全ては此処から始まった~捨てた後悔、在りし現実~
そもそも竹中家は豊臣の家臣、無闇に動けるような立場でもありません。だから、自由に動けるあなた達に向かって欲しいのです――と諸葛亮は告げる。それをガラシャは否定すらせず、一言で飲み込んだ。
「わかりました。わらわ達で探ってご覧にいれまする」
何が、何だかわからないのに押しつけられた仕事。事情も何も把握しておらず、不安しかなかった。しかし、此処で「実は三十代のオッサンなんだ」なんて言ってみろ、変人扱いされるに決まっている。それだけは避けたい。
「それより、佐助。どうした?」
「えっ、へ、な、何が?」
「いや、いつもなら“めんどくさいんだけど”とか言うのに、今日は大人しいなと思うてな」
劉備からそう突っ込まれ、焦った。確かに面倒なのは面倒だ。この身体の主はそれなりに不真面目だったようだ。こんな状況でなければ、文句の一つでも言っただろう。右も左もわからぬ世界で、堂々と出来るほど肝は据わっていない。
「……別に、何にもないけど」
「それならいいのだが」
劉備は不安げに顔を歪める。申し訳ない事をしたかと思うも、他人に構っていられる暇はない。「先に戻っとく」とだけ伝え、玉座の間から出ては廊下を数歩歩いたところで立ち止まっては頭を抱えた。
いやいやいや、劉備? 諸葛亮? ガラシャ? 待て待て待て、なんだこの世界は! どうなってるんだ! わかっていた事実だが、改めて目にすると不安が襲ってきた。とにかく戻ろう、そう思いつつ先ほどガラシャと共に訪れた部屋へ戻った。
絢爛豪華な装飾品に、広い室内。どうやら食客の己らに劉備が与えた部屋らしい。しかし、広すぎるのも困ったものだと椅子に腰掛け、足を組んでは盛大に溜め息を吐いた。
「……どうする、俺」
全てを捨てて死ぬつもりだった。浮気した妻も、妻を誑かした親友も、ドラッグに手を染めた子供も、病に冒された父母も。何もかも捨ててきた。後悔はしていない――はずだったが、こうも不可思議な世界だと、恋しくもなる。
帰るつもりは到底ないし、帰りたいとは思わない。だが、何故、死ねなかったのか、それだけが疑問だった。
仮説は数個ある。一つ、既に死んでいて此処は第二の人生。二つ、そもそも現実が夢だった。三つ、自殺に失敗し寝たきり状態――。どれもが有り得そうではある。