切ってるし。

 用意周到にいろんな準備をして、味方をがっつりつけて、地盤を作ってから結婚知れば、その後の生活も何があっても乗り越えられる。

 その通りなんだ。うん。

 分かる。分かってる。焦ることない。

 ある意味、婚約者。結婚の約束してるんだから、別にいいじゃん。

 結婚できない独身女とは違う。

 けど、世間一般の「結婚」への信用度って、すごい。

 どんなに酷い人格の人でも、結婚してる、さらに子供がいると聞くと、それなりにきちんとした人に見えてくる。逆に、どんなに素晴らしい人でも、結婚してないって聞くと何か決定的な問題があるんじゃないかと思ってしまう。

 もっと昔の人は、その社会的信用のためだけに結婚してたんだろうなと、古い時代設定のドラマを見ると思う。結婚して夫婦になるという形が大事で、お互いのこと知ろうが知るまいが関係なく結婚できた。結婚式当日に相手の顔見たなんてざらだろうに。

 大丈夫、今はそんなんじゃない。 

今は、いろんな幸せの形があるから、結婚に拘らなくなってる。

 結婚したって逆に何も解決しない。

 分かってる。

 分かってるけど、毎日じわじわと精神的に追い詰められる。

 高科麻衣子は本当に仕事がよくできる。

 わたし、いらないじゃん。わたしを追い出すために寄こしたのか、そんなふうに邪推したくなるぐらい、居心地が悪い。

 わたしに割り振られてた雑用が、ほぼ麻衣子の仕事になった。

 そして、わたしが黙々とやっていた普通のことを、麻衣子がやるとみんなが褒めているように見える。ただ「ありがとう」と言いやすい関係性作ってるだけで、わたしとやってることは変わらない。要領のいい妹は親に可愛がられて、姉は損ばかり。一人っ子だからそういうよくある一般論を想像して、みなに愛されてる年下につまらない嫉妬心を抱く。

 わたしは、知らない間になにか、取っつきにくいオーラをまとっていたのだろうか。年齢のせいか。

いやいや、わたしはただ、この会社の雰囲気に染められて、波風立てないようにこの8年過ごしてきたんだ。

 喩えるなら、わたしは真面目な校風に合わせて地味に過ごしてきた。今は、帰国子女の毛色の違う子が来て、みんな物珍しくて、その子のペースに乗せられてるだけだ。

 そのうち、おじさんたちもいつも通りの女性の扱いをし出して、今まで通りの会社に。新人だって、最初は麻衣子みたいな子いた。ただ、新卒で職歴としての実績がないから、だんだんうちの会社色に染まってしまった。

 って、それでいいのか?

