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星の鍵穴  作者: 丼丼
1/3

#1:地球部に行こう!


 「何か」に理由もなく惹かれたことはある?

 上手く説明できなくても、言葉にできなくてもいい。

 ただ、気になる_それで十分だ。


 或いは、忘れようとしていた事。目を逸らしてしまった事。鍵をかけて、仕舞い込んでしまった事。

 怖くても、迷っていても、その足は既に動き始めている。

 その扉の向こうが何であれ、君はもうそこに立っているのだから。



 4月2日。


 目が覚めた。

 枕元に置かれた時計は6時50分を指している。

 目覚ましは7時にかけたはずだったけど…まあ寝坊するよりはいいか。入学式に遅刻する訳にはいかないし。

 身を起こしてベッドの縁に腰掛けながら、枕元に置いてあるスマホを取る。

 通知はSNS、天気予報、それくらいなものだ。

 早々にスマホチェックを切り上げ、カーテンを開けにかかる。

 

 「うっ……」


 朝日が寝起きの目を刺激すると同時に薄暗かった室内が明るく照らし出される。

 壁に掛けたカレンダーの中の相互作用銀河の二つの目がこちらを見つめている。

 引き出しの中に仕舞い込んでしまった物も多いけど。まだこれは捨てられないでいる。


 箪笥から新品のYシャツと制服のズボンとブレザーを引っ張り出し、手早く着替えを終わらせる。

 ネクタイを弄りながら部屋を出て階段を降りる。リビングは既にコーヒーの匂いでいっぱいだった。

 キッチンにいる母親に声をかける。


 「おはよう。お母さん。」

 「あら、おはよう〜今日は早いじゃない?」

 「うん、流石にね…」


 ネクタイを弄り終わり、朝食の席につく。

 朝はあんまり食欲がない。大抵トースト1枚とコーヒーだけだ。

 お母さんがテーブルにコーヒーを置きながら言う。


 「制服、似合ってるわよ。」


 ニコニコして嬉しそうなのが少し歯痒くて、もどかしくて「中学のとあんまり変わらないじゃん。」と言ってしまう。

 お母さんはふふふ、と笑いながら私の後ろに回って来る。

 そして私の無造作に結ばれた髪を解きながら、


 「入学おめでとう。」

 「もう…何回目よ…」

 「友達作らなきゃダメよ〜?」


 長い沈黙。

 髪を梳くシュッシュッという音がやけに大きく聞こえる。


 「…わかってる。」


 自分でやるより少し高い位置でポニーテールが出来上がる。

 ありがとう、と言うとお母さんはにこりと微笑んでキッチンに戻る。

 急がないと…。トーストを口に放り込み、コーヒーを流し込む。本当は味わいたいけど今朝はしょうがない。

 ごちそうさま、と小さく言ってから皿とカップを重ねてキッチンに持っていく。

 歯を磨いてから入学に合わせて新調した、ほぼ空に近いリュックを拾いあげ、玄関に向かう。


 「行ってきまーす」


まだキッチンにいるであろうお母さんに聞こえるように言う。

 はーい後でねー、と声がしたので扉を開けて踏み出すと、桜の香りがふわっと入って来る。

 視界の端っこに映ったお母さんの姿を確認してから外へ歩き出す。ローファーの音が心地良い。

 20分くらいかかる最寄り駅への道は既に中学の3年間使っているので慣れたもの。

 駅に着くと、いつもとは反対方面のホームに向かう。

 今日から高校生活が始まる。そういうことを嫌でも意識させられる。

 既に何回か高校には訪れているから道は間違えないけど、少し不安…というか浮き足立つ感じは拭えない。

 1回乗り換えを済ませるとあっという間に高校の最寄り駅に到着してしまった。

 駅のホームは正装の学生とその親でごった返していて身動きがなかなか取れなかったけど、なんとか抜け出して通学路に就く。

 

