全ては此処から始まった~刺客~
「ほら、着いたぞ。もう漢中じゃ」
目の前に広がるのは豊かな木々。少し先には関所が見える。高い山があり、あれが定軍山だとすぐにわかった。史実ではあの山で魏の夏侯淵が蜀に討ち取られるのだ。
「で、漢中を探るんだっけか」
「そうじゃ、そういう事で佐助の出番じゃの」
どういう事だ。佐助は馬に揺られながら首を傾げた。
「その身体の持ち主――“佐助”は忍の里の出じゃ。少々生意気なところはあったが、忍としては一流を誇る。そこでおぬしの出番じゃ!」
「いや、全く理解が出来ないんだけど、それがどう関係あるんだよ。まさか俺に探って来いとか言うんじゃ――」
「流石佐助じゃな!」
「帰る」
佐助は馬を止め、反転させた。だがすぐにガラシャに手綱を握られ止められる。まあ、待て、落ち着けと。落ち着いていられるか、絶対死ぬ奴ではないか。
「前世返りは身体に持ち主の力を秘めておる。身体が覚えているという奴じゃ」
「だから俺も忍になれるって? 馬鹿言うんじゃねえ、俺はただのリーマンだったんだけど。無理に決まってるし――」
佐助は言葉を止めた。何か、嫌な気配がする。西の方からだ。西の方から嫌な感じがする。佐助はすぐに手綱を引いて西へ駆けていく。ガラシャが何か叫びながら着いてきているのを確認しては、森の中へ潜み馬から下りるとガラシャにはそこにいろとだけ伝え、森の中を駆けては、木の枝に飛び上がり、上から地上を見下ろした。そこにはやはり、居た。曹操軍の斥候である。
しかし、どうにもおかしい。何もして来ようとはしない。何だかおかしい、何か探っているのは確かなのだが。周囲を彷徨くだけで何かしているとは思えない。妙な引っかかりは感じるが。これは一体――。
「ッ!」
一瞬の殺気。佐助は瞬時に右手の籠手を右へ振っては、籠手の中から収納式の刃を表しては左へ振るった。すれば黒いナイフ――もとい苦無が木々へと突き刺さる。それと同時に眼前へ迫る刃。左へ顔を避ければ苦無は後ろの木へ突き刺さる。確かに、ガラシャの言う通り、身体が覚えているようだ。かといって、戦う事はしないが。
「けど、そうも言っていられねえな」
迫る影、佐助は刃で受け止めてから相手の胸を蹴り、その身体を吹っ飛ばす。木々から木々へ飛び移れば追ってくる相手――否、忍。さて、どう撒こうか。いや。
「撒ける訳がないか」
この身体が忍で良かった。今ではそう感謝する。佐助は地上に降り立ち、迫る忍を待つ。北東四十五度。一瞬で目の前に姿を現した忍の腕ほどの長さもある刃を受け止めた。
「蜀の斥候? 悪いけど、此処で殺すわ」