第十二話 過去を知る男
「失敗したか」
千葉が大臣室に入るや否や、蘭渓はそう切り出してきた。
「わかりますか?」
「お前の考え散ることを読み取るなど、三度のメシより容易い事」
「大臣。やはり、Bランクの人間には無理です!本間隊員にはかないません!Aランクの人間を投入すべきです!」
「君に言われなくても、そうするつもりだ」
予想外の反応に一瞬言葉を失う千葉。
「だ、大臣。どういう風の吹き回しですか?」
「別に。ただ悟っただけだ。それに、ガキどもの力もバカにならないということが今回分かったからな。ただ、Aランクの隊員数は他より少ない。決着つけるなら、一発でつけたい」
机上の名簿ファイルに目を通す。
「したがって、それなりの人材を選出せねば……」
ざっと名簿の名前に目を通す。だが、あるページで繰る手が止まった。
「この男……」
「どれですか?」
千葉も蘭渓が示すページを見る。「こいつは、Aランクの中でトップの力を持つ男です」
「ほう、そうか。こいつ、入隊してもう十年近くになるのか……」
「こいつに行かせる気ですか?」
「あぁ。それに、面白いことになりそうじゃないか」
ニヤリと笑う蘭渓。「さすがの本間隊員も、迂闊に百パーセントの力は出せんだろう。今回は期待ができる。すぐに、こいつを連れてこい」
千葉にそう命じると、冷めた紅茶をズズっとすすった。
*******
土曜日。鳥山と京田は、電車に乗って埼玉県の行田に向かっていた。先日話していた、本間と同じ術を使う住職のいる寺を訪れるためだ。地図によると、駅から徒歩で三十分の所にあるらしい。駅に着いたら、そこからタクシーを使うことにする。
「お客さん、どこまで?」
「段々寺まで」
「……お客さん、檀家さんか何か?」
「え、えぇ、まぁ。そんなところです」
「ふぅん。まぁ、それならいいけどよう……」
何となく歯切れの悪い運転手。
「どうかしたんですか?」
「いやぁ……。本当のこと言うと、あまりあの寺には近寄りたくないんだよな。何というか、うまく言えないんだけど。近所の人も気味悪がって、昔からの檀家さんぐらいしか行かないんだよ」
「そうなんですか」
「だからさ。悪い事言わねぇから、用すんだらとっとと帰りな。あすこの住職も、何か気持ち悪い感じがするからな」
タクシーはそのまま走り続けて、寺の手前で止まった。料金を払って外に出ると、タクシーは逃げるようにその場を後にした。
寺の外観はありふれた感じだ。入り口の門にデカデカと『段々寺』の文字がある。門をくぐって中に入る。境内にも墓場にも人の姿はなく、閑散としている。
「確かに……。何となく薄気味悪いな」
「誰もいないのかしら?」
京田は「すいません!」と声を上げる。だが、返事は聞こえない。諦めずにもう一度「すいません!」と先ほどより大きな声で呼びかける。それでも、返事はない。
「お留守なのかしら?」
「ちぇ。せっかく埼玉まで来たのに、無駄足だったか」
それでも諦めきれず、寺の境内を土足で上がって中を確認しようとした、その時だった。
「コラ!境内を土足で上がるバカチンがあるか!」
野太い声が二人の後ろから聞こえた。驚いて振り返ると、銀髪のロン毛に、灰色の袈裟を身にまとった六十歳くらいに見える男が立っていた。
「あ……、いらっしゃったんですか。呼んでも返事が無かったので……」
「トイレで用を足していただけじゃ!それより……」
二人をジロジロ見る。「あんたら、檀家じゃないな?それに―――超能力を使える」
「あ、はい。あの、私たち本間先生の元で治療をしている者でして……」
「本間?ははぁ、あんたら、智恵子の患者じゃな?」
「本間先生をご存じなのですか?」
「ご存じも何も、術を教えたのは儂じゃからな」
「あの、そのことで詳しくお話を聞きたいのですが―――」
