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旅立つ者と、残る者


 水晶が良い土産になるというお墨付きを貰ったヴェルクルッドは、それからの数日を旅の準備に費やした。

 そして、出発当日の朝になって――ようやく、シルディアの前に伺候した。

 

 「――姫、お願いがございます」

 

 相変わらず、部屋の端と端ではあるが、ヴェルクルッドは構わず、片膝ついて頭を垂れた。

 

 「……なんでしょう? ヴェルクルッド様」

 「しばらく、旅に出ることをお許しください」

 「……やはり……その用意をなさっていたのですね」

 

 シルディアは、ヴェルクルッドを傍近くにおくことはなかったが、動向に無関心だったわけではない。シルディアはすでに、ヴェルクルッドが旅の準備をしていることに気付いていた。

 だがそれを問いただすことをしなかったのは、ヴェルクルッドには何らかの意図があり――それを邪魔することはすまい、と自らを律していたからである。

 

 「……何のために、とお聞きしてもよろしいのでしょうか?」

 「は。ユファ殿からお話を伺いまして、姫の呪いを解くことが出来る人物を探しに参ります」

 「……私の、呪いを……解く?」

 

 ヴェルクルッドの理由がそのようなものだとは予想もしていなかったシルディアは、ぱちぱちと目を瞬き、聞き返した。

 

 「まあ……私の呪いを解く方法など、そのようなこと……先生は一度も……」

 

 可能だといわれたことはない、と訝しげにするシルディアに、ヴェルクルッドは頷いた。

 

 「どうやら居を頻繁に移動する方らしく。姫にはそのような旅は不可能でしょうから、お話にならなかったのでしょう」

 「……そう、ですか……」

 

 だが、そうといわれてもすぐには納得できなかった。

 確かに、シルディアは旅らしい旅をしたことはない。が、呪いを解くためだというのならば、それを厭うつもりはなかった。

 可能ならば、今からでも、シルディア自身で、その旅に出たいと思う。

 だが――シルディアは王女だ。軽挙は慎まなければならず、かといって、正式な手続きを踏むのは煩雑だ。各方面に迷惑をかけるのは、シルディアには気が引けた。

 

 「姫、どうか、ご許可を」

 

 ヴェルクルッドが重ねて求める。

 ヴェルクルッドが一人でいく分には――シルディアが、その親衛隊の一人に任務を言い渡すのであれば、誰に迷惑をかけることもない。

 そんなヴェルクルッドの心遣いが伺えたが、しかしそれ以外にも懸念はあった。

 

 「……危険なことは……ありませんか?」

 

 ヴェルクルッド自身の安全だ。

 腕の立つ騎士といえど、道中なにがあるかわからない。

 シルディアは、他の何よりも、自分のために傷つく人がいるのが嫌だった。

 それがヴェルクルッドであるのならば、尚更に。

 だが、ヴェルクルッドはそんなシルディアを安心させるかのように、柔らかく微笑んで見せた。

 

 「――たとえ何があろうとも、私は必ず姫の下に戻ります。呪いを解く方法を携え、必ず」

 

 立ち上がったヴェルクルッドは、胸に片手を当て、誓った。

 

 「ヴェルクルッド様……」

 「ですから、姫。どうか、その時は……」

 「! ヴェルクルッド様、あ……」

 

 それまで距離を保ってきていたヴェルクルッドが不意に目前に迫り、シルディアは戸惑った。

 戸惑うシルディアの右手を、ヴェルクルッドはすくうように取り上げて――

 

 「――その時は、私の誓いを、お受けください」

 

 シルディアの瞳を真っ直ぐに見つめながら、手の甲に口付けを落とした。

 

 「……わ、私は……」

 

 心を射抜くような強い視線と、あまりにも切実な響きの懇願に――シルディアはいうべき言葉を見つけられなかった。

 頬が熱を持ち、心臓が高鳴る。

 ヴェルクルッドに触れられた手、口付けされた場所が、酷く敏感になっているような気がする。

 身体が熱を持って、頭は空転しているシルディアに――ヴェルクルッドは、優しく、愛おしげに微笑んで。

 

 「――それでは、失礼致します」

 

 そっと、シルディアの手を……名残惜しげに離した後、一歩、後退した。

 

 「あ……お、お待ちください、ヴェルクルッド様!」

 

 ヴェルクルッドが一礼し、踵を返したときに、ようやくシルディアは口を動かすことに成功した。

 

 「姫?」

 「……これを、お持ちください」

 