 入学式は大きな講堂で行われた。お母さんは後から来ていたみたいだが、講堂ではついにその姿を発見することはできなかった。

 入学式が終わるとそのまま教室で待機する流れになった。その間にお母さんと、校門の前での写真撮影をする待ち合わせ時間を決めるメッセージを送っておく。

 お母さんはあまりスマホを見ない人間なので返信は気長に待つ必要がある。


 「ねぇ! ねぇ!」


 教室では既にいくつかのグループができていて賑やかだ。


「ねぇってばー聞こえてますかー?」


 いつそんなに仲良くなったんだと疑問に思いながら窓の外をぼんやり眺める。


 「あれ?これ無視されてる?」


 友達、作らないとな…。


 「おーい!聞こえてますかー!!!!!」


 耳元で大爆音の声が響いて驚いて振り返る。


 「あ、やっとこっち向いた。」

 「な、なに…?」


 声の主は、座っている私を見下ろして”超”目をキラキラさせている。

 なんか嫌な予感がする。


 「星!好きなの?」


 予想とはだいぶ違う質問が来た。


 「えっと…なんで?」

 「なんで?だって、、、」


 彼女は心底キョトンとした顔で机の横にかけてある私のリュックを指さす。


 「そのストラップ、星座早見盤でしょ?」


 あ、、しまった…つい癖で星座早見盤のストラップをリュックにつけて来てしまっていた。…言い訳する必要もないか。

 

 「まあ…うん。そうだよ。」

 「やっぱり!!よかったぁ~…星好きな人がいて!私、天瀬陽菜!よろしくね!」

 「あ、うん…私、黒沢布良。よろしく…」


なんか久しぶりに名前を言った気がする。


 「布良ちゃんは入る部活決めてたりする?」

 

ああ、ほら。やっぱり来た。というか、いきなり名前呼びか……。


 「私、地球部に入ろうと思ってるんだよねー!HR終わったら一緒に行ってみようよ!!」

 「あ、えっと…私部活には…」

 「はーい!全員席についてー!」


 「入らない」と言うはずだった声を遮ったのは教室に入ってきた先生と思しき人だった。

 天瀬と名乗った彼女は自分の席に戻る途中で振り返って、


 「じゃあ布良ちゃん!あとでねー!」


 と、とても元気な声で言い放つ。やめてくれ、恥ずかしい。と思ったが案外教室はまだうるさくて、声はかき消された。というかいきなり名前呼びをするとは…恐るべし陽キャ。


 地球部の存在は当然知っている。

 地球部は主に地球・宇宙に関する活動を行っている部活だ。

 私は、元々地球部に入るためにここ、多摩総合大学附属高等学校(通称”多摩高”)を受験したのだ。

 …でもあの日、何の目標も見えなくなってから、夢は諦めざるを得なかった。

 親は趣味ならいいんじゃないかと言ったけど、そういうことじゃない。そういうことじゃない。

 だから、これは自分なりの決別のつもりだった。


 でも、捨てきれていなかった。捨てられるはずもない。

 少し、考える。

 このまま彼女と一緒に地球部の扉を叩くべきなんだろうか。


 そんなことを考えてるうちにHRが終わっていた。

 

 「布良ちゃん!行こう!」


 どうしよう。天瀬の鼻息が荒い。

  

 「私まだ入るって決めたわけじゃ…」


 机の上で握りしめた手に思わずギュッと力が入る。 


 「いいじゃん!さっき先生も言ってたじゃん?体験入部期間は色んな部活に行ってみてねーって!ね?」


 確かにそんなことも言っていた気がする。まあ…体験入部くらいならいいか。


 「…わかった。行こうか。」

 「やったー!私、荷物持ってくるね!」


 天瀬の背中を見送りながら、私もリュックに配られたプリントやらを仕舞う。

 そうだ、体験入部して面白くなかったら辞めればいいだけの話なんだ。彼女も私が頷かないと引き下がらなかっただろうし。

 

 「布良ちゃーん!!早くーぅ!」


 教室の前の扉から上半身だけを覗かせて腕をブンブンとはち切れんばかりに振っている。

 後ろの扉から廊下に出て、天瀬の元に向かう。

 廊下にはすでに部活勧誘のために集まっているのか、部活のプラカードを持った上級生などがちらほらいる。

 隣を歩きながら、こいつはさっきから距離感近すぎないか?などと考えつつ地球部の部室がある赤レンガ棟に向かう。


 校舎は教室棟、赤レンガ棟、体育棟、図書館の4つあり、赤レンガ棟に物理実験室や生物地学実験室などの教室が集まっているので、文化系の部活の部室は基本的に赤レンガ棟に密集している。


 教室棟と赤レンガ棟を繋ぐ渡り廊下に差し掛かった辺りで天瀬が振り返って言った。


 「布良ちゃんはさ〜何の星が好き?」


 渡り廊下に差し込む光が彼女の顔を明るく照らす。やば、笑顔が眩しい。


 「聞いてる〜?」

 「あ、ごめん…えっと…好きな星?」

 「そうそう!惑星とか〜なんでもいいよ!私は土星かな!」

 