「ふん。ま、どうせ暇だし、よかろう。上がりなさい」
住職にエスコートされ、本堂に通される。畳の匂いがどことなく心地いい。用意された座布団の上に座る。
「智恵子は、元気かな?」
最初に口を開いたのは、住職のほうだ。
「はい。元気ですよ」
「それなら良かった。最初にここに来たときは、何か憑き物に取りつかれた形相だったからな。あっと失礼、自己紹介がまだだったな。儂が、この段々寺の住職である、興亜じゃ」
「鳥山です」
「京田と申します」
「それで、智恵子の術について知りたいと」
「はい」鳥山が返事をする。「本間先生の治療は、確かに効き目はあるし、僕たちもすごく助かっています。でも、どういうメカニズムでそんなことが可能なのか。本間先生はどうやってそれを習得したのか……」
「なるほど。つまり智恵子は、治療法に関して踏み込んだ説明をしていないということじゃな?」
「そ、そういうことです」
「ふん。ま、最初の質問に答える前に二番目の質問から答えることにしよう。十年近く前、儂の元に一人の女性が訪ねてきた。儂は一目見て、すごい力の持ち主であることを見抜いた。その女性―――本間智恵子は、儂に向かってこう言ってきた。『私に術を授けてください』と。しかし、その術は一朝一夕で身につくものではない。一旦は断ったんだが、彼女の熱意はすごかった。自分一人に出来ることは微々たるものかもしれない、それでも、やらないよりはマシだ、と言い切ったんだ。儂も、この子なら術をちゃんと習得できるかもしれないと考え直した。最も、完璧にマスターするまで三年近く掛かったがな」
「それで、その術というのは……?」
「術の名は、『眠包煉』。超能力を弱め、普通の人間と同じ状態に近づける技。この術は俗に言う『催眠術』というやつだな」
「さ、催眠術⁉」
「うそ……」
二人の驚き様と言ったら無かった。
「催眠術って、それ治療でも何でも無いんじゃないですか⁉」
鳥山が責め立てるが、興亜は落ち着いている。
「まぁまぁ、少し落ち着きなさい。話はまだ終わっていない。確かに、『眠包煉』は厳密に言えば医学的治療とは違う。だが、使い方次第ではこれもまた立派な治療法となるのだ」
「……どういう、ことです?」
「『眠包煉』にかけられた者は、術が強力なものだと半年は続く。残念ながら、儂のものはそこまででもないが、それでも二ヶ月は続く。おそらく、智恵子は一週間ごとに術をかけているのではないか?」
「そ、そうです、けど」
「二ヶ月続くものを、わざわざ一週間ごとに術をかけていくことで、その人にかかる術は何重にもなっていく。そうすることで、その人に備わっている超能力を術の中に閉じ込めて弱めていくのだ。例えるなら、マトリョーシカのような感じだな。言うだけなら簡単かもしれないが、やるとなると難しい。『眠包煉』にかけられた時、脳内が霧に包まれたような気分にならなかったか?」
「あ、なりました!」
京田が反応する。「霧に包まれた感じがしたかと思えば、もう超能力は鈍くなっていて」
「左様。それこそが、『眠包煉』の難しいところだ。この霧の感じが出なければ、ただの催眠術になってしまう。それでは意味がない。智恵子も苦労していた。泣いたことだってあった。それでも彼女は、決して音を上げることはなかった。大したものだよ」
本間がそこまで苦労していたとは、二人は驚きを通り越して納得していた。入隊から一年半でSクラス所属になったり、ゼロから勉強を始めて医者になったりしたのだから、根っからの努力家であると想像するのは難くない。
「謎は、解明したかな?」
「はい!どうも、ありがとうございました!」
立ち上がり、本堂を後にしようとしたとき、「お客かな」と興亜がつぶやいた。
「えっ?」
「表に車が止まった。降りてきたのは―――女だな。君たちと同い年ぐらいだ」
