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ベジタブル・ジェニック  作者: 牧田沙有狸


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13/22

13.アボカド女子の誤解

 

 くすのき保育園「あい先生」調査報告


 引っ越しのため近隣住民に挨拶に回った際、有力な情報を入手したのでご報告いたします。

 なお、夫婦不仲による別居とは言わず、仕事の関係と説明しております。

 住民内にくすのき保育園に子供を通わせている家庭があり、「あい先生」という先生はいるかと尋ねてみました。

 すると、保育士として常勤している 近松 藍 (ちかまつ あい)という先生がいると判明。

 なお、近松先生は男性。



「は?」

 なんじゃこりゃ。

 男性って。え。何? 

 この調査結果で、わたしはどうすればいいの。えええ。

 調査結果と一緒に、くすのき保育園の運動会のお知らせが入っていた。

 日付を見ると明日だった。近くの小学校の校庭でやるようだ。

 自分の目で確認しに行けとでも言うのか。

 とにかく、わたしは菜奈に電話をした。


―「あ、落花生届いた?」

「うん。ありがとう」

―「塩ゆで、超美味しいよ。冷凍しておけば日持ちするから。年末こたつでチビチビたべられるよ」

「ほんと。ありがとう~」

 落花生の美味しさは熟知しているから、ものすごくありがたくて嬉しいが、手短に済ませたい。

「あの、調査結果ってのも届いたんだけど」

-「はははははっ読んだ?」

 電話の奥で菜奈は大笑いしている。この反応を期待してか、あえて補足説明なしの体言止めの文章で終わらせたのだろう。

「読んだよ。男性って、どういうこと?」

ー「隆平のチカは、近松のチカだったってことよ」

「じゃあやっぱり同一人物で、本当は男性ってこと」

―「おそらく」

「でも見た目女だったし。昔、隆平はチカに振られてるって言ったよ」

-「男性でも魅力的なんじゃない?」

「ええええええ。え、その男性って体はってことだよね。トランスジェンダーとか?」

―「いや、藍先生は普通に男性だってよ。奥さんと子供いるらしいい。質素な顔立ちだからあんまり男らしい感じはしないみたいだけど。ストレス発散的に女装趣味あったりして」

「うそおおお。じゃあ隆平が、どっちもOkってこと?」

―「しらなーい」

 人ごとだと思って菜奈は楽しそうに笑う。

わたしを全肯定してくれた隆平の気持ちが、一周回ってイケメンに「お前なんか相手じゃない」って言われたのと同じくらい女として傷つく種類のものではないかと思えてきた。

 本当に、わたし、高梨藍子という存在が選ばれたわけじゃないのかな。ちょどいい年の独り者で生物学的に女だっただけなのかな。

-「で、明日運動会があるらしい」

「チラシ入ってるね。行って見てこいということ?」

-「え? ああ、行く?」

「そういう意味じゃないの?」

―「下の方見た? 協力ってところに、隆平の職場、ホームセンターの名前あるでしょ。備品とか景品そろえてるんじゃないかね」

「じゃあ、仕事の関係ってこと?」

―「その可能性あるのかなーって。菜奈様のプロファイリング」

 女装趣味はおいといて、仕事で近松、通称チカと関係してる。そして今も忙しい。そうだったら平和的だ。

「そっか。ありがとう」

-「何か分かったら教えてね。面白そうだから」

「はいはい。報告書送りますよ」

 その後、会社の人達のどうでもいい話をして菜奈との電話を切った。


 翌日、家の中で頭ばっかり使ってて、おかしくなりそうなので、わたしは歩くことにした。

 9月とはいえ、まだまだ暑い。

 保冷剤を首に巻いて、水筒と塩タブレット持って気合い入れて歩く。

 疑惑の「チカ」に嫁も子供もいるんだから、男だろうが女だろうが、私が変な嫉妬心で心乱す必要は無い。はずなのに、なんだか複雑。

 隆平の気持ちが分からない。

 自分の気持ちも伝えてないのに、相手の気持ちを先に聞こうとするのは、ズルいのかもしれないけど、傷つくのが怖くて、変な方向に動いている。

 チカを確認したところで何かが変わるわけではないのに、菜奈の報告書で男同士、仕事の関係として思っていれば平和的なのに、わたしの足は、くすのき保育園運動会会場に向かっていた。ウチからだと、二駅ぐらいの距離がある。

 もしも、隆平は男もOkの人だったら。いや、同性が惚れるってのは、わたしが思ってるような恋愛感情だけじゃないのかもしれない。なんかもっと、尊敬に近くて美しい感情。男に振られたから、わたしに来たってのがは決して悲しいことじゃない。