 はっ…愚かな…。土星なんて小学生でも知ってる惑星…。まさかこの天瀬…


 「私はカノープスかな。」

 「カノープス?なんだっけそれ?」


 やっぱそうだ。こいつただキラキラした感じの”宇宙”(おそら)が好きなんだ。


 「カノープスはりゅうこつ座で一番明るい星で…あ、りゅうこつ座はアルゴ座から分裂した星座で南の低い位置にあって、特にカノープスは日本だと冬にしか見れないレアな…星で…星なんだよ。」


 途中から天瀬がものすごく呆けた顔をしていたから説明を切り上げた。切り上げざるをえなかった。こんなにも”何言ってるかわかんない”を表した顔は初めて見たかもしれない。


 「へ〜!布良ちゃんすっごい詳しいんだね!!」

 「あ、ありがとう…」

 

 そりゃあれだけ勉強したんだから詳しいに決まってる。カノープスなんて私にとっては当たり前の知識だ。

 でも、その当たり前を天瀬に褒められて無性に嬉しくなっている自分がいた。


 いや、違う。勘違いしちゃいけない。

 こんな知識誰だって持ってるし、調べればすぐわかる話だ。別に私がすごい訳じゃない。


 少し俯いてから天瀬の横をすり抜けて再び歩き始める。

 まだ高いはずの日の光がやけに冷たく頬に当たっている。

 ああ_駄目だ。せっかくあっちから話しかけてくれたのに、こんな自分から壁を作るような真似。こんな子供っぽい態度しか取れない自分が心底嫌になる。

 天瀬は何も言わずについてくるけど、顔を見ることができない。


 7階まである赤レンガ棟の真ん中は2〜6階が大きな吹き抜けになっていて、東西にそれぞれエレベーターがある。

 

 「あ、こっちのエレベーターの方が早いから…」

 「うん!」


 私は、渡り廊下から向かって左側のエレベーターに向かう。こっちの方がバリアフリーのエレベーターじゃないから早い。エレベーターは程なくしてやって来た。

 個室内で天瀬と向かい合う形になる。

 視線を感じて、俯いていた顔をやっと上げると、天瀬がものすごくニコニコしていた。


 「えへへ〜///」

 「どうしたの…?」

 「え?いやぁ〜もう友達できて嬉しいなーって!」

 「…友達?」

 「うん!」


 あ、友達って私のことか。そうか友達か。

 どうしよう。結構嬉しい。


 ガコンと小さな音が鳴ってエレベーター全体が揺れて6階に到着した。

 なんかフロア全体が薄暗い気がするけど、なんで電気がついてないんだろう。


 「なんか暗いね!」

 「…うん」


 これはあくまで予想だけど、天瀬について一つ訂正することがあるかもしれない。

 多分彼女は陽キャとかの類じゃなくて、天然なんだと思う。

 エレベーターを降りたすぐ手前の生物地学実験室の壁に小さなホワイトボードが掲げられていて、


  地球部へようこそ

      ←    」


 という文言と共に、何とも形容し難い土星のようなウサギのようなキャラクターが描かれていた。


 「え〜!!これかわい〜〜!!」

 

 なんか隣で天瀬がキャッキャしている。

 そんなにかわいいか?これ。

 ぐるぐると塗り潰された目を見ていると深淵に引きずり込まれそうに__


 ホワイトボードの矢印は生物地学実験室_ではなく、隣の準備室のドアを指している。

 

 「どうする?!入ってみる?」


 そんなキラキラした目でこっちを見られても…


 「うーん…」


 ドアの真ん中には小さな窓が空いており、中を覗けるようになっているみたいだ。


 「ちょっと覗いてみる…」


 身を屈め、部屋を覗くと、奥の方におそらくソファーと思われる物が見える。

 それと、手前に棚があるせいでよく見えないが、時々棚の向こうでスカートの裾らしき物がチラチラ見え隠れしている。

 

 「どおー?」

 

 ギュッと体を寄せて来た天瀬が、同じ窓を覗き始めた。

 あ、天瀬からなんというか日向みたいな匂いがする...春の光の匂いというか。これじゃ変態みたいだ。変なことを考えるのはやめておこう。


 「あ、中から声聞こえない?」

 

 天瀬がそう言うのでドアに耳を当ててみると中から「大丈夫だって!いけるいける!」という声が聞こえる気がする。


 「どうしようか...入ってみる?」

 「うん!入ってみよ!」


 よし。

 意を決してドアノブを回す。


 「し、失礼しまーす...」

 「しまーす!」


 するとすぐに奥から「はーい!」と返事が返ってきた。

 どうすればいいのかわからずにドアを半開きにしたままにしていると、声の主が棚の向こうから上半身だけ姿を現した。

 