 足を止め、向き直ったヴェルクルッドに、シルディアは左の袖を取り外して差し出した。

 

 「姫……有難き幸せ」

 

 ヴェルクルッドは袖を丁重に押し頂いた。

 

 「お気をつけていってらっしゃいませ。ご無事のご帰還を、お待ちしております」

 「――有難う御座います、姫。それでは……行って参ります」

 

 シルディアの心遣いに、ヴェルクルッドは心から感謝して――そして、彼は、旅立った。

 

 

 ヴェルクルッドが旅立って数日後、セイニーが嬉々として手紙をかざしながら部屋に飛び込んできた。

 

 「姫様! ヴェルクルッド様からお手紙が届きましたわ!」

 「まあ……見せてください」

 

 シルディアは逸る気持ちを抑えながら、手紙を開いた。

 手紙には、第一候補の土地に目当ての人物は居なかったが、順調に旅は進んでいること、旅の間で見聞きしたちょっとしたこと、そしてシルディアを気遣う言葉が書かれていた。

 シルディアが、己に関する場所は伏せてかいつまんで手紙を読んでみせると、セイニーはほっとしたように笑った。

 

 「ヴェルクルッド様、お元気そうですわね。良かったですわ」

 「ええ……本当にそうですね」

 

 心にほんのりとした暖かさを感じながら、シルディアは手紙を丁寧にしまって微笑んだ。

 

 

 次の知らせは、ダイアンが持ち込んだ。

 

 「姫様、ヴェルクルッド殿からお手紙が届いております」

 「ありがとうございます、ダイアン様」

 

 礼を述べて受け取って、シルディアは早速目を通した。

 第三候補の土地へ向かっていること、途中で旅の商人たちと意気投合したこと、そしてシルディアを気遣う言葉が書かれていた。

 

 「ヴェルクルッド殿は、今どのあたりにいらっしゃるのでしょう」

 「これから森の湖に向かうと書いてあります」

 

 特別危険なこともないようで、シルディアはほっとしていた。

 そして、ヴェルクルッドの筆によって外への憧憬がかきたてられたシルディアは、いつかヴェルクルッドが旅した道を辿りたい、と願った。

 

 

 それからしばらく、手紙は来なかった。

 

 「…………」

 

 シルディアは窓際に椅子を据えて、刺繍をしていた。

 窓の外に、人が出入りする様子を見かけては思わず手を止めて、手紙らしきものがやりとりされていないかと見てしまう。

 

 「……ヴェルクルッド様からのお便り……まだですかね、姫様」

 「…………そう、ですね……」

 

 刺繍は、進まなかった。

 

 

 季節が変わっても、手紙は届かなかった。

 

 「――姫! ちょっと俺、ヴェルク探しに行っていいですか!?」

 「エスト様……」

 

 業を煮やしたエストがそう言い出した。

 だがシルディアは、それを承知できなかった。

 

 「どうしてですか、姫! ヴェルクが心配じゃないんですか!?」

 

 心配だという態度と表情を見せているのに煮え切らないシルディアに、エストはついキツイ言葉を放っていた。

 

 「…………」

 

 反論の言葉はなく、だが、例えようもないほどに悲しい顔を見せたシルディア。

 そんなシルディアを庇うようにセイニーが立ちはだかった。

 

 「っエスト様! 口が過ぎますわ!」

 「っ……すいません……姫……」

 

 セイニーに非難されて、エストも少し冷静になった。

 謝罪するエストに、シルディアは力なく首を振り――そして俯いた。

 

 「……いいえ……いいのです。そう思われて……当然です。……ですが……私は……」

 「……姫様……?」

 

 そっと身を屈め、シルディアの顔を伺いみるセイニーに、シルディアはむりやりに微笑んで見せた。

 

 「……やはり……ヴェルクルッド様は私の呪いに捕らわれていらしたのでしょうね……」

 「っ姫様、そのようなことはありませんわ……!」

 「そうです! あいつはそんな奴じゃないです!!」

 

 シルディアの、あまりに痛々しい微笑みと気弱な発言に、セイニーとエストが揃って反駁した。

 だが、二人の強い否定も、シルディアの心を軽くはしなかった。

 

 「……いいえ、いいのです。……ヴェルクルッド様が、この呪いから解放されたのでしたら……私はそれを喜ぶべきなのです」

 「姫様……っ」

 

 セイニーは、両手で顔を覆ってしまったシルディアの頭を、無礼を承知で抱きしめた――



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