終の臓・遺すもの、つなぐもの
祖母の葬儀から一月後、ラマンは研究室にいた。
妙薬の調合に使うため、『致死量の血液』を採取するためだ。青年は一度世に出した『幸せにならないで』を改稿し終えてここに来ていた。自分なりに、痛いながらもある意味で「ハッピーエンド」にしたつもりだ。
(どうだろう。せめてあの話一つでも、後世に残ってくれるだろうか?)
未練というほどではないが、そのことが少し楽しみだ。例えるなら、死ぬ前に幼い木の苗を植え、百年後に大樹となった姿を思い描くような。
ほの苦く、ほの甘い夢のような物思いに、青年はふっと微笑した。白衣の研究者たちが、台の上のラマンに向かって祈りをささげる。
「痛みはないはずです」
泣くように笑うように、尊ぶように微笑った博士が、麻酔の入った注射を打った。ラマンの意識が、薄れてゆく。視界が白く暗転する。
世界がぐるりと反転し、気がつけば目の前でセレナが微笑っていた。
「……セレナ……」
「おかえり。また、駄目だったな……」
泣き笑いながら、羽根の生えたセレナがラマンへすがりつく。その肩をきつく抱きながら、ラマンはそっと涙をこぼした。
「今度こそ。今度こそだよ、セレナ」
「ああ。お前は良いことをしたのだものな」
「君もだよ。君の力がなかったら、たくさんの人を救う薬は作れなかった」
言いながら、ラマンは背中が温かくなるのを感じる。振り向くと、自分の背にも白い羽根が生えていた。
「行こう、ラマン。互いの来世の二親が、私たちの生まれてくるのを待っている」
セレナの言葉に、ラマンは微笑ってうなずいた。流れてくる涙を拭い、つないでいた手をそっと離す。羽根を駆って下界へと降り、赤子の肉体の出来かけた、母の胎内に根を下ろした。
――今度こそ。
今度こそ、幸せに。
母の温かな闇の中で、赤子は満ち足りて微笑んだ。
顔も分からぬ今世の恋人の笑い顔を、小さな脳裏に描きながら。(了)