 「おやぁ〜?君たちもしかして新入生?」

 「はーい!1年1組の天瀬陽菜でーす!」

 「あ、はい...同じく1組の黒沢です..えっと...部活見学で来ました....」

 「部活見学!?ほんとに!?」

 

 棚の影から身を乗り出してきた先輩と思しき女の人は感嘆の声を漏らすと、引っ込んで


 「ほら、”部長”さん!新入生来たよ!」

 「いやっ...た”か”ら”ちょっ...待っ...」


 と言いながら抵抗する腕を引っ張って来る。私たちはパチクリと顔を見合わせ、その様子をただ見守ることしかできなかった。

 30秒ほど経った頃だろうか、いやまあ引っ張られる体の半分くらいが見えたくらいで既にわかっていたのだが、姿を現したのはメイド服に身を包んだ女の人だった。


 「ほら!部長さん!」


 促されて、彼女は引きつった笑顔で手に持った「地球部」のプラカードを掲げて、


 「ち、地球部へようこそ〜...」


 ああ、これがキツいって言うのか。こっちまで引きつりそうだった。

 天瀬は相変わらず”何言ってるかわかんない”の顔をしていた。

 多分私もそうだったかも。



 それからそれから。

 私と天瀬はすっかり制服に着替えた”部長”と呼ばれた先輩と、そう呼んでいたもうひとりの先輩と机を挟んで座っていた。

 

 入った部室(多分部室だと思う)は普通の教室の半分ほどの大きさがあるが、壁沿いにこんもりと「タカハシ」と書かれた段ボールやらプラスチックコンテナやらが積み重なっているせいで、実際より小さく感じる。

 コソコソと目の前で2人が何か話しているので私たちは部屋の中を見回すことしかできなかった。


 しばらくしてからオホン、とわざとらしい咳払いをしてから部長が身を乗り出す。

 

 「それで、君たちは部活見学で来たんだっけ?」

 「はい!」

 「あ、はい…そんな感じです…」

 「なるほどねぇ…」


 そして、部長さんは姿勢を正してから


 「じゃあ、とりあえず地球部について教えるね。私は高2で部長の九条澄。」


 隣を指さして


 「こっちも高2で副部長の三峯星乃。」

 「よろしく〜」


 手をひらひらさせている三峯先輩を尻目に、九条先輩は長いため息をついてから碇ゲ◯ドウみたいな体勢になって言った。


 「そして本来ならここに高3の相良って人間がいるはずなんだけどね…」

 「まあ…相良先輩にはいずれ会えるだろうし…大丈夫大丈夫…多分…」


 ご覧の通り三峯先輩も苦い顔をしている。

 

 「総部員数は…これだけ。」


 部長は掌を広げて我々の前に出す。


 「「…?」」


 意味を思いあぐねていると部長が続けた。


 「5人。」

 「…!まさか…」


 「そう。たったの5人。しかも実質的に活動してるのは3人だ。」

 「要するに廃部の危機ってこと〜」

 「そう。すぐには廃部にはならないだろうけど、最近は学校が部活を減らそうとしている節があるからねぇ…安心はできない状態なんだ。だから2人が入ってくれたら、すごく嬉しい。」

 

 「わ、私、は…」


 九条先輩と三峯先輩の顔を見ないように俯くと、頭の中でグルグルと考えが回り続ける。

 高校で私が地球部に入って意味はある?「部活」として入ったとしたらそれは趣味として天文をやってほしい、というお母さんの思う壺なんじゃないだろうか?

 諦めようとしたのに私は何を今更…

 考えれば考えるほど言葉が出てこなくなる。

 私は_どうしたい?


 回転を続ける私の思考を遮ったのは、またもや天瀬だった。

 バンと天瀬が机に手をついて立ち上がる。


 「私!入ります!元々入ろうと思ってたので!」


 そして、こっちを向いた彼女は私の目をしっかり見つめて満面の笑みでこう続けた。


「私、いろんなことが知りたい!布良ちゃんと一緒に!地球部に入りたい!」


 その目を見て思い出した。何故私は星が好きになったのか、何がしたいのか。


 「知りたい」という感情はとても不思議だ。

 あの時抱いた、星をもっと知りたいという欲求はまだ止まってない。止めちゃいけない。それが約束だから。

 気の所為かもしれないけど天瀬の一言が、閉めたはずの鍵を開けてくれたような気がした。


 「私も、入ります。」


 そうして、私は俯いていた顔をやっと上げることができたのだった。

 まあ…なるようになれという事で…

 