 いや、チカに女装趣味があって、その姿に純粋に隆平が惚れて、男と知って振られたって意味か。だってわたしも女だと思ったもん。あまりにも自然というか、美人過ぎないから逆にリアルなんだ。整いすぎてると本当の女だってニューハーフに見えてしまったりするし。サバサバした感じの人で、保育園の先生だから体育会系っていう先入観から、男性とは思わなかった。

 女装といっても服装はカジュアルだから、カツラだけだよな。髪型だけで、女だと思わせるってことは、にじみ出る女子力みたいなのあるのかな。

 いや、女子力ってのは、そもそも女である女子には備わってなくてもいいよね。チカラなんだからさ。それに近づこうとして出てくるものでしょ。物をチカラと言わないだろう。女に近づきたくて女らしさを作り出す過程のエネルギーのことを指すんだろ。

 ん? なんだか訳分からなくなってきた。

 頭で考えすぎるから体使った方がいい。歩くのが一番と思ったが、この歩くリズムというのは、訳の分からないアイディアまで引き出す気がする。

 生き詰まった作家が散歩に出るとか言うのは、理に適っていそう。

 会場となる小学校は、ホームセンターをはさんで反対側にある。ホームセンターを通らないルートでわたしは小学校へ向かった。

金網フェンスの間から校庭を見たが、隅っこに園児と大人が数人集まってこじんまりと行われていた。音楽が流れていなければ運動会なのか分からない規模だ。

 校庭を借りるほどでもないのかもしれないが、園庭があるわけでもない駅近の保育園、思いっきり走れる子供達は楽しそうだ。

 保護者のふりをしてさりげなく入って、先生たちを見回した。

 やはり、保護者には見えない不自然さがあったのか、ゴーヤを見ていた時と同じ空気をすぐに感じた。男の人が向かってきて訪ねられた。

「何かご用ですか?」

 明らかに外部の人間だと分かるんだろう。このくらいの規模の保育園なら、先生は保護者の顔、全員把握していそうだ。不審者と思われたかもしれない。

「あの、いや」

 声をかけてきた男性は、チカの顔をした男だった。

「チカ!」

 思わず言ってしまった。やっぱりあれは女装のヅラだったんだと、頭で納得する前に声が出てしまった。

 わたしは、一体ここに何をしに来たのだろう。チカが男だと確認したところで、どうすればいいんだ。そして、直接接触することなんか考えてもいなかった。

 なのに、チカとか呼んじゃって。誰だよって思われるよな。わたしは、あなたのこと調べましたと言ってるようなもんだ。

「あ、いや。あのすみません、別に怪しいものじゃ」

「もしかして、アイコさん?」

「え?」

「隆平の彼女」 

「隆平? あ、そうです。」

 隆平。その名前を出すだけで、お互い名前を知っている経緯説明しなくても分かる。

「高梨藍子さん」

「はい」

「やっぱり。俺のことチカって呼ぶの隆平ぐらいだし、この顔見覚えある」

 チカは、ニヤニヤという笑いを浮かべた。

「見覚え?」

「隆平にいろいろ聞かされてたからさ。写真も何枚か見たよ。いつか会いたいって思ってたんだよね」

 え? どういう意味の会いたい?

 純粋に知り合いの彼女を見たい。それとも元カノが今カノを見たい感じ?

「そうですか。どんなふうに言われてたんだろ」

「すごいキレイな人だって。好きな食べ物はアボカドとか言ってそうな、俺と話なんかしてくれそうな世界の人だって」

「隆平、そんな事言ってたんですか」

 そんなジェニック女子要素まるでないのに。

 無条件にわたしを可愛いといってくれてた隆平の目には、きっとわたしがものすごくいい女に見えるレンズがついてるのかもしれない。

 アボカドって美意識高い女子がみんな好きとか言ってる果物野菜。女子受けを意識したメニューには必ず入ってる。もはや安易な新製品はアボカド入ってれば女子は喜ぶだろうみたいになってる。だから、アボカド好きとか言ってれば、そういう女子に仲間入りしたかのような気分になれる。

 わたし、アボカド好きとか言ったことないけど、隆平にはそう見えるのか。

 チカにはそう見えてないだろう。ずっとニヤニヤと笑っている。きっと、そうでもないじゃんかと思ってる。女装した私の方がキレイじゃんって思ってるんじゃないの。

「うん。でも、最近はぬか漬けのアボカドみたいなんだって、言ってた」

「ぬか漬け?」

 なんだ、それ。

 他の先生が心配そうに近づいてきた。

「ごめん。俺、行くけど、この保育園に知り合いでもいるの?」

「いえ」

「もしかして、俺を見に来た?」

 え。こいつ、何かを知っているのか?

