18.ホオズキの味
隆平が結婚について、わたしよりずっと現実的なビジョンを持っていたと知って、ずっと抱えていたもやもやした不安が和らいだ。
むしろ、結婚への憧れが増大してしまい、早くお金を貯めよう、節約しようと思うようになった。
二人で節約できるのは、デート代だ。わたしに嫌われないように頑張っていた隆平のつまらない見栄も張る必要がなくなった。頻繁に遠くに行かなくても、自宅でも楽しめる時間の使い方を見直す。食事も二人で作る。結婚生活の練習のようで楽しくなってきた。
美容液、ご褒美スィーツをやめて始めた有機野菜は続ける。体も肌も調子がいいので、それなりに高いけど、口内炎や風邪に使ってた医療費がかからないと思えば安い。
そして、おまかせコースで「珍しい野菜を入れてもいい」にチェックをしてたのか、時々来る、自分では買わない、食べたことのない野菜がくるのがサプライズプレゼントのようで楽しい。
チカの事は特段聞かれず、いつものテンションで足立君が届けてくれた。
今週の野菜の中に「食用ホオズキ」が入っていた。
ホオズキ市で見るような鮮やかなオレンジ色ではない。
皮というのか? 実を包んでいるあの葉っぱで風船を作っているような部分は、枯れたようにガサガサしてて白っぽい。中の実は黄色寄りのオレンジでミニトマトよりは硬い感じだ。
<フルーツトマトのような甘み、クリームチーズ等と一緒に食べると美味しいです>
との紹介文があった。
「へえ、そんな洋風な感じなんだ」
食用のホオズキがあるとは知らなかった。旬は8月~10月だという。
冬が少しずつ忍び寄る肌寒い10月にホオズキのことを考えると思わなかった。
ホオズキと言えば、お盆の時に、おばあちゃんの家にあったのを思い出す。
その作り物のような造形美と発色の良さに、子供の頃は触りたくてしょうが無かった。
漢字では「鬼灯」と表されるホオズキ。鬼=死者という意味を持ち、お盆に帰ってくる先祖の大切な道しるべの灯として飾られているという。だから下手に触って潰したりしてはいけない。
「オバケに怒られる」と脅されて、本気で怖かった。
小学校低学年ぐらいだったか、お盆も終わり、おばあちゃんに鉢ごとホオズキをもらい、ベランダにしばらくおいていた。花とは少し違うその佇まいに、一人っ子のわたしは、自分と対面してくれる新しい存在がうちに来てくれて嬉しかった。ペットを飼ったような気分だった。
窓辺に座りながらずっと見つめていると、いつもは家の事で何かしら動き回っている母が、珍しく隣に座ってくれた。
そして、ホオズキを一つ採り、オレンジ色の部分を裂いた。てるてる坊主みたいな形にして、ミニトマトぐらいの実を指で優しく揉み始めた。
廃材で工作を始める子供番組みたいに、これから何が出来るんだろうとドキドキした。
母は体をベランダに向け、ホオズキの実の中身を外に出しながら、てるてる坊主の頭をきれいにもぎ取った。実が皮だけになり、紙風船みたいになった。
それを口につけて空気を入れて音をさせた。
「ホオズキの笛だよ」
ポン。と鈍くて短い音だったけど、一緒に遊んだりしてくれたとことのない母が、わたしのために遊び道具を作ってくれた、その喜びに興奮した。
「わたしもやりたい!」
わたしは残りのホオズキで母の真似をした。
だけど、難しかった。見てるとの実際やるのは全然違う。
うまく中が出てこない。すぐに破れてしまう。
もう一度、母にやってもらおうとお願いすると「もう、ご飯を作る時間だから」と言われ、わたしが作るところを見ていてくれることもなかった。
その対応があまりにも冷たくて、悲しかったことを妙に覚えている。
母ともっと一緒に遊びたいと思った自分が調子に乗っていたかのように、悪いことは何もしていないのに、怒られたような気持ちになった。
