14.マコモダケの挑戦
成熟した包容力のある大人の女性。
そう勝手に解釈して、一瞬感動してしまった。
しかし、冷静に考えるとものすごい虚しさがこみ上げてきた。
その要素を持った存在って、つまり「お母さん」だろ。
もしかしたら最高の褒め言葉で、男性が一番愛すべき女性なのかもしれない。
でも、わたしはそういう存在として受け入れられるのが嫌だ。
どんなに違うと言われても、すり込まれたものから抜け出せない。
母親は、父親より身分の低い家事をこなす存在。
働く女が好きといいながら、母親的な要素を愛おしく思うと言うことは、女のいいとこ取りをされているようで、どうしても好意的に受け取れない。
共働きなら経済的に自分の負担が減る。
だけど、女には家庭を守ってもらいたい。
そんな感情の上に成り立っている、わたしへの愛情だったら、素直に受け取れない。
女子力? 家事能力? 子供への対応? そんなの抜きに、女として好きだからが欲しい。女って言っても、その、性欲処理的な魅力じゃなくて。
それって、贅沢か。
結婚した夫婦の何割が、本当に好き同士で一緒にいたいから結婚するんだろう。
-「考えすぎじゃない?」
電話で菜奈に言われた。
考えてないのか、考えることをやめたのか、行動に起こして別居してしまった菜奈に言われると、説得力があるのかないのか分からない。
「そうかな」
-「とりあえず、会いなよ。二ヶ月近く会ってないんでしょ」
「うん」
-「会わないで頭の中だけで結論出すようなもんじゃないでしょ」
確かに。別に正式にプロポーズされて家族を巻き込んでるような状況でもないし、すぐに何か整理しなきゃいけないものでもない。
仕事忙しい忙しいと言ったって遠距離でもあるまい。心理的な距離でお互い会おうとしていないだけだ。
わたしが怒って帰れといったのが最後だから、隆平はタイミングばかり狙って動けない。私の方が少し歩み寄れば現状がもう少しスッキリするんだろうなと、自分でも思う。
いろんな自信がなくて堂々巡り。
-「大事な話言うタイミング。聞くタイミングじゃないなら、ちょっと置いといて、とりあえず、会いたいから来てって言えばいいじゃん」
「会いたいのかな」
-「会いたいに決まってるでしょ。微妙でも会いたいことにして、とりあえず会ってみなよ」
気の進まないお見合いを勧められてるようだ。ここで断ったらあんたの運が逃げるよと、占い師に予言されてるみたい。
「うん」
-「チカに会ったことも、全部話せばいいじゃん。なんか健気で可愛いよ」
「そう? メンヘラじゃない?」
-「まあ、大丈夫じゃない。チカの方からも話してるかもしれないから、全く何も連絡しない方がおかしい」
「そうか」
菜奈の回答は半笑いだったけど、最大限にフォローしてくれて、自分でもそんなような気がしてくる。
わたしは、菜奈が言うようにただ会いたいと、チカのことにも触れず、この数週間何もなかったかのようにメッセージを送った。
土曜の午前中行くと、事務的な返事が来た。
土曜の朝。
ピンポーン
「美味しい野菜倶楽部です」
インターフォンは隆平かと思ったら、元気な声がドア越しにした。
今日は野菜の土曜日だった。
隆平が来るときにまた段ボールの回収をされては困るので、わたしは段ボールを用意しながら元気にドアを開けた。
「今日は、元気、そうですね」
「はい」
野菜の段ボールを受け取り回収段ボールを手渡すと、イケメン君は少し声を落として改まって言ってきた。
「あの、また体調悪かったら、いつでも言ってください。僕、配達以外でも来ますんで」
「大丈夫です」
個人的につながろうとしてくれているようだが、そこまで弱ってない。
この間みたいなわたしを想像してたのか、強い口調で答えると、決まり悪そうに苦笑いを浮かべた。
「あ、すみません。俺、この間、ものすごくドキドキしちゃって。でも、ちょっと役に立てたかなって勝手に思って。あの、本当に泣きたくなったら胸いつでも貸しますから遠慮なく言ってください。配達の時だけでも些細な愚痴でも聞きます。毎回、話止まらない人とかいるんですよ。俺、聞きますんで遠慮なく」
「ありがとうございます」
きっと、イベントノルマでもあるんだろう。
給料に反映されたりして。
私の所では年下キャラ。他の所では、息子や孫キャラで慕われてるんだろうな。一人暮らし始めたばっかりの若い子は、頼りになるお兄さんキャラで、好きになってしまってる子いるんじゃないだろうか。
ホームセンターでおばちゃんたちに慕われてる隆平を見て、同じ事思ったな。
顧客の一人一人に丁寧に対応している、大変だな、そういうふうに見えた。
営業努力。
やっぱり営業か、イケメン君は芋掘りのチラシをまた出してきた。
