第二十話 嵐の前
それから一週間。蘭渓側から音沙汰は何もなかった。ブラジル大津波による自衛隊派遣の指揮を執っているからだ。
「と言っても、あいつが蒔いた種だなんて、誰も信じないだろうなぁ」
良彦が本間の病院のソファに寝転がりながら呟く。「真実なのに」
「人間は、たとえ真実でも、話が大げさすぎると信じなくなっていくからね。逆に、至極真っ当に思える話が大嘘だったりするし」
鳥山が自分の爪を磨きながら応じる。「人間はいい加減な生き物だ」
「くそっ。早いとこケリをつけて『特殊能力部門』の人たちの目を覚まさせないと。例えその人たちの居場所が無くなってしまったとしても、本当のことを知らされないで犬死にしていくよりはマシだ!」
「それにしても、本間さん遅いな」
鳥山が話題を変えようとしたとき、病院の電話が鳴り響いた。一瞬躊躇したが、新たな患者かもしれないと思い直し、良彦は出ることに決めて受話器を手に取った。
「も、もしもし……⁈」
『やぁ。君か』
「そ、その声は―――!」
―――蘭渓徹―――‼
「ど、どうして……⁉」
『前にも言っただろう。私にはちょっと我儘なドッペルゲンガーがいるって。まぁ、それはさておき、そろそろ決着をつけようと思ってね。なぜ、私が君たちを狙うのか。これについても話さないといけないな』
「なんだって⁉」
『ま、とにかく、来週の日曜日の深夜、今からいう場所に来てくれ。本間隊員や君はもちろん、興亜・小山優人・鳥山正樹・京田麻保・藍野美菜子も一緒だ。わかったな』
蘭渓が指名した場所は、郊外にある国有林だ。人の立ち入りは禁止されている場所だが面積は広く、確かに人に見つかることはまず無いだろう。
『それじゃあ、私はこれで』
「あ、おい……」
またまた一方的に電話を切られてしまう。キザな野郎だ。
「わざわざ日程まで指定してくるなんて、本気で片を付けるつもりなのか……」
「どうもそのようね」
いつの間に帰っていたのか、本間が二人の前に姿を現す。ふいをつかれ驚く二人。
「いつものように不意打ちで襲って来ればいいものを、わざわざ手の込んだ真似をしているのだから……。とりあえず早くみんなを呼び出して!興亜和尚もこっちに向かっているから。対策を考えましょう」
「わ、わかりました」
本間にせかされるがまま、良彦は小山のケータイに電話をかける。鳥山も京田に連絡を入れる。十分後に小山と京田、さらに十分後に興亜和尚、二十分後に美菜子が駆けつけた。
「全員揃ったわね」
本間が事のあらましを説明する。「……というわけなの」
「なるほど。蘭渓のやつ、よっぽど自信があるように見える」
興亜がブツブツ言う。「確かに、こりゃしっかりと対策を考えんと」
「みんなには、このお札を当日持ってもらうわ」
本間はそう言うと、引き出しの中から煤けたお札を取り出す。
「これは、人に心を読み取らせないよう呪文が施された強力なお札よ。例え蘭渓でも、すぐに術を破ることは無理。このお札を持っておけば、相手に攻撃パターンを読まれずに済む」
「なるほど……」
お札には、達筆な筆で経文が施されている。なるほど、手にするだけで体内に力が流れ込んでくるような気分になる。
続いて、興亜が中心となって作戦を練ることにする。
「パイロキネシスを使えるのは、儂と智恵子と狛か……。万が一のことを考えて、狛は補欠要員、儂と智恵子が前線に立って戦うってことにしよう。小山は、サイコキネシスで蘭渓の注意力を散漫してくれ。鳥山は―――」
入念に作戦を立てていき、決闘当日を待つだけとなった。
「いい?みんな、無理はしないで。危ないと思ったら、一目散に逃げていいから」
一同は円陣を組むと、声を合わせて「おーっ」と叫んだ。
最後の戦いが、始まる。