 チカの対応は、わたしに敵対することなく、むしろわたしを誘惑して、間接的に真面目な隆平を困らせて楽しんでいるように見えた。女装するほど女を知り尽くした、女慣れした軽さを感じた。

 適当な言い訳が浮かばず、わたしは返す言葉がなかった。

「まあ、俺の知り合いで、不審者じゃなかったって報告しておくから、用がないならうろうろしない方がいいよ」

「すみません」

 なぜだか、謝った。

 隆平が、わたしのことをぬか漬けのアボカドと言っていたことが酷く屈辱で、目の前のことが頭に入ってこない。どう誤解されてもいいと思った。



 月曜日、菜奈からもらった落花生を副島さんにお裾分けした。

 隆平の言葉に機嫌が直らないわたしを察してか、副島さんは聞いてきた。

「どうかしたの?」

「彼氏がわたしのこと、ぬか漬けのアボカドみたいだって言ってたんです。それって、田舎くさいとか、ババくさいとかそういうニュアンスですよね」

「ぬか漬けのアボカド」

「はい」

「なかなかいいセンスしてるね」

「そうですか」

「ぬか漬けのアボカド食べたことある?」

「ないです」

「やってみれば。もう出来上がってるぬか床とか売ってるから、今日付けたら明日には食べられるよ」

「アボカドが漬物なんですか。あれって一応フルーツですよね」

「まあ、食べてみなよ」


 帰りに自然食品の店に行った。前にパプリカを買いに行ったとき、すぐ漬けられるタッパー付きのぬか床も売っていたのを見た。

「ぬか漬けか」

 粘度みたいに売られているぬか床を見てためらった。

 毎日、かき回して世話しないといけないんだよな。ある意味ペットだよな。放っておいて二泊三日旅行なんか行ったら、臭くなるんだよな。

 始めたら、面倒見ないといけない。

 でも、育てていく、っていう考え方もできるし。

 青唐辛子やニンニク味噌みたいな刺激的なのじゃなくて、ほっこりするご飯のお供も魅力的だしな。これから寒くなったら、カブやダイコンも美味しいかな。

 発酵食品はいいって言うしね。

 まずは、アボカドだ。

 スーパーで売ってるアボカドのほとんどはメキシコやニュージーランドからの輸入物。メキシコ産なんか一年中食べられる。国産品は冬らしい。

 アボカドのぬか漬け。

 副島さんが、食べてみなと言うんだから、美味しいんだろう。

 わたしは、ぬか床とメキシコ産アボカドを買ってさっそく漬けることにした。


 アボカドは黒くて触って弾力を感じる柔らかさのものを半分に切って、種を取り、ぬか床に埋めた。

どろんこ遊びに似た感触。触っているとなんだか気持ちが和む。

 都会で働きづめだった人が、田舎で畑仕事して癒やされる。土いじりでストレス解消、なんて話聞くけど、ぬか床には似たような効果がある気がしてくる。

 水で流すと手がすべすべになるし。


 翌日、掘り出したアボカドを洗ってスライスした。

 見た目は漬ける前と変わらない。

 お皿に盛る前に一つつまんだ。

「何これ」

 最近、この言葉をよく口にする。

 自分が想像していた以上の味覚を感知したときに出る言葉。

 アボカドはもともと、わさび醤油で食べるとトロと言われる脂ののった食感だけど、それがぬかの中で整えられている。口当たりがなめらかで、ほどよい塩気と酸味が味も凝縮して、チーズみたいな、なんだろう、こういうのを成熟されてるっていうのかな。生じゃなくなったアボカド。かと言って炒められたり潰されたり、外的に圧力で姿を変えて味が深くなったのとは違う。じわりじわりと、中側から変わっていく、密度が濃くなっていく。

 しかもアボカド、外国生まれの果物なのに、ぬか漬けなんて日本古来のものと調和してるなんて意外。なんだこの包容力。

 ぬか漬けアボカドは、大人の女性だ。

「え、そういうこと?」

 自分で形容して、気付いた。

 隆平も、それを聞いたチカも、その話をさらに聞いた副島さんも分かって言っていたの?

 ぬかによって変化していったアボカドみたいに、わたしの中に隆平の優しさみたいなのがじわりじわりと広がっていった。

 わたしは、アボカドの残骸を拾って、ぬか床をかき回した。

 


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