どうやらテレパシーを使ったらしい。ここまで鮮やかに表現できるとは見事だ。
そして、本堂に姿を現した女の姿を見て、鳥山と京田は驚愕した。入ってきたのは、藍野美菜子だったからだ。
「あれ、美菜子ちゃん⁉」
「どうして……」
「おや、二人は知り合いかな?」
興亜が興味津々といった感じで聞いてくる。
「あの、本間智恵子先生に紹介されて来ました。藍野美菜子と言います」
「智恵子から?」
「えぇ。興亜和尚は、人の超能力を弱める力を持っていると聞いたので」
「しかし、それなら智恵子に頼めばいいものを」
訝しがる興亜に、京田が取り繕う。
「ほ、本間先生にも、色々と都合がありまして。苦肉の策なんです」
「ふぅん……」
ジッと京田を見る興亜。だが、興味を無くしたように再び美菜子に向き直る。
「だけど、君の超能力はそこまで強くないぞ。わざわざ『眠包煉』を使わなくても、日常生活に支障はないと思うが……それでもやるのか?」
「お願いします」
まっすぐ興亜の瞳を見つめる美菜子の目に迷いは無かった。
「……よかろう。君ほどの力なら、半年もやればほぼ普通の人間と同じになるだろう」
「ありがとうございます!」
大きく礼をする。
「では、さっそく……」
そう言って、美菜子の顔に右手をかざそうとした瞬間だった。
「誰だ!」
突如興亜が声を上げる。突然のことで戸惑う三人。
「曲者がこの寺の中に侵入した。みんな、その場を動くんじゃない!」
「えぇ⁉」
静まり返る本堂。物音は一つしない。興亜は全神経を集中させて、曲者の位置を探る。不安な面持ちの三人。
「そこかぁ!」
興亜が天井の隅に向かっていきなり炎を発射させる。だが、曲者は寸前でそれをかわして軽々と地面に着地する。小柄だが、整った顔立ちの男だ。
「何者だぁ!儂の寺に勝手に侵入して!」
「坊主に用はない。用があるのは、そこにいる子供たちだ」
「何だと⁉どういうことだ⁉」
「説明している暇はない!」
そう言うや否や、三人に向かってパイロキネシスを放つ。だが、興亜は呪文を唱えながら立ちはだかる。炎は、興亜の直前で力を失い消えた。
「チッ。邪魔者めが。ひとまず、退散だ!」
男は捨て台詞を吐くと、体を翻してテレポートをしてその場を後にした。
「一体、どういうことなんだ!説明してくれ!」
興亜が三人に問いただす。京田は、覚悟を決めて話し始めた。
「まったく、なんてこった……」
話を聞いた興亜が頭を抱える。「しかし、儂も蘭渓とかいう男は目をつけておったんだ」
「えっ、そうなんですか⁉」
「テレビ越しでも、その内側に秘められた邪悪な力を隠し通すことは無理だ。蘭渓は、何か企んでいそうな雰囲気だからな……。それより、これからどうするかだ」
「あの、美菜子ちゃんは無関係です。彼女だけでも守る方法は……?」
鳥山が質問をする。だが、興亜はため息をついて首を横に振った。
「儂らに関わった以上、百パーセント無関係というわけにはいかんじゃろ」
「で、でも……」
「私、大丈夫です」美菜子が声を上げる。「私、皆さんに助けてもらった恩があるし、戦う覚悟はできています!」
「藍野さん!」
「まぁまぁまぁ!」興亜が止めに入る。「本人に覚悟があるんなら、それでいいじゃろ。それより、またいつ敵が襲ってくるか分からない。あの男、どうも操られているみたいじゃったからな。家まで、送ろうか?」
「あ、私、車待たせてあるので」
美菜子が言う。「それに、この後、歌の収録があるし―――」
「じゃあ、このお札を持っとりなさい。これがあれば、万が一襲われたとしても相手に短時間軽いショックを与えることができる。だが、あくまでも子供騙しに過ぎん。このお札をあまり過信せんように。お前たちも、一枚持っておきなさい」
「はい!ありがとうございます」