全ては此処から始まった~劉玄徳~
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関所を何度も抜け、入った大きな城郭都市。そこは、成都と呼ばれていた。現在の中国の地名であり、四川省の省都――のはずだ。しかし、此処は中国ではないし、己の住んでいた日本でもない。それに――何処か、この世界はおかしい。
街に入っては馬から下りる。有無も言わされぬまま、彼女に着いていくしかなかった。都市内は忙しなく兵士達が動いている。甲冑などつけず、安っぽい槍を持った兵士達が走り回っていた。
「おい、あんた――」
「帰ったか、二人とも」
声の方向へ振り返れば、そこには白いゆったりとした漢服を着た男が立っていた。長髪であろう黒い髪は巾に纏めず、頭頂部で団子状にしている。こういう服を中国の歴史ドラマで見た事がある。男はじっと己らを見つめていた。まるで、全てを知っている、答えを知っているとでも言うように。
「……劉備殿が待っている。粗相はするなよ。劉備殿に指一本でも手を触れてみろ、殺す」
「相変わらず物騒じゃのう、孝直殿は」
少女は呆れた顔を見せては溜め息を吐いた。男は表情を変えず、じっと己と少女を見下ろしていた。腕を組み、何も言わず、じっと。そして息を吐き出した後、悪人のように企んでいるような笑みを見せる。
「また、巻き込まれし者か。劉備殿に惹かれてやって来たか」
「一体何を――」
「何、こっちの話だ。小鳥遊三十郎」
さっさと劉備殿の元へ向かえ、待たせる事はするなよ。男はそれだけ言い残し人混みの中へと消えていく。何だったんだ、一体――。いや、違う、それ以上におかしい事があった。
「……俺、あいつに名前教えてないんだけど」
「孝直殿は不可思議な存在じゃからのう」
孝直。その名前に聞き覚えがあった。その名前、三国志を好いている者なら知っている。そう、そして劉備という名前も。知らないはずがなかった。そして、理解する。
此処は、三国時代の中国大陸だと。
いやいや、夢ではないのかこれは。そう思って右の頬を引っ張ってみた。痛い。随分痛い。傷が開いて血が滴る。これは、夢なんかじゃない。死した後の世界でもない。
「では、劉備殿の元へ行こうかのう」
「あ、ああ」
受け止めきれない現実。此処が三国時代だと? いやいやいや、有り得ないっての。もしかして自殺に失敗して、己は本当に夢でも見ているのではないのか。そう信じたかった。だが此処は妙に現実を帯びている。異世界転生――とは少し違うが、それに似たような事かもしれない。ゲーム会社でファンタジー物のゲームを作っているためか、こういう事には理解があった。しかし、己がなるとは聞いていない。
何が何だかわからないまま、少女と共に巨大な成都城へ。傷の手当てを女官達から施され、服を着替えては玉座の間へ。その奥にある豪勢な玉座へ腰掛けているのは幼さ残る少年だった。少年は安堵し、瞳を輝かせる。
「おお、戻ったか、二人とも! 二人が無事で良かった」
腰まである髪の毛を一つに纏め、少女のような顔つきをした少年――劉玄徳。彼が劉備なのは、法正から言われていた事でわかっていた。しかし、劉備とはこんな可愛らしい子供だったか。いや、此処は普通の世界と違うのだ。そう思う事にしよう。
「劉備殿、やはり曹操は漢中の北に兵を伏せているようじゃな。佐助が放った斥候が、曹操軍の伏兵を捕まえて吐かせていた。それによると、どうやら曹操は蜀に裏側から攻め入るつもりのようじゃ」
「なるほど。……となると、北の防備を固めなければならぬか」
劉備の傍に佇む、羽の扇子を持った男は目を一旦伏せれば口を開く。
「……殿、それは下策というものでしょう。固めれば成都が手薄となる。漢中で我々の相手をしている間に、曹操軍はくぐり抜けてきましょう」
「ふむ、確かに孔明の言う事も一理あるな」
「まあ、私、殿より頭いいんで」
「お前、いい加減斬首するぞ」
そんな二人の冗談を見つつ、男――諸葛亮は一つ咳払いをした。
「まあ、冗談はそこまでにして、ガラシャ、佐助、あなた達には漢中の周囲を調べて頂きたいのです。少し気になる事がありまして」
諸葛亮の言葉、少女――ガラシャと共に首を傾げる。彼は「実は――」と話を切り出した。
「……我らの盟友、竹中家から情報が入りました。漢中周辺で妙な動きがあると。竹中家もそれを掴むまでは至っていません」