 麻衣子は、ある意味革命を起こそうとしてくれてるのかもしれない。


「高梨さん」

 病人を見るような目で麻衣子がわたしを見ていた。

「はい?」

「大丈夫ですか、何回も呼んでるのにぜんぜん気付かなくて」

「何回も?」

「はい」

 我ながらすごい集中力だ。一回しか耳に入ってない。

「あ、ごめん、考えごとしてて」

「すごい険しい顔してましたけど、どこか調子悪いんですか」

「大丈夫、大丈夫」

「そうですか。じゃあ、あの、今からみんなでランチ行くんですけど、高梨さんも一緒に行きませんか」

「え、ランチ?」

 数メートル先に若手男性職員と女子職員が数人、上着を羽織って談笑してる。女子達は小さなカバンを持って、今から外にでますという出で立ち。

「ごめん。今日、お弁当持って来たんだ」

「そうですか、それじゃあお弁当食べなきゃダメですね」

「また今度で」

「分かりました。今度は事前に言いますね」

「ありがとう、いってらっしゃい」

 麻衣子は本当に残念そうだけど、お弁当の方が格上のような言い方をした。

 断られ方が絶妙にうまくて、別に行きたくないけど次の約束を期待してるような返しをしてしまった。

 外ランチに行く男女を見送って、わたしはカバンから弁当を出し、パーテーションで区切られてすぐ横にある小さな会議テーブルに座った。

 節約生活を始めて、弁当を持参するようになった。

菜奈が辞めてから基本一人で食べてるし、寒くなったからわざわざ外に弁当買いに行くのも面倒だし、なにより有機野菜だから安さ重視の弁当より遙かに美味しい。

最近では、スープジャーも持参して、熱々のスープに癒やされる。

 朝、軽くレンジでチンした野菜やキノコ、ウインナーやベーコンをジャーの入れて、コンソメや鶏ガラ顆粒を振り入れ熱湯を注ぐだけ。昼にはいい感じに出来上がってる。

 今日のお弁当は、タマネギと一緒に炒めた豚の生姜焼き、卵焼き、ミニトマト、カリフラワー。ご飯の端っこには、なくなっては作っている青唐辛子とミョウガの醤油漬け。

 ぱっと見、地味だ。

 母の弁当のようだ。

卵焼きもだし巻きだからレモンイエロウより山吹色で落ち着き払った黄色。トマトも、白っぽいもののそばでは一人原色で浮いてて、そのものの良さを発揮できていなように見える。やっぱり補色の緑がないと映えない。カリフラワーじゃなくてブロッコリーだったら、定番すぎるけど、美味しそうなお弁当には見えるんだろうな。

 カリフラワー。

 食用ホオズキと一緒に届いた。

 その脳ミソみたいな見た目に、一瞬ビビった。

 もはや珍しい野菜の領域にいる高級品。スーパーで売ってる値段はブロッコリーの二倍だ。カリフラワーじゃなきゃダメっていうレシピ以外、わざわざ買おうと思わない。こんなブロッコリーの代用品みたいな扱い方は贅沢すぎる。多分、有機野菜だから単品で買ったらもっと高い。このお弁当の中で一番お高い食材だろう。