一人で頑張ってみた。
そして全部失敗した。
母が作った笛も何回か吹くと破れてしまった。
笛を作るためにもぎ取らなければ、ホオズキは動かないペットとしてわたしを喜ばせていてくれたのに。やらなければよかった。
失敗と後悔で、母が遊んでくれたという楽しい気持ちも輝きを失っていった。
ホオズキは、楽しい思い出と切ない思い出が同居する。
母は、父が帰ってくるまでに家の事を完璧にこなさなければならなかった。逆に時間がかかることを恐れて、わたしに手伝わせようとはしなかった。
きっと、ギリギリの生活だったんだと思う。だけど、専業主婦として居つづけることで、父の小さなプライドを守っていたかのように見えた。
昔の男は、妻を働かせるなんて甲斐性なしと、家族単位の考え方しかなかったんだろう。妻や母個人の生き方なんて、最初っからないんだろう。父は母が外で働くことを許さなかった。自分一人の稼ぎで生活し、娘を大学まで行かせた。それが父のプライドだった。
母を見ていると息が詰まり、何が楽しくて生きているのだろう思ったこともあるが、決して言ってはいけないと思った。
副島さんやチカの奥さんの話を聞くと、少しだけ母を理解できるような気もした。
母にとって、色とりどりに飾られたお弁当を作って楽しんだり、オシャレをして出かけたり、なんて罪深いことのように思わされたのかもしれない。
他者を否定することで、できない自分を肯定していたのかなと思えてくる。
でも、やっぱり、母みたいになりたくない。
わたしは、食用ホオズキを一つだけパックからだし、実を取った。
さっと洗って、口に入れた。
フルーツみたい。ちょっとパイナップルぽい酸味があるトマト。
中に白い小さな種があるけど、口当たりが悪いわけではない。
始めて食べた味だけど、いろんな知っている味を集めたような、やっぱり全く新しい存在のようには思えない不思議な感じだ。
11月になり、派遣の子が来た。
高科 麻衣子。たかしな まいこ
何が同世代だ。課長はわたしを若く見積もっていたのか、彼女の能力がわたしの職歴と差がないくらいからか、単純な四捨五入か。その子は26歳だった。
見るからにデキる女。しかも、それを鼻にかけない、そこそこ美人。自己主張はしてないのに目立って、誰にでもうまく付き合える柔軟性を持っている。
おじさんばっかりの職場、男性職員は年齢関係ないし全員同じようで、女子職員と常に対立構造にあった。女子と男子が別々の教室で学ぶけど、一応共学とされる学校みたいだった。
しかし、麻衣子を中心にして男性職員が動き出し、今まで交流がなかったのが不思議だという雰囲気になってきた。彼女が職場の「潤滑油」みたいになっている。
名前がかぶっててちょっと嫌なだけで、麻衣子自身はいい子だし、職場の雰囲気がよくなって素晴らしいと純粋に思う。男性が優位な雰囲気もいやだったが、女子同士で愚痴りあっているのもよくないと思っていたから、心の底からいい傾向だと思う。わたしの雑用も減って助かっている。
なのに、勝手にささやく声がうるさくなってきた。
お局化したわたしが、新参者を気に入らないで意地悪する。そんな、よくあるヒロインいじめドラマを見たい人達が、勝手に物語を作って遊んでいる。
そんなこと、全然思っていないのに。
どうして、状況だけで、わたしが結婚もせずに、ずっとここにいるからって、そういう新しい風に対して、否定的な意見を持っていると決めつけたいんだ。
こういう時、副島さんは全く別枠にいるから、本当に羨ましい。
この間も、会議室で麻衣子と何人かの職員が話しているところを聞いてしまった。その言葉に対しての麻衣子の対応は聞こえなかったが、わたしに対する職員の声はしっかりと届いてしまった。