「あ、芋掘り、栗拾いウォーキングどうしますか? もうすぐ締め切りなんで」
「ああ、ウォーキング」
「俺的には芋掘りがオススメです。最後に焼き芋あるんで。もう、すっごい美味いですよ。芋は事前に用意したやつで、掘った分はお持ち帰りです。栗だとチマチマしてるんで、そういうみんなで食べましょう的なことできないで」
「へえ」
「ネットで申し込みなら、ギリギリまで大丈夫なんで」
「分かりました。考えておきます」
あんまり考えてないけど、笑顔で答えるとイケメン君は嬉しそうに笑い帰っていた。
その5分後くらいに、隆平が来た。
「野菜、来たの?」
「うん。土曜に来るんだ」
「ああ、さっきこのロゴが入ったシャツ着てる人とすれ違った」
「そう」
「イケメンだね。あの人、毎週来るの?」
「隔週かな」
隆平は黙った。
さっきの会話聞かれなくて良かったと思った。
いろいろと勘違いされかねない。
だけど、久しぶりにうちにきた隆平の第一声が、野菜の配達の話題だったおかげで、何もなかったようにいつもの二人の時間が戻った気がした。
想像していたぎこちない空気はない。
ちゃんと仲直りの儀式をしなくても、いつの間にか仲良く遊んでる子供みたい。
いろいろ気にしすぎてた自分が、本当にくだらなく思えてくる。
わたしは冷蔵庫に入れるため、段ボールから野菜を出した。
「なんだこれ?」
見慣れない野菜があった。見た目は太いネギ。上が緑で下が白。トウモロコシみたいに皮を剥いでいくような形で、中は全部白そう。多分食べるところは白いところの方だろう。ネギの匂いじゃない。野菜のリストを見た。
「マコモダケ(真菰筍)」
「キノコ?」
「いや、どちらかと言うとタケノコ」
「へえ」
マコモダケのレシピが書いてある紙を見た。
イネ科の多年草で、黒穂菌の働きにより新茎が肥大して食材になる。
日本ではあまり知られていないが、中国や東南アジアではポピュラーな食材。
あく抜き不要で炒め物や汁物にも適していて中華料理の食材にもよく使われる。
宅配野菜を始めて、その存在さえも知らなかった野菜に始めて出会った。
つくづく、自分は自分の周りしか見ていない。狭い世界で生きてきたんだなと思う。
わたしがマコモダケに感心している間、隆平は芋掘りのチラシを見ていたようだ。
「ねえ、芋掘り行くの?」
「うん。なんかさ、土をいじるっていいと思って」
「芋掘りなんて幼稚園いらいしてない」
「でしょ」
「しかも、あとで焼き芋やってくれるらしいよ。まあ、事前に掘ってある奴でね。自分で掘ったのはお持ち帰りできりって」
「行くの?」
「うーん。少し運動した方がいいって言われたから」
「誰に?」
「さっきの配達の人」
「そうなんだ」
「あの人も芋掘りのスタッフらしいよ」
「ふうん」
「藍子が行くなら、俺も行く。会員以外でも同行していいんだろ」
「え?」
なんとなく、隆平が焼き餅をやいているように見えた。
イケメンに対抗意識を持ったのか。わたしがイケメンに惹かれてる、もしくはイケメンがわたしに好意的だと勝手に邪推してるのか。
「じゃあ、二人で申し込もうか」
「うん」
芋掘りデート。なかなか素敵な気がしてきた。
共同作業ではないけど、一緒にやったら楽しいなと思える。
お互い、大人になってからやったことない。
ある意味、新しいこと。
「ねえ。マコモダケって中華料理ではよくある食材だって。食べてみる?」
「うん」
「皮剝くの手伝って」
未知の食材を前に、二人で台所に立った。
皮を剝いたマコモダケみたいに、わたしを覆っていた頑固な考え方が剥がれていくようだ。フライパンの中で炒められる拍子切りにしたマコモダケを見て、素直になれそうな気がしてきた。
わたしは、炒めながら隆平を見ないで言った。
「隆平、大事な話って言ってたじゃん」
「ああ。うん」
「隆平のタイミングでいいから、だから、仕事を理由に会わないようにするのやめて。会いたい。パンツ取りに来るだけもいいから来てよ。って、しばらく来てないから隆平の洗濯物ないか」
「藍子」
隆平はわたしを背中から抱きしめた。
「わかった。ゴメン」
「別に謝らなくていい」
「ごめ、いや」
「食べよう。マコモダケ炒め」
「うん」
新しいことは、二人で一緒にやればいいんだ。
何があるか分からないんだから、先人に倣わないで、二人で一緒にやろうって言えばいいんだ。そこからまた、二人のルールを決めていけばいいんだ。
始まってもいないことを悩んでもしょうがない。
マコモダケは、タケノコの先っぽの柔らかいところみたいだった。
知らない野菜でも、美味しく食べられる。
これから始まる、たくさんの知らない時間、どうにかなる。
そんな気がしてきた。