 カリフラワー。

 昔は、そんな存在じゃなかったみたいだ。

 時々入ってる、野菜に隠されたドラマが書かれた紹介文。

今回は、ちょっと切なかった。


 カリフラワーは1970年代まで華やかな西洋野菜として隆盛を誇り、

 おしゃれな野菜の代名詞として重宝されました。

 その栄華、短い物でした。

 1980年代後半、生産者・消費者から「同じ位置にいる野菜」と思われ

ブロッコリーにその座を奪われました。

 敗因は、メディアによるイメージ。

 80年代後半に起きた緑黄色野菜ブーム。色の濃い野菜が重宝され、

淡色野菜のカリフラワーは栽培面積を失って行きました。

その差は10倍超。

 茹でたブロッコリーに淡黄色のマヨネーズをかける、

マヨネーズ会社のCMが追い打ちをかけ、両者の差をさらに広げることに。

 栄養価は、茹でた状態なら両者に差はない。


わたしはカリフラワーをひとかじりした。確かに味は、ブロッコリーに似てる。

けど、花の塊が大きいので歯ごたえがある。どこかジャガイモみたいなホクホクとした感じもする。美味しい。本当に。

 これはいろいろ品種改良されてる種類だからかもしれないが、ブロッコリーと同じとくくって、栽培面積を狭められた理由が分からない。見た目だけだったら本当に理不尽。

 外出中だった副島さんと課長が帰ってきた。

 副島さんと目が合った。

「あれ、高梨さんお弁当?」

「はい。節約中で」

「え、でもカリフラワーとか入ってんじゃん。高いでしょ」

「ああ、値段固定の宅配野菜でいろんなの来るやつに入ってて」

「へえ」

「え、なに。カリフラワーって高いの?」

 課長が、カリフラワーに反応しつつ、わたしの弁当を覗いてきた。

「高いですよ。ブロッコリーが150円ぐらいだったら、300円ぐらいしますよ」

 副島さんは家のことを何もしなそうな課長に子供に説明するかのように教えた。

「そんな違うのか。そういえば最近、食卓に出ないな。子供の頃は、よく食べたけど。ブロッコリーやアスパラより食べた記憶あるな」

「そうなんですか」

「カリフラワーだけに高値の花か」

 課長は「ね」のイントネーションを強調して、上手いこと言うな俺、みたいな顔して自分の席に戻っていった。

「わたしも、ここでお弁当食べていい? って言っても駅前で買ったサンドイッチだけど」

「はい。どうぞ、どうぞ」

副島さんは弁当をとりに席に行った。

わたしはカリフラワーをまじまじ見た。

 1970年代の食卓。そこではカリフラワーは普通の野菜だったんだ。 

 みんなに食べてもらえない切なさはあるけど、逆に、なんとか絶滅しないで生き延びてくれたんだなとも思えてくる。

 なんか、自分に似てる気がしてきた。

 ブロッコリーは麻衣子。誰にでも合わせられて、相手を引き立てる。

 いろんなところで重宝されて、使い勝手がいい。

 仕事の処理能力が同じなら、若くて使いやすい方がいい。

 別に栄華を築いてた時代もないけど、わたしの時代は終わった。

 美味しいけど、別にこれじゃなくてもいい。

「なに、溜め息着いてんの?」

 サンドイッチを持って副島さんが戻ってきた。

「溜め息ついてました?」

「自覚もないのか? 大丈夫?」

「ええ、まあ」

「高梨さんて、結婚の予定あるの?」

「え、なんでですか」

 副島さんはあたりを見回した。課長が席にいないことを確認して小声で言い出した。

「課長が聞いてきた」

「わたしの結婚をですか?」

 前にも聞かれたような気がする。セクハラになると言ったら焦ってた。

 やっぱり、そろそろ結婚退職するのが当然の流れなんだろうな。

「もしかしたらさあ。課長、高梨さんのこと気に入ってるんじゃない」

「はぁ?」

「違う違う。課長本人にって意味じゃなくて。息子さんが独身で、32歳とか言ってたんだよね。誰かイイ子いないかなって」

「えええ」

「高梨さんて、いい娘タイプじゃない。この子が嫁ならいいなとか思われてそう」

「ないないないないない」

「そう?」

 褒められてるんだか、貶されてるんだか分からない。いい娘タイプって分かる。

 相手両親に嫌われる要素とかないと自分でも思う。

平たく言えば、ほどよく地味なんだよ。

「ねえ、紹介されたら教えて」

 男子をはめて遊ぶ意地悪な女子高生みたいに、副島さんは楽しそうに言う。

「されませんよ」

「そう。じゃ、なんで聞くんだろう」

「みんな、30過ぎたら結婚して仕事辞めると思ってるからじゃないですか」

「まあ、年齢的には丁度いいからね。実際、結婚とか仕事辞める予定あるの?」

「結婚の予定はあるけど、時期は決まってないので、今の段階では変わりありません」

「いつか結婚しようねー、ってレベルか」

「そうですね。資金貯めてからと言いながら、目標設定をしてるわけでもないし。あんまり言うと、相手のプライド傷つけそうで」

 プライド傷つける。

 自分で言って、はっとした。

 どうして、そういうこと女が配慮しなきゃいけないんだろう。

 プライドなくなってヒモになられても困るけど、女性が優位に立つことに引け目を感じさせる風潮はある。逆を言えば、男はそこにものすごいプレッシャー感じてるって事だろうけど。なんだろうな。

「ブロッコリーってさ、パセリと存在かぶるよね」

「え?」

 副島さんはボックスに入ったサンドイッチについてたパセリを指でつまんだ。

「この形と色」

「似てますね」

「これが入ってると美味しそうに見える。ってことは所詮、引き立て役の脇役」

「脇役」

「カリフラワーは花だけに、高嶺の花、主役。なんて」

 「ね」の発音をフラットに言った。課長の花とは違う方。

 主役か。

 主役は絶滅しない。


 わたしは、どうなるんだろう。

 どうすればいいんだろう。

 どうしたいんだろう。


参考

 らでっしゅぼーや

 チカラのある野菜 「オレンジ美星」(ミニカリフラワー) 紹介文。


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