「高科さん派遣期間終わったら、うちの社員になってよ」
「ほんとだよ。助かる」
「高梨さんも来年、31でしょ、辞めちゃうかも知れないし」
「ああ、そろそろ結婚とかあるかも」
「うちの職場で、新卒で10年勤めた人はいないらしいからね」
「高梨さんはキャリア志向でもなさそうだしね」
「同期の坂井さんも夏に辞めたし」
おじさんどうしのぼやきや、女子同士のくだらない愚痴だったら聞き逃してたけど、女性男性職員もまじって言われると、それがこの職場の総意みたいに思えてくる。
悪口ではなく、この職場の体質を説明しているかのようで悪意は感じなかったが、やはり悲しかった。
麻衣子に対する評価が、独身男が恋人候補として求愛してるわけでも、おじさんのコンパニオンとして若い女性を持ち上げるようなノリでも、他の女性職員がわたしを貶めようとしてるわけでもない。本当に仕事を円滑に進める上で重宝されているように見えた。
仕事が出来てコミュニケーション能力の高い人がいれば、この会社もそんなに悪い所じゃないと思えてくるくらい、職場のイメージを一新するパワーを持っていた。
意識や能力が高い人を前にすると、自分がものすごく惨めになってしまう。
それで頑張ろうと思えるほど前向きじゃない。
わたしは、これでいいと思って生きているのに、上にいる人がわたしの心を乱す。勝手に乱されて卑屈になってるのはこっちだけど、嫉妬してる自分は見苦しいと思うけど、なんの非もない相手だからこそ、イライラしてしまう。
この訳のわからない敵対心をなだめるのは、やっぱり「結婚」のように思えてきてしまった。他の職員だって、わたしがそろそろ結婚すると思っている。ある意味、みんな望んでいる。そうなれば、わたしだって居やすい。
今夜も、隆平と夕飯を一緒に食べる約束をしている。今日も鍋でいい。
隆平と食材を待ちながら、わたしは引き出しから通帳を出した。
日々の生活はギリギリだけど、自分の貯金としては結構ある。子供の頃のお年玉も含めて、使っていないお金。
お金が問題で結婚できないなら、今、これを使えば解決するのではないかと思えてきた。
母のようになりたくないから結婚が怖かった。だけど、最近、決して母のようにならない、ならずに妻として母として生きていくことを早く証明したい気持ちの方が大きい。
ホオズキの古い記憶が、母への対抗心を増幅させた。
また、名前の似ている彼女の出現で、二人で結婚生活資金を貯めようと誓った日の前向きなエネルギーを忘れさせてしまった。
「おまたせ~。白菜安かったよ」
隆平が来た。
「隆平、結婚しよう」
「え、だから、二人でお金貯めて」
「お金、あるから」
わたしは通帳を隆平に見せた。
「これだけあれば、とりあえず結婚式はできる。旅行はまたにして、しばらくはここに住めばある程度の出費はなんとかなるよ」
隆平がどんな反応をするかとか考えなしに勢いで言ってしまった。
「藍子、なんで結婚したいの?」
「そりゃ、隆平と一緒にいたいから」
「本当に?」
「それしかないでしょ」
「なんか、ごまかしてない?」
隆平は、ものすごく悲しそうな顔をした。
何か見透かされているような気がした。
「ごまかしてなんかないよ」
「そう。すごいね、そんなに貯めてたんだ」
「え、あ、うん。子供のころのお年玉とかも入ってる」
「そうなんだ。さすがだね」
隆平は棒読みで応える。このまま消えてしまいそうに見えた。
「あ、ごめん、とりあえず、わたし貯金あるよってことで、資金の一部として。隆平、いつか、絶対結婚しようって、意味で」
わたしは言い訳しながら、通帳を引き出しに戻した。
ホオズキの花言葉がふとよぎった。
偽り、ごまかし、半信半疑。
決して人には送ってはいけない。




