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佐助の来世事情  作者: 名倉なのい
第一章 流るる前世
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全ては此処から始まった~夢にまで見たほどの~

■■■■


 全身が痛い、苦しい、呼吸すらままならない。咳き込んでは何かを吐き出した。ああ、失敗したのか。そう思った。ビルの屋上から飛び降り、自殺を決行したはずだ。確かに、地面が間近に見えたのを覚えている。

 だが、何故生きている?

 いや、夢だったのだろうか――とゆっくりと目を開いた。そこには澄み切った青空、雲一つない晴天が存在していた。ああ、失敗したのか――何とも、無様、何とも愚かしい。死ねなかったなど、終わる事が出来なかった、悔しくてたまらない。眉間に皺を寄せ、唇を噛み締め腕を顔の上に――。

「ッ、は、はあ?」

 意味がわからなかった、いや、意味はわかる。だが目に見えているそれは、己のものではない。飛び上がるように身体を起こし、己を見つめる。両手を左右に見比べた。

 すらりとした小さな手。腕には黒い籠手が装着されており、籠手には鎌のような刃がつけられている。収納式のようだ。黒い和服姿に、黒の忍袴を穿いた姿――まるで、ゲームなどに出てくるような風貌だ。

「何が、どうなって……」

 まるで意味がわからなかった。若返ったのか、何故、いやそんなはずがない。人間は若返ったりしない。籠手に装着されている刃が反射し顔を映し出す。そこに映し出されたのは幼さ残る少年だ。目尻に赤が引かれ、口に紅を乗せた小柄な少年。年齢は十代前半くらいだろうか、パッと見れば女性と間違うほどだ。

「誰だ、これは――」

 思えば景色も見た事がないものだ。周囲に目を向ければ、広がるのは木々に囲まれた草原だ。遠くから、ドラマや映画で聞いた事のある蹄鉄の音が響き、少しだけだが雄叫びも聞こえる。そして風に乗って鉄のにおい――いや、血の臭いが漂って来た。何処からそんな臭いが、と改めて濡れた服を見る。よく見れば、上衣が血で濡れている。それも少ない量ではない。初めからその色だったとでも言わんばかりに、濡れていた。

 衣服は斬り刻まれており、相当壮絶な戦いをした事が窺える。だが、傷一つ存在しない。なんだ、これは、夢か、夢であってくれ。そう願わずにはいられなかった。たとえ人生を捨てたとしても、夢だとしても、二度目の人生がこんな恐ろしいものは嫌だなと思った。

「とにかく……此処から離れるか」

 一般人でもわかる。此処は危ない――と。すぐに逃げなければと立ち上がる。だが、妙に身体が重い。走れそうもない。何だ、この息苦しさは。そう思っていた時だった。

「佐助! やっと見つけたぞ!」

 白く美しい毛並みを持つ馬と友にやって来たのは一人の少女だった。淡いベージュに近い髪を左右で束ね、紫の和服上衣を纏い、赤紫の袴に似た膝上スカートを纏う少女は馬から降りては、佐助――と呼ばれた少年の手を握った。

「撤退じゃ。このままでは曹操に追いつかれてしまう。我が夫君も迫っているとの事じゃ、とにかく今は逃げるぞ!」

 曹操? 曹操ってあの曹操か? Cao Caoの事か? 反論する暇もなく、少女に手を掴まれ、一緒に鞍へと跨がる。彼女は手綱を握るとそのまま馬で、南へと駆けていく。

 何が、何なのか、わからない。彼女の事も、この風景も、何もかも。だが、一つだけわかる。それは彼女もまた、この世界から弾かれている存在だという事だった。


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