 「あ、そう?」

 「よかったね〜さっそく2人も入ってくれて助かった〜」

 「「よろしくお願いします!」」

 「じゃあ入部届は…私たちに渡してもらってもいいけど…直接顧問の小暮先生に渡してもらった方がいいかな?」


 九条先輩は同意を求めるように三峯先輩と目配せしてから言った。

 なるほど顧問か。


 「..先生はどこに?」


 九条先輩は私の質問に言葉で答えない代わりに左手で右の方向_つまりは私たちから見て左を指差すことで答えた。

 その方向を見てみると「倉庫」と書かれたプレートが貼ってあるドアがある。

 「ノックしてね!!!」と書いてある張り紙を見れば大方の見当はついた。


 「あそこに…いらっしゃるんですか?あそこに?」


 またもや2人は無言で頷く。


 「見てわかると思うけどノックしないと発狂するからね。」

 「とりあえず挨拶していく〜?」

 「はい!」

 「まあ…した方がいいです…よね?」


 発狂するなんて聞いてからだと少し身構えてしまうが、なんでこいつは元気に頷けるんだろう。

 立ち上がって倉庫に向かう三峯先輩に追従して、私と天瀬はドアの前に立つ。


 「失礼しまーす」


 三峯先輩がノックをすると10秒ほどの間があって、中から「はーい」と小さく声が聞こえた。三峯先輩は私と天瀬に道を譲って「どうぞ」と言わんばかりにアイコンタクトをしてくる。

 私と天瀬が一歩前に移動し終えた頃ドアがガチャと空き、姿を現したのはいかにも優しそうな初老の先生だった。

 

 「おや、君たちは…?」

 「こ、こんにちは…入部希望で来た黒沢です…」

 「はい!天瀬です!」

 「あぁなるほど…もうそんな時期だったね。ようこそ、地球部へ。」


 微笑んで小暮と名乗った、その様子は「発狂」の2文字からは程遠い様に見えた。

 

 「それじゃあ…お2人は次回の活動日の時に入部希望用紙を持ってきてくださいね。」

 「早速明日から活動あるよ〜」


 と横から三峯先輩が言う。さらに後ろから部長も続ける。


 「ちなみに活動日は毎週火・木・金曜日。でも、大体私たちは毎日放課後ここにいる。君たちもいつでも来るといいよ。」

 「わかりま…した…」「は〜い!」


 何故活動日が決まっているのに毎日…?という疑問は飲み込み、とりあえず返事をする。天瀬が同じだったかは知らない。


 「とりあえず明日はもっと細かい活動の内容を教えてから早速活動に入っていこうと思ってるけど…2人ともそれでいいかな?」

 「あ、はい。わかりました。」

 「は〜い!わかりました!」


 「あ、そういえばなんでメイド服なんて着てたんですか?」


 部屋が重い沈黙に包まれ、10秒くらい(実際にはもっと短かったかもしれない)経ってからやっと部長から返事が来た。


 「いやー、その…部員勧誘する時に目立ったら部員増えるかなーって…」


 顔を真っ赤にする九条先輩の側で三峯先輩は終始ニコニコしていた。



 

 と、いうわけで私は、天瀬と一緒に地球部に入部することになった。

 部室にいたのは20分くらいだった気がするけど、その間にお母さんからメッセージが来ていた。

 お母さんは既に家に帰っているらしく、「何時くらいに帰る?」と来ていた。

 時刻は11時30分を過ぎたばかり。特に長居する必要もないので帰ろうとすると、何故か天瀬がくっついてきた。

 どうやら途中まで通学路が同じらしい。

 私が電車を乗り換えるタイミングで天瀬も一緒に降り、連絡先を交換してから別れた。(天瀬は帰り際、改札を出てからもブンブン手を振っていた。)


 連絡先を交換できて一安心していると、一つ心配事が浮かぶ。それは入部届だ。

 入部届には親のサインがいるので必然的にお母さんに入る部活が知られてしまうことになる。


 あの時のことを思い出すと今でも、どうしようもない感情がこみ上げてくる。

 行き場のない、それでいて明確な怒りと遣る瀬無さが私の脳内を支配する。


 いや、だめだ。入ると決めたんだから入らないと。あそこまで言っておいて入部しなかったら、きっと天瀬もがっかりするだろう。

 そうだ。夜のうちにお母さんの机の上に置いておけばいい。そうしよう。


 そう決意して、桜並木を素通りしながら家路を歩いた。




初投稿です。生暖かい目で見守ってください。

感想など書いてくだされば感謝で咽び泣きます。

次回、第2話「それは太陽のように眩しくて」は来週投稿する予定です。

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